第37話「弱い魔法使いの使い方」
鉱山都市カレドのどん底にそびえ立つ、真っ黒な採掘塔。
俺たち『一枚葉』の五人は、その塔の敷地を囲む鉄柵の前まで戻ってきていた。
「止まれ! ここはカレド鉱石採掘会社の……」
昨日も立ち塞がった柄の悪い傭兵たちが、槍を構えて威嚇してくる。
「どけ。契約の正当性はすでに失われた。貴様らがこの場を封鎖する法的な理由はどこにもない」
ダインが冷徹な声で宣告し、長剣を鞘から引き抜いた。
「な、なんだと? わけのわからんことを言うな! おい、防衛ゲートを起動しろ!」
傭兵の一人が鉄柵の奥にある操作盤のレバーを引くと、バチバチと音を立てて、俺たちの目の前に半透明の青白い『魔力防壁』が展開された。
高さ五メートル、幅十メートルにも及ぶ巨大な光の壁が、塔への道を完全に塞いでしまったのだ。
「ちっ、こんな大げさなもんまで用意してやがったのか」
俺は舌打ちをし、防壁に向かって両手を突き出した。
どんなに硬い壁でも、周囲の風や大地の力を限界まで借りてブチ当てれば、一点突破くらいはできるはずだ。
「――少し、借りるぞッ!」
俺は『残り見』の感覚で、周囲にあるはずの魔力の流れを探った。
だが。
「……くそっ! やっぱり駄目だ!」
俺の手のひらから放たれたのは、そよ風のような生ぬるい空気の塊だけだった。
ボフッ、という情けない音を立てて、魔力防壁の表面で弾け飛ぶ。防壁にはヒビ一つ入らない。
「カイの《環流術》が通じない……。そうか、この塔のせいで周囲の環境魔力が完全に枯渇しているから、借りる力そのものがないのね」
ミナが悔しそうに帳簿を握りしめる。
「私の剣でも、純粋な魔力の塊である防壁を斬り裂くことはできん」
ダインが防壁を軽く叩いて首を横に振った。
「あはははっ! 無駄無駄ァ! その防壁は王都の最新型だ! お前らみたいな田舎の冒険者に破れるわけがねえ!」
傭兵たちが防壁の向こう側で下品な笑い声を上げる。
「……仕方ない! 俺がこの壁をひたすら素手で殴って囮になる! その隙に、みんなはどうにかして壁を越える方法を……」
俺が力技でどうにかしようと袖を捲り上げた、その瞬間だった。
「カイさん。野蛮な脳筋アピールはそこまでにしてください」
ニアが、分厚い本を小脇に抱えながら、ツカツカと俺の前に出てきた。
「その防壁、大出力の魔力で物理的に破壊しようとするから難しいんです。よく見てください」
ニアは丸眼鏡を光らせ、防壁の端にある小さな金属の箱――制御盤を指差した。
「あの制御盤の内部回路に、直接『適切な量』の魔力を流し込んでショートさせれば、防壁のシステム自体がダウンして開くはずです。数式で言えば、ごく簡単な逆位相のパルスを入力するだけですよ」
「な、なるほど……? じゃあ、ニアが魔法でバチッとやってくれるのか?」
「いえ。生憎ですが、この防壁の装甲は私の魔法では貫通できません。物理的に装甲に穴を開け、導線に直接アクセスする必要があります」
「物理的に穴を開けるなら、アタシの出番ね!」
ニアの言葉を聞くや否や、ザザが背中から愛用の金槌『鉄砕き』と、一本の分厚い金属の杭を取り出して前に出た。
「この『絶縁貫通杭』を制御盤の隙間に打ち込んでやるわ! そこにニアが魔力を流し込めばいいんでしょ!」
「はい。ですがザザさん、問題があります」
ニアの表情が引き締まった。
「この制御盤は非常にデリケートです。もし流し込む魔力量が『1パーセント』でも多すぎれば、回路が暴走して大爆発を起こし、私たち全員が吹き飛びます」
「げっ……爆発すんのかよ!」
「逆に少なすぎればショートしません。つまり、極めて繊細で高精度な『魔力注入の制御』が求められます」
その言葉に、俺はポンと手を叩いた。
「おおっ! じゃあ、ニアにピッタリじゃないか!」
「……え?」
「だって、お前の魔槽は『小せえ鍋』なんだろ? 大容量の魔法使いじゃドバッと魔力が出すぎて爆発しちまうかもしれないけど、ニアの小さな魔槽なら、一滴ずつ正確に魔力を注ぐ『制御弁』になれる! お前しかできない仕事だぞ!」
俺が笑って言うと、ニアは一瞬だけ驚いたように目を見開き、やがてフッと誇らしげな笑みを浮かべた。
「……ええ。おっしゃる通りです、カイさん。私の小魔槽なら、誤差ゼロコンマ一パーセントの魔力注入が可能です。私の理論と制御の力、見せてあげましょう!」
ニアが杖を構え、ザザが金槌を振り上げる。
いつも俺の魔法や腕力に頼っていた二人が、自分たちの得意分野で強敵に立ち向かおうとしていた。
「いくわよニア! しっかりアタシのペースについてきなさい!」
ザザが制御盤の隙間に金属の杭を当て、金槌を大きく振りかぶった。
ガァァァンッ!!
火花を散らして杭が制御盤の装甲に突き刺さる。
「注入開始! 導力係数ゼロ・四・二……定格出力で流します!」
ニアが杭の頭に杖を押し当て、自分の体内にある微細な魔力を、細く、鋭く、正確に流し込み始めた。
防壁の青白い光が、チカチカと不安定に明滅し始める。
「効いてるわ! もっとよニア! 良い道具は限界まで使い切ってなんぼよ! もっとガンガン魔力を出しなさい!」
ザザが叫びながら、さらに金槌で杭を叩き込む。ガンッ! ガンッ!
「む、無茶言わないでください! 回路の抵抗値が上がっています! これ以上の出力は爆発の危険が……!」
「気合よ! 気合で押し込みなさい!」
「魔法は気合じゃありません! 計算です!」
ドタバタと口論しながらも、ニアの杖先からはミリ単位で調整された魔力が絶え間なく注入され続けている。
「おいおい、防壁の色が赤くなってきたぞ……爆発しないだろうな?」
俺が少し後ずさると、ミナが「早く開けなさいよ! 傭兵たちがこっちに来るわよ!」と背後から急かした。
「わかってます! 出力最大……ッ! 魔槽残量、あと十二パーセント!」
ニアが悲鳴のような声を上げた。
「もっといけるわ! 叩けぇぇっ!」
「無理ですぅ! 八パーセント! 五! 三!」
ニアの額から滝のような汗が流れ落ちる。大容量の魔術師なら気にも留めないほどの魔力量だが、彼女にとってはまさに命を削るような限界の放出だ。
「もう空っぽです! 残量ゼロパーセントォォォォッ!!」
ニアが涙目で絶叫し、最後の魔力の一滴を杭へと流し込んだ。
その瞬間。
バチィィィィィィンッ!!!!
凄まじい閃光と共に、制御盤から黒い煙が噴き出した。
同時に、俺たちの前を塞いでいた巨大な魔力防壁が、まるでガラスが割れるようにパチンと音を立てて完全に消滅した。
「……やった……」
ニアがへなへなと座り込み、ザザが「しゃああっ! アタシたちの勝ちね!」と金槌を天に掲げた。
「すっげえ! お前ら二人だけで、あんなデカい壁をぶっ壊しちゃったぞ!」
俺は本気で驚嘆し、二人の背中をバンバンと叩いた。
「俺の出番、全くなしだったな!」
「ふふん、当然でしょ。カイばっかりにいいところは持っていかせないわよ」
ザザが煤で汚れた顔で得意げに笑う。
ニアも息も絶え絶えになりながら、「私の……小魔槽の、完全勝利です……」と丸眼鏡をクイッと押し上げた。
「な、なんだと!? 防壁が消えたぞ!」
「あのアマども、何しやがった!」
防壁が消え去り、丸腰になった傭兵たちが慌てて槍を構え直す。
「カイ。お前たちの出番はなかったようだが、私の出番は残っているようだな」
ダインが長剣を構え、俺の横に並び立った。
「おう! ザザとニアが開けてくれた道だ。一瞬で片付けるぞ!」
俺は地熱で熱された地面の『熱気』を少しだけ借りて、傭兵たちの足元へ熱風として流し込んだ。
「あちちちっ!? 足元が燃える!」
傭兵たちがパニックになって陣形を崩したところへ、ダインが疾風のように飛び込み、次々と剣の峰で打ち据えて気絶させていく。俺も風の塊で残りの連中を吹き飛ばし、ものの数分で入り口の制圧は完了した。
「よし、邪魔者はいなくなったわね」
ミナが分厚い契約書の写しを脇に抱え、堂々とした足取りで敷地内へと足を踏み入れた。
真っ黒な採掘塔の重低音が、すぐ目の前で地響きを立てている。
そして、防壁が破られた騒ぎを聞きつけたのか、干上がった街のあちこちから、住人たちがぞろぞろと広場に集まってきているのが見えた。
「さあ、セルド! 年貢の納め時よ!」
ミナが塔の入り口に向かって叫ぶ。
俺たち『一枚葉』は、ついに諸悪の根源である採掘塔の扉を蹴り開けた。
この塔を止め、契約を無効化するための、街の住人たちを巻き込んだ『住民会議』が、今まさに始まろうとしていた。




