第30話「借りる相手は世界だけじゃない」
ビィィィィィィィィンッ!!!!
王都グラードの地下深くに、耳をつんざくような警告音が鳴り響いていた。
赤く明滅する魔力灯の下を、俺たち『一枚葉』の五人は全速力で駆け抜けていた。
「カイさん! 第一から第三の『大供給槽』があるのは、この通路の先です!」
先導するニアが、息を切らしながら叫ぶ。
数日前に見学した公共水道のポンプ施設とは比べ物にならない、王都の魔力と水の心臓部。そこへ続く重厚な扉をダインが蹴り開けると、目の前に地獄のような光景が広がっていた。
「うおっ……!」
巨大なドーム状の空間の中央にそびえ立つ、三つの巨大な蓄魔晶。そのうちの一つが、限界を超えたように赤黒く明滅し、周囲の配管から高圧の水と魔力の蒸気が間欠泉のように噴き出していた。
「下がれ! これ以上近づけば魔力圧で弾け飛ぶぞ!」
轟音の中、一人の女性が凛とした声で叫んでいるのが見えた。
豪奢な夜空色のドレスの裾を泥水で汚しながら、残った施設職員の避難を指揮しているその姿。
「あんた……王宮で飯を食ってたお姫様か!?」
「カイ……!?」
俺の顔を見て、リヴィア王女が目を見開いた。彼女は再会に驚きながらも、切羽詰まった顔で指示を飛ばしていた。
「ここは危険よ! 第一供給槽の魔力炉が暴走を始めているわ。このままでは、王都の旧市街の地下一帯が吹き飛んでしまう!」
「原因はなんだ!?」
ダインがリヴィアの傍に駆け寄りながら問う。
「冷却水の管が、上がり続けた圧に耐えられず裂けたの。予備回路へ流そうとしているけれど、安全装置のロックが外れなくて……!」
俺は噴き出す魔力の奔流を『残り見』で睨みつけた。
とんでもない量の魔力と水が、行き場を失って出口を探している。
「よし、俺が《環流術》で全部引っ張って、空いてる流路に流し込んでやる!」
俺は前に出ようとしたが、横からニアが悲鳴のような声を上げた。
「駄目です! カイさんの体がいくら抵抗ゼロの『筒』でも、今の暴走エネルギーの総量は大きすぎます! 一人で受け止めれば、あなたの体が内側から破裂してしまいます!」
「一人じゃ無理か……」
だが、ここで諦めるわけにはいかない。
「なら、俺一人でやらなきゃいいだけだ! おい、みんな! ちょっと力貸してくれ!」
俺が叫ぶと、背後で仲間たちが一斉に動いた。
「任せな! 物理的な詰まりならアタシの出番よ!」
ザザが愛用の金槌を構え、噴き出す蒸気を潜り抜けて壊れた配管のバルブへと飛びつく。「うおりゃぁぁっ!」と豪快な一撃を叩き込み、ひしゃげたバルブを強引に開放した。
「私は水の逃げ道を確保する!」
ダインが長剣を抜き放ち、崩れ落ちて水路を塞ごうとしていた天井の瓦礫を、目にも留まらぬ連撃で細かく粉砕していく。
「計算終わりました! カイさん、魔力は右後方の第五予備回路へ! あそこなら、この魔力圧でも十秒は耐えられます!」
ニアが手元の計器と設計図を照らし合わせ、的確なルートを叫ぶ。
「リヴィア! その第五予備回路のロック、開けられるか!」
俺が叫ぶと、リヴィア王女は力強く頷いた。
「ええ! 王家の権限において、第五予備回路を強制開放します!」
リヴィアが壁の制御盤に手をかざし、王族特有の魔力を流し込む。ガコンッ! と重い音を立てて、強固なロックが外れた。
「……あたしは、あんたが怪我した時の薬と包帯の準備をしておくわ。絶対に死なないでよ!」
ミナが安全な場所から、特上の回復薬を握りしめて祈るように叫ぶ。
瓦礫が消え、バルブが開き、ロックが外れ、完璧な『逃げ道』が完成した。
俺の周りには、頼れる仲間たちがいる。借りる相手は、自然や世界だけじゃない。こいつらの力も、知恵も、全部まとめて借りてみせる。
「いくぞ!! ――全部、借りるッ!!」
俺は両手を限界まで広げ、暴走する第一供給槽の魔力と水流に意識を引っ掛けた。
ドゴォォォォォォォォッ!!
凄まじい衝撃が俺の体を突き抜ける。骨が軋み、筋肉が悲鳴を上げる。だが、ニアが計算してくれたルートへ、ダインとザザが切り開いた道を通り、リヴィアが開けた回路へと、俺は自分の体をただの『ポンプ』にして、暴走する力を一気に押し流した。
まばゆい青白い閃光が地下空間を埋め尽くし、轟音が耳を劈く。
数秒後。
「……返すぞ」
俺が余剰な力を大気に逃がすと、空間を満たしていた圧倒的な圧力が嘘のように消え去った。
第一供給槽の赤黒い明滅は収まり、静かな青い光へと戻っている。
「……止まった」
誰かが呟いたのを皮切りに、避難していた職員たちから割れんばかりの歓声が上がった。
「やった……やったわ! 王都が救われた!」
リヴィアが顔を覆って泣き崩れ、ミナとザザが俺の元へ駆け寄ってくる。
「カイ! あんた無事!?」
「おう! みんなのおかげで、ちょっと腕が痺れたくらいだ!」
俺がニカッと笑って親指を立てた、その時だった。
「――見事な連携だ。それに何より、君のその魔力を『通す』術。特筆に値するな」
歓声の輪の外から、静かで重みのある声が響いた。
振り返ると、そこに立っていたのは、数人の護衛を連れた初老の男だった。
銀色の髪を撫でつけ、豪奢な礼服を着たその男。河港リュドの祭りで見た、王立充足院の総監、グランツだ。
「総監閣下……」
リヴィアが居住まいを正す。
グランツはゆっくりと俺の前に歩み寄り、俺の全身を品定めするように見つめた。
「報告は聞いている。魔槽ゼロでありながら、莫大なエネルギーを制御する少年。カイと名乗ったな」
「おう。あんたが一番偉いおっさんか」
「そうだ。今回の君たちの働きには、国を代表して感謝する。被害を最小限に食い止めてくれた」
グランツはそう言って、ほんの少しだけ口角を上げた。だが、その目には冷たい光が宿っている。
「だが、カイ殿。君のその技術は、個人の枠に収めておくにはあまりにも強大で、危険すぎる。国家の安寧のためには、王室と充足院の監視の下、中央で厳格に『管理』すべきだと私は判断する」
その言葉に、ダインが眉をひそめ、ミナが一歩前に出ようとした。
だが、俺はミナを手で制し、グランツに向かって首を横に振った。
「おっさん、あんた何か勘違いしてるぞ」
「勘違い、だと?」
「俺の技がすごいんじゃない。今、この事故が止まったのは、ザザがバルブを開けて、ダインが瓦礫をどかして、ニアが計算して、リヴィアが扉を開けてくれたからだ。俺はただ、みんなが作ってくれた道に力を『通した』だけだ」
俺は胸を張り、言葉を続けた。
「この力は誰の持ち物でもないし、誰かが独占して中央に縛り付けていいもんじゃない。必要な時に、必要な奴が借りて、みんなで返す。それが一番いい使い方だ」
グランツの顔から、わずかな笑みが消えた。
彼の『貯めて、管理して、配るべき』という思想と、俺の『借りて、通して、返す』という価値観が、見えない火花を散らしたような気がした。
「……そうか。ならば、その危うい思想がどこまで通用するか、見せてもらうとしよう」
グランツはそれだけ言うと、身を翻して去っていった。
その後ろ姿を見送りながら、俺はふと、足元から「ミシッ」という嫌な音がするのに気づいた。
「ん?」
視線を下ろす。
俺が先ほど、莫大な魔力を受け止めるために両足を踏ん張っていた場所。
そこを中心に、王宮の地下に敷き詰められていた、一枚岩から削り出した超高級な大理石の床が、蜘蛛の巣のようにバキバキに割れ、粉々に粉砕されていた。
「…………あっ」
俺の顔面から、スッと血の気が引いた。
「ちょ、ちょっとカイ! あんた何やってんのよ!」
ミナが悲鳴を上げる。
「ち、違う! 俺じゃない! 力がちょっと漏れただけだ!」
「王宮の大理石の床をこんな広範囲に……! こ、これ、修理費っていくらになるの……!?」
ミナの持つ分厚い帳簿がガタガタと震え、俺は「銀貨何万枚だ……!?」と本気で恐怖のあまりガタガタと震え上がった。角猪の群れより、魔力炉の暴走より、王宮からの損害賠償請求が一番怖い。
「ふふっ、あはははっ!」
俺たちがパニックになっているのを見て、泥だらけのリヴィアが腹を抱えて笑い出した。
「心配いらないわ。修理の手配も費用も、私が王家の予算でやっておくから。命の恩人に請求書を回したりしないわよ」
「ほ、本当か!? 助かった!」
俺は心底安堵して、その場にへたり込んだ。
その後、ミナは魔術院の教官と膝を突き合わせ、基礎手順は公開し、現場での講習と安全検査を一枚葉へ有償で委託する書面を結んだ。検査に落ちても技術そのものを取り上げない、と彼女が一行加える。俺が署名を頼まれた時には、まず報酬額と責任の欄を読み返した。
その日の夜。
宿に戻った俺は、ランプの光の下で土産話帳を開いた。
第三葉の節点がある、この王都グラード。
巨大な建物や、豪華な晩餐もすごかったが、俺が一番すごいと思ったのは、あれだけ巨大な水の流れを、休むことなく街の隅々まで届けている仕組みだった。
俺は手帳のページに、大きく『王都の無料の水』と書き込んだ。
そして、少し手を止めてから、その下に小さく付け足した。
『それを止めない人たち』
水は無料じゃない。多くの人間が知恵を絞り、力を合わせて守っているからこそ、俺たちは蛇口を捻って水を飲めるのだ。
「さて、次はどこへ行くんだっけな」
翌朝、朝食の席で俺が聞くと、ミナが地図を広げてトントンと指差した。
「次の『第四葉』はここ。王都から北へ向かった山岳地帯にある、鉱山都市カレドよ」
「カレドって……あたしの故郷じゃない!」
ザザが身を乗り出して目を輝かせた。
「水と魔力がない、枯れた町って言ってたな。どんなところか楽しみだ!」
俺たちは荷物をまとめ、王都の賑わいを背にして、第四葉の待つ鉱山の街へと出発した。




