第41話「世界を救った金持ち」
鉱山都市カレドから南へ数日。
なだらかな平野部が広がるその土地に、突如として城壁に囲まれた異様な要塞都市が姿を現した。
それが、王立充足院の総監グランツに指定された会談の場所、『供給都市オルム』だった。
「すごいわね……。街っていうより、巨大な要塞じゃない」
馬車の中から外壁を見上げたミナが、感嘆の息を漏らす。
壁の向こう側には、王都の塔にも匹敵するような巨大な円柱形の建物が、いくつも林立しているのが見えた。
「あれが全部、国中から集められた食料や魔力晶を貯蔵している備蓄サイロというわけか。個人の力でどうこうできる規模ではないな」
ダインも厳しい顔つきで巨大な建造物群を睨みつける。
俺たちがオルムの正門に到着すると、そこには充足院の役人たちだけでなく、見覚えのある豪奢な馬車と、王宮の近衛騎士たちがずらりと並んで待機していた。
「あれ? なんだかすごいお出迎えだな」
俺が首を傾げていると、豪華な馬車の扉が開き、中から夜空色のドレスを着た美しい女性が軽やかに降りてきた。
「お待ちしていましたよ、カイ、それに一枚葉の皆さん」
「げっ! リヴィア殿下!?」
ミナが慌てて馬車から飛び降り、ダインとザザと共に平伏しそうになるのを、リヴィア王女が「今日は堅苦しい挨拶は抜きよ」と優しく制した。
「殿下、なぜ王都からこんな辺境の供給都市へ?」
ダインが問いかけると、リヴィアはふわりと微笑んだ。
「視察よ。……というのは建前で、私もあなたたちと一緒に、この国の『備蓄』の現実を自分の目で見ておきたかったの。グランツ総監には、私の我儘で同席させてもらうと伝えてあるわ」
「おう! そうか、リヴィアも一緒なら心強いな!」
俺がニカッと笑うと、ミナが横から俺の脇腹を思い切りつねった。
「痛っ! 何すんだよミナ!」
「あんたねぇ! 相手は第一王女殿下よ! 王宮の外だからって気安く呼び捨てにしないでよね!」
「ふふっ、ミナは相変わらず苦労が絶えないようね。さあ、総監との会談の前に、まずはこの巨大な備蓄庫を少し見学させてもらいましょう」
リヴィアの案内の元、俺たちは供給都市オルムの内部へと足を踏み入れた。
都市の中は、まさに『倉庫の化け物』だった。
見上げるほど巨大な穀物サイロ。地下深くに掘られた、海のように広い貯水槽。そして、魔力で温度管理された体育館のような大きさの蓄魔晶の保管庫。
「うおおおおおっ!! すっげええええっ!!」
俺は巨大な貯水槽を見下ろす通路の手すりに身を乗り出し、大興奮で叫んだ。
「ミナ、見ろよ! でっかい倉庫だ! でっかい水筒だぞ!! 俺の持ってる水筒の何万倍水が入るんだこれ!?」
「まあっ! 本当に大きなお倉庫ね! それに本当に大きなお水筒ですわ!!」
俺の隣で、リヴィア王女が全く同じように身を乗り出し、両手を頬に当てて目をキラキラと輝かせていた。
「カイの言う通り、私の部屋にある水差しの何万倍もお水が入っていますわ! すごいわね、カイ!」
「だろ!? あそこから飛び込んだら絶対に気持ちいいぞ!」
「ふふっ、お魚になった気分になれそうね!」
「…………」
俺とリヴィアが手すりに並んで「でかいでかい」とはしゃいでいると、背後からスッと冷たい気配が近づいてきた。
「……ちょっと、あんたたち」
ミナが、ピクピクとこめかみに青筋を立てて立っていた。
「二人とも、ちょっとは賢そうな感想を持ちなさいよ! 『でかい倉庫』って、見たまんまじゃない! なんで王宮の姫様と山の野生児が全く同じレベルでシンクロしてはしゃいでんのよ!!」
「痛いっ! 帳簿で頭を叩くな!」
「きゃっ! ミ、ミナ、私には当たっていませんけれど、風圧が……!」
「殿下もです! 王族としての威厳を保ってください! この男の低すぎる満足度のハードルに引っ張られないで!」
ミナがキリキリと胃を痛めながらツッコミを入れていると、施設の案内をしていた充足院の職員が、苦笑しながら口を開いた。
「まあまあ。ですが、この巨大な『でかい水筒』が、どれだけの命を救っているか……ぜひ、あちらの出荷口を見ていただきたい」
職員に案内された先。都市の外縁部にある巨大なゲートでは、無数の荷馬車が絶え間なく行き交っていた。
そこに積み込まれているのは、サイロから出された穀物や、貯水槽から汲み上げられた樽入りの水、そして輝く蓄魔晶の数々だった。
「あちらの車列は、南部の干ばつ被害に遭った農村へ。あちらは、先日の魔物被害で環境魔力が乱れた東部の街へ向かう緊急支援物資です」
職員が誇らしげに語る。
「カレドのような不正な前借り契約は、あくまで一部の悪徳業者の仕業です。グランツ総監が作り上げたこの中央備蓄のシステムは、日夜こうして王国の隅々へ物資を送り出し、過去四十年間で数え切れないほどの餓死者や病人を救ってきたのですよ」
その光景を見て、俺ははしゃぐのをやめた。
荷馬車を引く御者たちの顔は真剣で、一刻も早く物資を届けようという使命感に満ちていた。
「……これほどの備えがあるからこそ、救われる命がある。騎士団の防衛力だけでは、飢えはしのげないからな」
ダインが感心したように頷き、ミナも真剣な目で車列を見つめている。
「ええ。物資を中央に集めて管理するっていうのは、巨大なリスクもあるけど、いざという時の対応力は各地方がバラバラに備蓄するよりはるかに高いわ。これこそが、グランツ総監の持つ『正当性』なのね」
俺は、カレドで見た、水を求めて倒れそうになっていた母親の姿を思い出した。
あの時、ミナが宿のために貯めていた金から五十金貨を出してくれたおかげで、街の人たちは助かった。
貯めること。持っていること。
それは、ただの欲張りの結果じゃない。いざという時に誰かを守るための、巨大な『盾』なんだ。
「……すげえな。この要塞を作ったおっさんは、世界を救った金持ちなんだな」
俺が素直に感嘆の声を漏らすと、リヴィアも静かに頷いた。
「ええ。父である国王陛下も、グランツ総監のこの実績には深く信頼を寄せているわ。だからこそ、充足院はこれほどの権力を持っているのよ」
「……視察は満足いただけたかな」
不意に、背後から低く重い声が響いた。
振り返ると、巨大な備蓄庫の奥にある、厳重な警備が敷かれた迎賓室の扉の前に、銀髪を撫でつけた初老の男が立っていた。
王立充足院総監、グランツ。
「総監。お待たせして申し訳ありません」
リヴィアが軽く頭を下げると、グランツは恭しく一礼して扉を開け放った。
「とんでもございません、殿下。それに、一枚葉の諸君。王都での供給槽の防衛、改めて礼を言おう」
グランツの目は、俺の顔を真っ直ぐに射抜いていた。
「さあ、中へ。君の持つその素晴らしい技術と、そして……君の持つ『危険な思想』について、ゆっくりと語り合おうではないか」
薄暗い迎賓室の中には、巨大な円卓が一つだけ置かれている。
俺は腰の鉄鍋を揺らしながら、一歩前へ出た。
「ああ。俺も、おっさんの考えてること、もっとちゃんと聞きたいと思ってたところだ」
俺の『借りて返す』という生き方と、彼が四十年間命懸けで築き上げてきた『貯めて配る』という生き方。
どちらが正しいのか、あるいはどちらも間違っているのか。
逃げ道のない真っ向からの対話が、今、始まろうとしていた。




