第24話「魔力0、試験は一日で十分」
「――以上の第三項、および第七項の特例規定に基づき、被検体の潜在的脅威と学術的価値を鑑み、本日のうちに全適性試験の行程を実施することを強く要求します!」
王立魔術院の広大な教官室。
灰色のローブを着た小柄な少女・ニアは、分厚い規定集を教官のデスクに叩きつけ、息継ぎも忘れるほどの猛烈な早口でまくし立てた。
「お、落ち着きなさいニア君! いくら君が理論科の首席だとはいえ、街のギルドから来たばかりの素人の試験を、一日で全行程圧縮するなど前例が……」
「前例がないからこそ実証するのです! 彼の術式は現行の導力学の根本を覆す可能性があります! 何日もかけて書類審査をしている間に彼が王都から立ち去ってしまったら、魔術院にとってどれほどの損失かお分かりですか!」
ニアの理詰めの猛プッシュに、初老の教官はタジタジになりながらハンカチで額の汗を拭った。
その背後で、俺とミナ、そしてダインとザザは、借りてきた猫のようにおとなしく立っていた。
「……すげえな、あのチビっ子。俺が山の獣を追い詰める時より容赦がないぞ」
「王都の優等生って、みんなああやって口で人を殴るのかしらね」
俺とミナが小声で囁き合っていると、ついに教官が白旗を上げた。
「わ、わかった! 許可しよう! ただし、まずは第三測定室で正式な『魔槽測定』を行う! ギルドの古い測定器のエラーではなく、本当に彼の魔力がゼロであると確認できなければ、実技試験には進ませられんぞ!」
ということで、俺たちは教官に連れられ、ドーム状の天井を持つ巨大な『第三測定室』へと案内された。
部屋の中央には、ミルヴァのギルドにあった水晶玉とは比べ物にならないほど巨大で、複雑な金属のリングが幾重にも組み合わさった装置が鎮座していた。
「おおーっ! デカい! なんだあのトゲトゲした機械は!」
「王立魔術院が誇る超高精度の『大型魔槽測定器』だ。これにかかれば、体内の魔力残滓はおろか、休眠状態の微細な魔槽まで、装置の測定下限に達するものは数値化できる」
教官が自慢げに胸を張り、装置の起動レバーを引いた。
ゴォン、と重い駆動音が響き、金属のリングが青白い光を放ちながら回転を始める。
「さあ、そこの大理石の階段を登って、中央の台座に立ちなさい。そしてあのリングに触れるんだ」
「おう! 任せとけ!」
俺は元気よく返事をし、装置へと向かった。
そして。
「うおおおおおっ!! すっげえ!!」
俺は大興奮で叫び声を上げ、その場にしゃがみ込んだ。
「フフッ、驚いたかね。それが我が魔術院の……」
「この階段、すっげえいい石だ!!」
教官の言葉を遮り、俺は装置に登るために設置された三段の大理石の階段を、ペタペタと撫で回した。
「見ろよミナ! ザザ! 継ぎ目が全くないぞ! 一つの巨大な岩から削り出したのか!? 角の丸みが絶妙で、足を乗せた時の滑らかさが最高だ! 王都の石工は天才ばっかりだな!」
「……え?」
教官が間抜けな声を出す。
「ちょっとカイ! あんた何やってんのよ! 褒めるなら機械の方を褒めなさいよ!」
ミナが真っ赤になって怒鳴るが、俺の感動は止まらない。
「だって機械のことはよくわからんし! でもこの石の階段は、俺が今まで座ってきたどんな岩より尻にフィットしそうだぞ! ここでおにぎり食ったら絶対にうまい!」
「お願いだから早く測定器に乗って! 恥ずかしいから!」
ミナとダインに両脇を抱えられ、俺は強制的に中央の台座へと立たされた。
「ほら、リングに手を当てて!」
言われるがまま、回転する青白いリングの横にあるパネルに両手を乗せる。
ブゥゥゥン、という低い音が鳴り響き、測定器が俺の体内をスキャンし始めた。
数十秒後。
装置の上部にある巨大な表示板に、デカデカと文字が浮かび上がった。
『測定下限未満 【0】』
測定室に、重苦しい静寂が落ちた。
「……やはり、ゼロか」
教官が呆然と呟く。超高精度の機械を使っても、結果はミルヴァのギルドと同じだった。俺の体には、魔力を貯めておく器が全く存在しないのだ。
だが、俺は輝くような笑顔で両手を突き上げた。
「やったぁぁっ!! やっぱり俺はゼロだ!」
「……は?」
「いやぁ、安心したぞ! ここで変に『2』とか『3』とか中途半端な数字が出たらどうしようかと思ったんだ! 丸くて角がない、完璧なゼロ! 安定してて一番いい数字だ!」
俺がバンザイをして喜んでいると、教官は完全に毒気を抜かれたようにヨロヨロと後ずさった。
「こ、この少年は一体なんなのだ……魔槽が測定下限にすら届かないということは、普通の魔術師としては致命的だぞ。なぜあんなに嬉しそうなんだ……」
「すみません教官。うちの相棒、幸福のハードルが地面に埋まってるんで」
ミナが疲れた顔で頭を下げた。
「……よ、よし。次は身体測定と実技だ。訓練場へ移動するぞ」
教官に連れられ、俺たちは屋外の広い訓練場へと出た。
通常なら半日かけて行われる基礎体力の測定。だが、結果から言えば、それはものの数分で終わってしまった。
「うりゃっ!」
俺は指定された百キロの鉄の重りを、片手でひょいと持ち上げて見せた。
「なっ……!?」
「山じゃ、これくらいの岩をどかさないと冬眠中の熊の穴が掘れないからな!」
次に瞬発力のテスト。
「よーい、ドン!」
教官の合図と共に、俺は地面の『弾力』を足裏に借りて一足飛びで加速し、五十メートルの距離を瞬きする間に駆け抜けた。
「ば、馬鹿な……身体強化の魔法を使わずに、あんな速度を……!?」
教官が持っていた記録用の羽ペンを取り落とす。
俺からすれば、ただ山で培ったサバイバル能力と、日常的な術の応用を見せただけだが、王都の基準からすれば完全に常識外れだったらしい。
ダラダラと続くはずだった試験の項目は、俺が「王道の無双」をかますことで、あっという間に消去されていった。
「さ、最後は実技試験だ!」
教官が半ばヤケクソ気味に叫び、訓練場の端に頑丈な石の的を出現させた。
「距離三十メートル! あそこから任意の魔法を放ち、的を破壊しろ! 魔力ゼロのお前がどうやって魔法を使うのか、見せてもらおうじゃないか!」
「わかった。じゃあ、ちょっとでかい風を借りるぞ」
俺が的の方へ向き直った時、ニアが「待ってください!」と割って入ってきた。
「カイさん! 術を発動する前に、これを周囲に撒いてください!」
ニアが俺の足元に投げたのは、細かい銀色の粉が入ったガラス玉だった。パリンと割れ、キラキラとした粉が大気中に舞い散る。
「なんだこれ?」
「魔術院で開発中の『魔力可視化粉』です。空気中の魔素に反応して発光します。これで、あなたの術の構造をこの目で確かめます!」
ニアは手元の計器を構え、丸眼鏡をギラリと光らせた。
「いいぞ、やってみな!」
俺は大きく息を吸い込み、『残り見』の感覚を広げた。
王都の風。それに、地面の奥深くを流れる公共水道のポンプの微かな振動。
それらを引っ掛けて、自分の体を『筒』にして通す。
「――そらっ!」
俺が両手を突き出した瞬間。
ニアが撒いた銀色の粉が、猛烈な勢いで発光しながら俺の周囲に渦を巻いた。
「おおっ!?」
それは、教官たちにとっても明確に『視える』現象だった。
俺の体から魔力が出ているのではない。大気中に漂う風の魔力と、地面から立ち昇る地の魔力が、俺という存在を『ただの通り道(導管)』として一箇所に収束し、圧縮され、撃ち出されているのだ。
ドォォォォォォンッ!!!
放たれた風の砲弾が、三十メートル先の石の的を粉々に粉砕した。
「返すぞ」
俺が余剰な力を空へ逃がすと、銀色の粉もフワリと輝きを失って地面に落ちた。
訓練場は、水を打ったように静まり返っていた。
「す、素晴らしい……!」
その沈黙を破ったのは、ニアの歓喜の叫びだった。
「見えました! 魔力を自分の器に貯め込むのではなく、自分を『通す』だけの魔法! だから魔槽が0表示でも、外に流れがある限り出力できる! ……ということは、外部魔力の流入量と射出角の係数を導き出せば……!」
ニアは地面にしゃがみ込み、羽ペンを猛スピードで走らせて、俺の《環流術》を難解な数式へと変換し始めた。
「……教官。これで、彼の実技試験は合格ですよね?」
ミナが横から声をかけると、教官は口をパクパクとさせた後、力なく頷いた。
「あ、ああ……合格だ。身体能力も、術の威力も、申し分ない。いや、申し分なさすぎる……」
こうして、本来なら何日もかかるはずだった王都での適性試験は、たった一日、いや半日足らずで全行程を終了してしまった。
その日の昼。
俺たちは魔術院から発行されたばかりの新しい『旅券』を受け取り、ホクホク顔で大通りを歩いていた。
「やったなミナ! これで王都のギルドでもデカい仕事が受けられるぞ!」
「ええ。あんたの非常識っぷりが、まさかこんな時短に繋がるなんてね」
俺たちが宿へ帰って美味い飯でも食おうと盛り上がっていた、その時だった。
カチャッ、カチャッ。
揃いの銀色の鎧を着た、王国の近衛騎士らしき数人の男たちが、俺たちの前に立ち塞がった。
「ん? なんだあんたたち」
俺が首を傾げると、先頭の騎士が恭しく羊皮紙の巻物を広げた。
「冒険者パーティ『一枚葉』。並びに、魔槽ゼロにして未知の術式を操る者、カイ殿とお見受けする」
「おう、俺だけど。俺、何か悪いことしたか?」
騎士は首を横に振り、信じられない言葉を口にした。
「先ほどの魔術院での特異な測定結果、すでに上層部へ報告が上がっております。貴方々のその数奇なる力を見込み……今宵、王宮で開かれる『晩餐』へとご招待いたします。どうか、ご同行願いたい」
「……はい?」
ミナが固まり、ダインが目を見開く。
魔力ゼロの試験を一日で終わらせた結果。
俺たちはなぜか、この国で一番偉い人たちが住む王宮で、タダ飯を食うことになってしまったらしい。




