第45話「同じ答えじゃなくていい」
供給都市オルムを出発し、西に延びる旧騎士輸送路を半日ほど進んだ街道沿いの野営地。
燃え盛る焚き火の上では、ダインが干し肉と根菜を煮込んだスープが良い匂いを漂わせていた。
だが、火を囲む俺たちの間の空気は、スープの温かさとは裏腹に、どこか重く張り詰めていた。
「……私はやはり、グランツ総監の『大蓄槽』による中央管理は、国家の防衛として理にかなっていると思う」
ダインが、薪を火にくべながら静かに口を開いた。
「周辺の環境魔力が薄くなるという副作用は確かに痛手だ。だが、もし四十年前と同じ規模の『飢えの風』が来た時、各地方がバラバラに備蓄を持っていては対応しきれん。すべてを中央に集め、計画的に配分する強固なシステムがあれば、救える命の数は確実に増えるはずだ」
「ええ。あたしも商人として、ダインの意見に賛成よ」
ミナがスープの入った木の椀を両手で包みながら、ダインに同調した。
「カレドみたいな不正は正さなきゃいけない。でも、それは制度を悪用する人間が悪かっただけ。中央に巨大な『盾』を持つこと自体は、弱い人間を守るための現実的な選択だと思うわ」
二人の意見は、極めて真っ当だった。
持たざる者を救うための、痛みを伴う合理的な決断。
だが、俺はやっぱり首を縦に振ることはできなかった。
「……俺は、嫌だ」
俺がポツリと呟くと、ミナが困ったような顔で俺を見た。
「カイ。あんたはまだ、貯め込むことが悪いって思ってるの? 第五葉の手紙にも、『貯めたあと何に使うか見ろ』って書いてあったんでしょ?」
「ああ。爺さんの言う通り、貯めること自体は悪じゃない。あのオルムのデカい水筒が、たくさんの人を助けてるのも今日この目で見たからな」
俺は焚き火の炎を見つめながら、言葉を探した。
「でもさ、あの水筒は、周りの土地の水分まで全部吸い上げてた。中央を豊かにするために、遠くの街をカラカラにしておくんだぞ。それって、助けてるんじゃなくて、『生かさず殺さず』にしてるだけじゃないか。そんな極端に偏ったやり方は、いつか絶対にひずみが出る。俺は、周りを枯らしてまで一箇所に貯め込むやり方には、賛成できない」
「私も、カイさんに同意します」
ニアが丸眼鏡を押し上げながら、俺の横で真剣な顔をした。
「魔力力学の観点からも、巨大なエネルギーの一極集中は非常に危険です。もしあの『大蓄槽』の制御が失われれば、王都の比ではない大惨事になります。それに、地方から魔力を吸い上げ続ければ、いずれ大地の脈そのものが死に絶えてしまうリスクもあります」
「うーん……アタシはよくわかんないけど、必要な時に必要なだけ使い切る方が性に合ってるわねぇ」
ザザが金槌を磨きながら適当に相槌を打つ。
リヴィア王女は、黙って俺たちの議論を聞いていた。
王族として、国をどう守るべきか。彼女自身も、まだ答えを出せずに悩んでいるようだった。
「……埒が明かないわね」
ミナが小さくため息をつき、帳簿をポンと叩いた。
「このままじゃ、グランツ総監に突きつける私たち『一枚葉』のスタンスがバラバラのままよ。ここは一つ、民主的に『多数決』で総意を決めましょうか」
「おお? タスウケツ? なんだそれ、美味いのか?」
俺が目を輝かせて聞くと、ミナがズコーッとずっこけた。
「食べ物じゃないわよ! 多数決ってのは、意見が割れた時に、賛成の数が多い方の意見を採用するっていう、街の会議じゃ当たり前の決め方よ!」
「なんだ、そういうことか!」
俺が納得していると、突然ザザが「任せなさい!」と立ち上がり、自分の足元にあった太い丸太の薪を、ドスッと俺の目の前に立てた。
「手っ取り早いじゃない! つまり、アタシたちの中で一番『腕相撲』が強い奴の意見に従うってことでしょ! さあカイ、右腕を出しなさい! アタシが勝ったら、とりあえず全員でカレドの肉を食いに戻るわよ!」
ザザが腕まくりをして丸太の上にドンッと右肘を乗せる。
「どんな野蛮な多数決よ!! 筋肉で政治の方向性を決めないで!!」
ミナが顔を真っ赤にして叫び、分厚い帳簿でザザの頭をスパーンと叩いた。
「いってぇ! なんでよ、力こそパワーでしょ!」
「頭痛が痛いみたいなこと言わないの!」
「ふふっ……あはははっ!」
ミナとザザのドタバタなやり取りを見て、お忍びのフードを被っていたリヴィア王女が、堪えきれずに吹き出した。
ダインもニアも、つられて肩を揺らして笑い出す。
重苦しかった野営地の空気が、一気にいつもの騒がしくて温かいものに変わった。
「あー、やっぱりお前ら最高だな」
俺も腹を抱えて笑った後、焚き火の炎越しに、ミナの顔を見た。
「……ミナ。多数決なんかで、一つの答えに決める必要はないよ」
「え?」
「俺さ、山から下りてきたばっかりの頃は、自分が我慢できるんだから他人も我慢できるはずだって、俺の『足るを知る』って考えをみんなに押し付けてた。カレドの街でも、それで失敗した」
俺は膝を抱え、みんなの顔を順番に見渡した。
「でも、今は違う。ダインの規律を重んじる心も、ザザの使い切る力も、ニアの計算も、全部正しいんだ。みんな違う考えを持ってて、それぞれが得意なところで背中を預け合ってるから、俺たちのパーティは強いんだろ?」
俺は、最後にミナの目を真っ直ぐに見つめた。
「俺とお前は、今回の件で意見が違う。ダインとも違う。それでいいんだ」
「カイ……」
「俺は、俺と同じ意見ばかり言う奴と一緒にいたいわけじゃない。俺は、ミナのその厳しい現実を見る目が頼りになるし、好きだ。お前は俺にとって、『違っても一緒に考えたい人』なんだよ」
俺が真っ直ぐに言語化すると、ミナはパチクリと瞬きをした後。
ボフッ、と音がしそうなくらい顔を真っ赤にして、視線を泳がせた。
「な、なななっ……急になによ! そういう恥ずかしい台詞を真顔で言わないでよね! 別に、あんたのために意見を言ってるわけじゃなくて、商人としての客観的な分析を……!」
「あーあ、ミナの耳まで真っ赤だぞ。熱冷ましの草、いるか?」
「いらないわよ!!」
俺がからかうと、ミナはさらに顔を赤くして、帳簿でバシバシと俺の肩を叩いてきた。
でも、その手には全然力がこもっていなかった。
「……素晴らしいですわね」
リヴィア王女が、微笑ましそうに俺たちを見て呟いた。
「意見が違っても、相手を排除するのではなく、一緒に考える。……王宮の政治にも、そういう温かさがあればいいのに」
その日の夜。
みんなが毛布に包まって寝静まった後、俺は焚き火の明かりを頼りに、土産話帳を取り出した。
第五葉の節点があった、供給都市オルム。
あの見上げるほど巨大なサイロ。何万という命を救う、世界一でかい水筒。
確かにそれはすごかった。
だが、俺が筆を走らせて書き込んだ、この土地で見つけた『一番いいもの』は。
『ミナが違う意見を言ってくれたこと』
ただそれだけだった。
自分と違う相手を認めること。そこからしか、本当の『一緒に考える』一歩は踏み出せないからだ。
翌朝。
朝日が昇ると共に、俺たちは野営地を片付け、再び西へ向かって歩き出した。
「この旧騎士輸送路をまっすぐ進めば、数日で『旧断流点』に到着するはずよ」
ミナが地図を見ながら言う。
旧断流点。
俺の地図に『第六葉』の印がある場所。そして、四十年前に俺の爺さんが流れを強制遮断し、グランツ総監の故郷を見捨てた、悲劇の土地。
そこは、俺が育ったあの緑豊かな故郷の山じゃない。爺さんが逃げ出す前に、すべてを奪い、捨てた場所だ。
そこで俺が何を見るのか。爺さんがどんな言葉を残しているのか。
俺たちは、迫り来る過去の真実に向けて、力強く足を踏み出した。




