↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔力ゼロ判定の山育ち、葉っぱ一枚で旅に出る ~借りて返す魔法で水と魔力を取り戻す~  作者: 他力本願寺


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
26/60

第26話「王宮料理は反則だろ」

「はぁ……。どうしてあたしが、こんなところでお金を計算しなきゃいけないのよ……」


 王宮の大広間。天井から吊るされた巨大な魔力水晶のシャンデリアが、眩いほどの光を放つ中、ミナは窮屈そうな深紅のドレスの裾を握りしめながら、壁際で恨めしそうに呟いた。


「まあそう言うな、ミナ。お前が見立ててくれたこの服、すっげえツルツルしてて気持ちいいぞ!」


 俺はミナが『予備費』から泣く泣く捻出してくれた、漆黒のレンタル礼服の袖を撫で回しながら笑った。ダインは貸与された騎士の正装を完璧に着こなし、ザザもフリルのついた可愛らしいドレス(本人は「動きにくい!」と文句を言っていたが)を着ている。


 昼間、魔術院で適性試験を一日でぶっ飛ばし、地下施設で水道管の破裂を食い止めた俺たちは、その特異な力を見込まれて、なんと王宮の晩餐会に招待されてしまったのだ。


「皆様、ご着席ください。これより晩餐を始めます」


 初老の従者の声と共に、大広間の中央にある長大なテーブルへ案内される。


 俺たちの席は、なんとテーブルのかなり上座の方だった。


 そして、次々と運ばれてくる料理を見た瞬間、俺の目は皿からこぼれ落ちそうなくらいに見開かれた。


「うおおおおおおおおっ!!」


「ちょっとカイ、声が大きい!」


 ミナが慌てて俺の膝をつねるが、俺の感動は止まらなかった。


「見ろよミナ! なんだこの肉! 外側はカリッとしてるのに、ナイフを入れたら中から赤い汁がドバッと出てきたぞ! こっちの魚なんて、金色のソースが海みたいにかかってる! パンは雲みたいにフワフワだ! 王宮料理は反則だろ!!」


 俺は配られた純銀のフォークを握りしめ、目の前の肉に食らいついた。


「う、うめえええええええっ!!!」


 口の中で爆発する肉の旨味と、複雑な香辛料の香り。


 山で食っていた獣の肉とは違う。祭りの屋台の豪快な味とも違う。計算し尽くされ、何十人もの料理人が技術の粋を集めた『至高の味』だった。


「最高だ! こんなうまいものがこの世にあったなんて!」


 俺は肉を平らげ、魚を飲み込み、フワフワのパンで皿に残ったソースを綺麗に拭き取って口に放り込んだ。


 テーブルクロスにぽろりと落ちたパンくずすら愛おしい。俺は指先でそれをチョンと拾い上げ、大事そうに舌の上に乗せた。


「んん〜っ! パンくずまで味がしっかりしてる! 小麦の甘みがたまらん!」


「……ふふっ。あなたは、そんな小さなパンくずでも幸せそうに食べるのね」


 不意に、隣の席から鈴を転がすような澄んだ声が聞こえた。


 振り返ると、そこに座っていたのは、夜空のような深い青色のドレスを着た、驚くほど美しい女性だった。


 透き通るような白い肌に、金の糸を紡いだような長い髪。年の頃はミナと同じか、少し上(二十歳くらい)だろうか。


 彼女の目の前にも俺と同じ素晴らしい料理が並んでいるのに、彼女はフォークを動かそうともせず、ただ不思議そうに俺を見つめていた。


「おお、あんたもこのパン食ってみろよ! ほっぺたが落ちるぞ!」


 俺が元気よく言うと、女性は少しだけ寂しそうに微笑んで、首を横に振った。


「ありがとう。でも、私にはわからないの。……何を口にしても、味がとても『薄く』感じるから」


「味が薄い? そんな馬鹿な! この金色のソースなんて、すっげえ濃厚だぞ!」


「ええ。宮廷の料理長が腕によりをかけているのは知っています。でも、私にとっては、ただの噛み応えのある塊にしか感じられないの。食事だけじゃないわ。綺麗なドレスを着ても、美しい音楽を聴いても、心がちっとも動かないのよ」


 女性は、自分の手を見つめながらポツリと呟いた。


「この王宮には、何でも揃っているわ。欲しいものは何でも手に入る。それなのに、私は少しも『満たされている』と感じたことがないの」


 何でもあるのに、満たされない。


 俺はその言葉を聞いて、ピタリと食べる手を止めた。


 旅に出た時の財産は押し葉一枚、魔槽の測定値は今もゼロ表示だ。自慢の持ち物だって、黒い鉄鍋が一つ。でも、今日雨が降らなかっただけで嬉しいし、パンくず一つで最高に幸せな気分になれる。


 俺と彼女は、完全に正反対だった。


「……なぁ、あんた」


 俺はフォークを置き、彼女の目を真っ直ぐに見た。


「それはきっと、あんたが『本当に腹が減った』ことがないからだぞ」


「お腹が、減ったこと?」


「ああ。何でも手に入る場所にずっといたら、自分が本当に『何が足りないのか』わからなくなるんだと思う。腹が減ってない時に食う飯は、どんなに高級でも味が薄いんだよ」


 俺はニカッと笑って、親指を立てた。


「いつか俺たちがこの王宮を出て旅をする時、あんたも一緒に来いよ! 一日中歩き回って、泥だらけになって、腹の虫がグーグー鳴るくらい限界になった時……俺が相棒の鉄鍋で、山椒をたっぷり入れた最高のスープを作ってやる! そしたら絶対に、涙が出るくらいうまいって感じるはずだぜ!」


 俺の無邪気な提案に、女性はポカンと口を開け――やがて、堪えきれないようにクスクスと笑い出した。


「ふふっ……あはははっ! 私に、野宿をして泥だらけになれと言うの? 王宮の料理長が聞いたら卒倒してしまいそうね!」


「なんだよ、野宿は楽しいぞ! 星も見えるしな!」


「ええ、そうね。なんだか、あなたと話していると、少しだけお腹が空いてきたような気がするわ」


 女性は本当に楽しそうに笑い、初めて自分からフォークを手に取り、肉を小さく切って口に運んだ。


「……ふふ。やっぱり薄いけれど、今日は少しだけ、美味しく感じるわ」


 俺と女性が妙に意気投合して盛り上がっていると、ドンッ! と隣から強い力で椅子が蹴られた。


「……ちょっと、カイ」


 見ると、ミナが般若のような顔をして俺を睨みつけていた。


「な、なんだよミナ」


「あんたねぇ……人の商談相手(じゃないけど)を勝手に取らないでよ! っていうか、初対面の女性をいきなり野宿に誘うってどういう神経してんのよ! 少しは空気を読みなさいよ!」


 ミナは俺と女性の間に割って入るように身を乗り出し、プンスカと怒っている。まるでヤキモチを焼いているみたいだが、相手は王宮の人間だ、俺が失礼なことをして怒られるのを心配しているのだろう。


「ご、ごめんごめん! でもこいつ、いい奴だぞ!」


「こいつって呼ばない!!」


 ミナのツッコミに、女性はさらに声を上げて笑った。


「リヴィア様。あまり大声でお笑いになられますと、他の貴族たちの目が……」


 控えに立っていた近衛騎士が、慌てて女性に耳打ちをした。


 その言葉に、ミナとダイン、ザザの動きがピタリと止まった。


「……リヴィア、様?」


 ミナが顔面を蒼白にして震え声を出した。


「嘘でしょ……リヴィアって、今の国王陛下の、第一王女殿下の……?」


「ええ、そうよ。黙っていてごめんなさいね」


 女性――リヴィア王女は、イタズラっぽく微笑んで立ち上がった。


「ひええええっ!! し、失礼いたしましたぁっ!!」


 ミナとザザが弾かれたように土下座の勢いで頭を下げ、ダインも騎士の最敬礼をとる。


 だが、俺はパンをかじりながら首を傾げた。


「なんだ、お姫様だったのか。でも腹が減ってないのは変わらないだろ? 約束通り、いつか鍋作ってやるからな!」


「カイ!! 不敬罪で首が飛ぶわよ!!」


 ミナが俺の服の裾を必死に引っ張るが、リヴィアは全く気にする素振りを見せなかった。


「ふふっ。本当に面白い方たちね。魔槽がゼロなのに強大な術を操る少年と聞いて、どんな怪物かと思っていたけれど」


 リヴィアは俺たちに向かって、そっと手招きをした。


「あなたたちの使う不思議な術。それに、あなたたちのその『何もないのに満たされている』空気に、私はとても興味が湧いたわ」


「お? 俺たちのことが知りたいのか?」


「ええ。よければ、食後の運動も兼ねて、少し王宮の奥を案内しましょうか。あなたたちなら、昔の魔術師の記録に興味があるかもしれないわ」


「昔の魔術師の記録?」


 俺の心臓が、ドクンと跳ねた。


 ダインも顔を上げ、真剣な目を向ける。


「ぜひ、拝見させてください、殿下」


 晩餐が終わり、俺たちはリヴィア王女の案内で、王宮の奥深く、厳重な魔法の鍵がかけられた『古い資料庫』へと足を踏み入れた。


 カビと古い羊皮紙の匂いが立ち込める室内。


 リヴィアが魔力灯を点けると、壁に掛けられた一枚の巨大な『肖像画』が浮かび上がった。


「これは……」


 俺は、その絵に描かれた人物を見て、息を呑んだ。


 立派な仕立てのローブを着て、自信に満ちた顔で微笑む、一人の若い魔術師の肖像。


 シワシワの顔でもなく、煤で汚れてもいない。


 だが、その目つきと輪郭は、俺が世界で一番よく知っている男のものだった。


「……爺さん」


 王宮の最奥で、俺はついに『断流罪人』と呼ばれる前の、若き日の師匠の姿と対面したのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。