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魔力ゼロ判定の山育ち、葉っぱ一枚で旅に出る ~借りて返す魔法で水と魔力を取り戻す~  作者: 他力本願寺


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第48話「安全の名で取り上げるな」

空から青色が消え、土から匂いが消えた。


 世界が急激に色褪せ、すべての生命力が薄まっていくような、ぞっとするほどの乾いた風が吹き荒れる。


「……間違いない。四十年前、この場所で吹いたのと同じ風だ」


 臨時指揮所の天幕の前で、ベレンの爺さんが杖を強く握りしめながら呻いた。


「飢えの風。……まさか、再びこの災厄を目の当たりにすることになろうとは」


 グランツ総監も、信じられないものを見る目で灰色の空を見上げた。四十年前、この風のせいで故郷を失った彼の顔には、隠しきれない戦慄が走っている。


「総監! 各村の出張所から緊急通信です!」


 指揮所の中から、充足院の通信係が血相を変えて飛び出してきた。


「風の発生により、周辺の村落がパニックに陥っています! さらに、先ほどセルド元実務官の名で発動された『緊急接収命令』を受理した現場の役人たちが、ルールに従って村の地域備蓄を強制的に回収しようとし、住民との間で暴動寸前の騒ぎになっています!」


「なんだと……!」


 グランツが顔をしかめる。


 セルドは捕まえた。だが、あいつが流した『合法的』な命令書は、すでに制度という歯車に乗って現場で動き出しているのだ。


 このままでは、ただでさえ飢えの風で不安に陥っている住民たちから、最後の命綱である地域備蓄まで奪い取ることになる。


「すぐに接収を取り消せ! 回収した物資はすべて村の備蓄庫に戻し、住民の不安を鎮めるのだ!」


 グランツが鋭く命じるが、通信係は青ざめた顔で首を振った。


「そ、それが……一度正式に発動された特例接収命令を取り消すには、第十二項に基づく『緊急事態解除申請書』と、総監閣下の直筆署名入り『特別認可証』、さらに各村の代表者の合意書が必要でして……書類の作成と承認の手続きだけで、最低でも半日はかかります!」


「はぁ!?」


 その言葉を聞いて、ミナが持っていた帳簿を地面に叩きつけた。


「半日!? 今まさに暴動が起きようとしてるのに、そんな悠長な手続きやってる場合!? これだから頭の硬いお役所仕事は嫌なのよ!」


「も、申し訳ありません! ですが、充足院の規定では手順を踏まないと現場の役人が動けず……!」


 通信係が震え上がる中、俺は腰の鉄鍋を叩いて前へ出た。


「なんだよ、そんなの簡単だろ!」


「カイ? あんた、何かいいアイデアがあるの?」


「ああ! その現場のおっさんたちが、『命令書』があるから動いちゃうんだろ?」


 俺は右手に風の力を集めながら、ニカッと笑った。


「だったら、俺の魔法でその村の役場に突っ込んで、そこにある悪い紙を全部集めて燃やしちまえばいいんだ! 命令書がなくなれば、誰も動けないだろ! 悪い紙は燃やせば早い!」


「ストォォォォップ!!」


 俺が本気で風を圧縮し始めた瞬間、ミナとニア、そしてダインが一斉に俺に飛びかかってきた。


「やめなさいこの野生児! 公文書の焼却は重犯罪よ!」


「物理的な隠滅は根本的な解決になりません! 火災に発展するリスクが高すぎます!」


「カイ、落ち着け。気持ちはわかるが、それはただの野党の所業だ」


 三人に羽交い締めにされながら、俺は「なんでだよ! 手っ取り早いだろ!」とジタバタと暴れた。


「……君のその短絡的な思考には、頭が痛くなるな」


 俺たちのドタバタ劇を見ていたグランツが、深いため息をついて額を押さえた。


 だが、その顔には、先ほどまでの冷徹な管理者の仮面はなかった。


「しかし、商人である彼女の言う通りだ。制度を守るための手続きが、民の命を危険に晒すのであれば、それは本末転倒に他ならない」


 グランツは通信係に向き直り、圧倒的な威圧感で命じた。


「一切の書類手続きを省略しろ! 私が総監の絶対権限を行使し、すべての現場責任者へ音声通信で直接『即時停止』を命じる! 異論を挟む者はこの場で免職とする!」


「は、ははっ! ただちに通信機を繋ぎます!」


 グランツは俺たちの方へ振り返った。


「カイ殿。そして一枚葉の諸君。暴動を鎮め、民を安心させるには、言葉だけでは足りん。直接現場へ行き、物資を彼らの手に戻す必要がある。……手伝ってもらえるか」


「おう! 最初からそのつもりだぜ!」


 悪党を倒して終わりじゃない。壊れかけたものを直すまでが、俺たちの仕事だ。


 俺たち『一枚葉』とグランツ総監、そしてダインの旧部隊である騎士たちは、すぐさま幾つもの班に分かれ、飢えの風が吹き荒れる周辺の村々へと急行した。


 俺とダイン、そしてグランツが向かったのは、最も暴動の危険が高かった大きな農村だった。


「役人ども、俺たちの麦を返せ!」


「これを奪われたら、俺たちはどうやって生きていけばいいんだ!」


 村の広場では、鍬や鎌を持った村人たちが、充足院の役人たちを完全に取り囲み、今にも飛びかからんばかりの殺気だった空気が充満していた。


「や、やめろ! これは正当な接収だ!」


 役人たちが震えながら荷馬車を守ろうとしている。


「ダイン!」


「承知した!」


 ダインが広場の中央に飛び込み、長剣の腹で地面を強く叩いた。


「そこまでだ! 武器を引け!」


 ダインの雷のような一喝に、村人たちがビクッと動きを止める。


 その隙を突き、俺は《環流術》で足元の風を借り、荷馬車に積まれていた麦の袋や水の樽をフワリと浮かせた。


「ほら、あんたたちの分だ! ちゃんと返すから、喧嘩はやめろ!」


 俺が風を操り、村人たちの足元に物資をそっと下ろしていく。奪われると思っていた備蓄が目の前に戻ってきたことで、村人たちの殺気がスッと霧散していく。


 そこへ、グランツが静かに歩み出た。


「村の者たちよ。不安にさせてすまなかった」


 王国の最高権力者の一人である彼が、村人たちの前で深く頭を下げたのだ。


「接収命令は私の名において完全に破棄された。この物資は、君たちが生きるためのものだ。誰も奪いはしない。私が、このグランツが保証する」


 その姿を見て、役人たちは慌てて平伏し、村人たちも驚きのあまり言葉を失っていた。


「……おっさん」


 俺は、泥だらけの地面に頭を下げるグランツを見て、ほんの少しだけ彼に対する見方が変わった気がした。


 こいつは、ただの冷たいだけの男じゃない。自分の作った仕組みが間違っていたとわかれば、こうして自分で泥を被ってでも修正しようとする、責任感のある大人なんだ。


 数時間後。


 俺たちの連携により、周辺の村々の混乱は無事に収束し、地域備蓄はすべて住民たちの手に戻された。


 臨時指揮所に帰還した俺たちは、ひとまずの安堵の息を吐いていた。


「ふう、なんとかなったわね。これでセルドの残した毒は完全に抜けたわ」


 ミナが汗を拭いながら、ザザから受け取った水筒の水を飲む。


「だが、根本的な問題は何も解決していない」


 グランツが、灰色の空を見上げながら厳しい声を出した。


「飢えの風は、今も吹き続けている。この魔力枯渇の連鎖を止めなければ、備蓄が尽きた時、結局は皆が倒れることになる」


「爺さん。この風、どうやって止めるんだ? 四十年前はどうしたんだよ」


 俺がベレンに尋ねると、爺さんは重々しく首を振った。


「四十年前は、無理やり流れを断ち切って『止血』しただけじゃ。根本的な解決など、わしにはできなかった」


 その絶望的な言葉に、再び重い空気が流れかけた、その時だった。


 ピピピッ! ピピピピッ!!


 ニアが首から下げていた、魔術院の特殊な広域魔力計器が、突如としてけたたましい警告音を鳴らし、真っ赤な光を点滅させ始めた。


「な、なんだ!?」


 俺が驚いて振り返ると、ニアは計器の目盛りを見て、顔面を真っ白にしていた。


「こ、この断流点周辺だけじゃありません……!」


 ニアは震える手で計器を指差した。


「ミルヴァ、リュド、王都、カレド、オルム……私たちが通ってきた『七つの葉印の節点』のすべてで、同時に致死レベルの魔力異常が発生しています! この飢えの風は、世界規模で連鎖し始めています!!」


「七地点、同時警報だと……!」


 ダインが絶句する。


 ただの局地的な災害じゃない。世界そのものが、干上がって死のうとしている。


 灰色の風が、俺たちの間を不気味な音を立てて吹き抜けていった。

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