第43話「道を塞ぐのは誰だ」
王立充足院総監・グランツとの重苦しい会談から、一夜が明けた。
俺たち『一枚葉』の五人は、供給都市オルムの巨大な城壁の外に出て、平野部をまっすぐに貫く街道を歩いていた。
俺たちの前後には、オルムの巨大サイロから運び出された穀物や水を満載した荷馬車が、何十台も連なって進んでいる。
「……グランツのおっさんの言ってた『管理と配給』ってのは、伊達じゃないな」
俺は、土埃を上げながら進む巨大な車列を見つめて呟いた。
昨日、俺はグランツに「持たざる者を救うのは、圧倒的な備蓄と管理体制だけだ」と、自分の価値観を真っ向から否定された。
悔しかったが、こうして実際に地方の村々を救うために整然と送り出される支援物資の列を見ていると、あの冷徹なおっさんが四十年かけて作り上げた仕組みが、どれほど多くの命を繋いでいるのかを認めざるを得なかった。
「ええ。これだけの大規模な輸送を毎日維持できるのは、王国の歴史上でもグランツ総監の組織だけでしょうね」
ダインも周囲を警戒しながら、感心したように頷く。
俺たちは、その支援車列の護衛依頼をギルドで受けて同行していた。どうせ次の目的地に向かうなら、この『備蓄』がどうやって人の手元に届くのか、最後まで見ておきたかったからだ。
だが、車列がオルムから半日ほど進み、見晴らしの悪い岩場に差し掛かった時だった。
「止まれ! 全車両、停止ィ!」
先頭を走っていた護衛の騎士が、馬をいななかせながら声を張り上げた。
キーッというブレーキ音が連鎖し、巨大な車列がガタガタと音を立てて立ち往生する。
「なんだ? 魔物か?」
俺が身を乗り出して前方の様子をうかがうと、街道の真ん中に、巨大な岩がいくつも転がり落ちて道を完全に塞いでいた。
「落石? いや、昨日は雨も降っていなかったはずだ。不自然すぎる」
ダインが長剣の柄に手をかけた、その瞬間。
岩陰から、薄汚れた革鎧を着た数十人の男たちが、ヘラヘラと笑いながら姿を現した。
「おっとぉ、悪いな護衛の兄ちゃんたち。この先の道は『崖崩れ』で通行止めだぜ。どうしても通りたきゃ、迂回料として荷馬車三台分の物資を置いていきな!」
「山賊……いや、あの装備は見覚えがあるわ」
ミナが目を細め、帳簿をグッと握りしめた。
「カレドの採掘塔で道を塞いでた、セルドが雇ってた傭兵たちよ!」
「ああ? お前らは……カレドで塔を止めた『一枚葉』じゃねえか!」
傭兵のリーダー格の男が、俺たちの顔を見てギョッと後ずさった。
俺は首をポキポキと鳴らしながら、列の前に進み出た。
「おい、お前ら。セルドの悪巧みはカレドの街で終わったはずだぞ。なんでこんなところで、オルムの支援物資の邪魔をしてるんだ?」
「へ、へん! セルド様のビジネスはカレドだけじゃねえんだよ!」
男は強がって槍を突き出した。
「充足院の『物資を配る権限』ってのはな、ちょっと手続きを遅らせるだけで裏からたんまり賄賂が入ってくる極上の権利なんだよ! こうやって道を塞いで物資の到着を遅らせて、相場を釣り上げてるのさ! 俺たちはセルド様から正式に委託された……ひぃっ!?」
傭兵が言葉を言い終わる前に、俺は男の目の前に音もなく詰め寄り、その胸ぐらをガシッと掴み上げていた。
「手続きを、遅らせる……?」
俺の声は、自分でも驚くほど低く、冷たくなっていた。
「この荷馬車に乗ってる水や麦は、今この瞬間も腹を空かせて待ってる奴らのところに届くはずのものだろ。それを、自分たちの金儲けのためにわざと止めてるってのか?」
「ひっ……だ、だからこれはセルド様が……!」
俺は、昨日グランツが怒りに震えながら言った言葉を思い出していた。
『持たざる者を救うのは、圧倒的な備蓄と管理体制のみだ』
おっさんが作った制度そのものは、きっと正しい。多くの命を救うための、巨大な盾だ。
だが、その巨大な盾の陰には、こうして安全な場所にふんぞり返り、制度の穴に寄生して私腹を肥やすダニみたいな奴らがいる。
グランツの制度が間違っているんじゃない。悪用する奴らがいるのだ。
「ふざけるな」
俺が拳を振り上げた瞬間、傭兵たちは「ひぃぃっ! 逃げろぉっ!」と一斉に武器を放り出し、来た道を蜘蛛の子を散らすように逃げ出し始めた。
「逃がすか!」
俺は足元の風を借りて、猛スピードで逃げる傭兵たちを追跡し始めた。
「カイ! 無理に深追いしなくても、まずは道の確保が先よ!」
ミナが背後から叫ぶが、俺の足は止まらない。
ダインが「いや、ミナ。あのような巨悪の末端を許せないという彼の正義感だ。ここは彼に任せよう」と感心したように言った。
だが、俺の追跡理由はそんな立派なものじゃなかった。
「ふざけんじゃねえぞ、お前らァ!!」
俺は逃げる傭兵たちの背中に向かって、ブチギレた声で咆哮した。
「お前らがこんなところで道を塞いだせいで、今日の護衛の仕事が長引くだろ!! 仕事が終わったら、オルムの市場で『特大串焼き』を腹一杯食う予定だったのに、夕飯の時間が遅れるじゃねえか!!」
「ええええっ!? 夕飯のためにあんな殺気立ってんのかよ!?」
逃げる傭兵たちが、恐怖で涙目になりながら振り返る。
「正義感じゃなかったわ!! ただの食い意地よ!!」
ミナの鋭いツッコミが平野に響き渡った。
「そらっ!」
俺は風を『筒』のように圧縮し、逃げる傭兵たちの足元へ放った。
ドワァッ! という突風が傭兵たちをまとめて空中に巻き上げ、全員が綺麗に折り重なるようにして地面に叩きつけられた。
「いででで……」
「降参、降参しますぅ……」
あっという間に無力化された傭兵たちを、ダインとザザが手際よくロープで縛り上げていく。昨日の重苦しい会談のモヤモヤを吹き飛ばすような、圧倒的で爽快な制圧劇だった。
「よし、あとはこの岩だな」
俺は道を塞いでいた巨大な岩の前に立ち、地面の弾力と風の力を同時に借りた。
「ふっ!」
俺の掌底が岩に触れた瞬間、力を『通された』岩はボールのように軽く弾け飛び、街道の脇へと綺麗に片付けられた。
「す、すげえ……」
護衛の騎士たちや御者たちが、目を丸くして拍手喝采を送ってくれる。
「へへっ、これくらい山じゃ毎日の日課だからな!」
俺が鼻の下を擦っていると、ミナとニアが、縛り上げられた傭兵のリーダーの前にしゃがみ込んでいた。
「さあ、洗いざらい吐いてもらうわよ」
ミナが分厚い帳簿を開き、ニアが魔力録音機を構える。
「セルドがこの物流妨害を指示したという証拠。それに、彼が賄賂を受け取っていた取引先の名簿。全部話しなさい。さもなきゃ、カイにもう一度追いかけっこを頼むわよ?」
「ひぃっ! は、話します! 何でも話しますから、あの怪物には近づけないでくれ!」
傭兵は俺の顔を見て震え上がり、ペラペラとセルドの悪事の全貌を自白し始めた。
「完璧です。カレドでの『契約不正の証拠』に加えて、今回の『物流妨害の指示記録』。これだけあれば、王立充足院の査問委員会もセルドを完全に有罪と認定し、権限を剥奪できるはずです」
ニアが丸眼鏡を光らせ、録音機を大事そうにしまった。
「で、その肝心のセルド本人は今どこにいるのよ?」
ミナが尋ねると、傭兵は怯えた声で答えた。
「せ、セルド様は……カレドでの一件で充足院の本部に言い訳が立たなくなったと焦っていて、昨日、オルムの街から夜逃げ同然で姿を消しました。噂では、ほとぼりが冷めるまで地方に身を隠すとか……」
「逃げただと? どこへ向かったか知っているか」
ダインが鋭く問いただすと、傭兵は街道の西の方角を指差した。
「『旧騎士輸送路』を使って、西へ向かったはずです。あっちの方角なら、今は人が住んでいない廃村が多いから、隠れるにはちょうどいいって……」
「西の、旧騎士輸送路……」
ダインがハッとしたように顔を上げ、ミナと顔を見合わせた。
俺も、腰の袋から地図を取り出して広げた。
オルムから西へ向かう古い街道。その先にあるのは……俺の地図に印が打たれている『第六葉』の節点。
つまり、四十年前、俺の爺さんであるベレンが流れを強制遮断し、グランツの故郷を犠牲にした場所。地図から名前を消された『旧断流点』の跡地だ。
「……ちょうどいい」
俺は地図を丸めて懐にしまい、西の空を見据えた。
「どうせ次の目的地はそっちだ。逃げた悪党を捕まえるついでに、爺さんが四十年前に何をやったのか……この目で確かめに行こうぜ」
俺たち『一枚葉』は、車列の無事を見送った後、夕飯の串焼きを急いで腹に詰め込み、第六葉のある旧断流点へと向かって歩き出した。




