第21話「王都は屋根が多すぎる」
「うおおおおおおおおっ!!」
王城へ続く巨大な石橋を渡る手前の小高い丘で、俺はありったけの声を張り上げた。
河港リュドを出発してから十日余り。俺たち『一枚葉』の四人は、ついにこのレムナ王国の中心地へと足を踏み入れようとしていた。
王都グラード。
それは、今まで俺が見てきた商都ミルヴァや河港リュドとは、完全に桁が違う規模の巨大都市だった。
真っ白な石で造られた堅牢な外壁が、見渡す限りの地平線をぐるりと囲んでいる。その内側には、色鮮やかな瓦屋根の家屋が海の波のようにうねりながら密集し、中心に向かうほど建物の背は高くなっていく。そして街の一番奥、ひときわ高い丘の上には、太陽の光を反射して黄金色に輝く壮麗な王宮がそびえ立っていた。
「す、すげえ……なんだこれ! 山が丸ごと街になったみたいだぞ!」
「ふふっ、驚いた? これが王都グラード。世界で一番お金と物と人が集まる場所よ」
ミナが誇らしげに腕を組む。
「私が王都の騎士団に所属していた頃から数年経つが、さらに街区が拡張されているな。相変わらず凄まじい活気だ」
ダインが懐かしむように目を細めた。
「あたしの故郷の鉱山街も結構デカいと思ってたけど……さすがに負けるわね、これは」
ザザも口笛を吹いて感心している。
俺は興奮で息を荒くしながら、街門をくぐり抜けた。
大通りに出た瞬間、俺の目は休む暇もなく上下左右へと泳ぎまくった。
「おいおいおい、嘘だろ!? なんだあの建物! 家の上に家が乗ってるぞ!」
俺が指差したのは、石とレンガで造られた四階建ての高層アパートだった。
「田舎者丸出しのリアクションね。あれは王都じゃ普通の高層建築よ。土地が限られてるから、上に上に伸ばしていくしかないのよ」
「上に伸ばす!? そんなことしたら、屋根がどうなってるかわからなくなるじゃないか!」
俺は商都ミルヴァに着いた最初の日を思い出していた。あの時は、見渡す限りの屋根の多さに「雨宿りし放題だ」と感動し、夜寝る前に屋根の数を数えようとしたものだ。
「よーし! この街の屋根の数を数えてやる!」
俺は意気込み、道端で仁王立ちになって指を折り始めた。
「ひとつ、ふたつ、みっつ……よっつ、いつつ……」
だが、すぐに壁にぶち当たった。
「むっ? あの三階建ての家、二階の部分にも小さな屋根が出っ張ってるぞ。あれは一個にカウントするのか? いや、向こうの建物は屋根が繋がってて、どこからどこまでが一つの家なのかわからん……! ええと、じゅうさん、じゅうよん、じゅうご……」
俺が首をグルグルと回し、目を白黒させていると、次々と馬車や人が目の前を横切っていく。
「ああっ! 今何個まで数えたか忘れた! もう一回最初からだ! ひとつ、ふたつ……」
三分後。
「……無理だ、諦めた!!」
俺は両手を高く上げ、青空に向かって白旗を振った。
「王都は屋根が多すぎる! 重なりすぎててわけがわからん! 俺の負けだ!」
「そもそも何と勝負してたのよ、あんたは」
ミナが深々とため息をつき、ダインとザザが呆れ顔で笑った。
だが、俺の敗北宣言(?)は、王都の凄さのほんの序の口に過ぎなかった。
太陽が西の空に傾き始め、街が少しずつ薄暗くなってきた頃。
大通りの等間隔に立てられた、金属製の美しい装飾が施された高い柱――その先端にはめ込まれたガラス玉が、一斉にぽわんと淡い光を放ち始めたのだ。
「わわっ! 火も点けてないのに、街中の棒が光り出したぞ!」
「あれは『魔力街灯』よ。地下に埋められた蓄魔晶のネットワークから微弱な魔力を送って、夜の間ずっと街を照らすの」
ミナの解説を聞いて、俺は口をポカンと開けた。
山では、日が沈めば真っ暗になるのが当たり前だ。夜に活動したければ、薪を燃やすか、油に火を灯すしかない。だが、この街は違う。光を魔法で作り出し、街中を昼間のように明るく保っているのだ。
「それに、見てみろカイ。あそこの広場を」
ダインが指差した先には、美しい彫刻が施された石造りの水汲み場があった。
街の女たちが、鉄の蛇口を捻る。すると、そこから透き通った綺麗な水が、勢いよくドバドバと流れ出してきた。
「なっ……川でもない場所から、水が噴き出してるぞ!?」
「『公共水道』だ。王都の地下には巨大な貯水槽と魔力ポンプがあり、街の隅々にまで新鮮な水を圧送しているのだ。騎士団の兵舎にもこれが引かれていてな、実に便利なものだ」
俺はたまらず水汲み場に駆け寄り、蛇口から流れる水を手に受けて飲んでみた。
「うおっ、冷たくて美味い! 泥臭さなんて全くないぞ!」
俺は振り返り、両手を広げて大声で叫んだ。
「すげえ! 街の人間は天才ばっかりだな! ボタン一つで光が点いて、蛇口を捻るだけでうまい水が湧き出してくる! 家の上に家を作って、空に届きそうな建物まで建てる! 王都ってのは、とんでもない魔法の国だ!」
俺が心底感動してはしゃぎ回っていると、ミナが少しだけ意外そうな顔をした。
「……あんたってさ、山で自然と一緒に育ってきたくせに、こういう文明の便利な道具みたいなものを全然嫌がらないわよね。普通、山の仙人みたいな人って『街の人間は自然の理を忘れて堕落している』とかお説教するんじゃないの?」
「ん? なんでだ?」
俺は不思議に思って聞き返した。
「便利で美味いんだから、素直に喜べばいいじゃないか。俺の《環流術》だって、自然の力を『借りて』便利に使ってるだけだしな。それに、これだけのすごい仕組みを作るのに、どれだけの人間が知恵を絞って、汗水垂らして頑張ったんだ? それを堕落なんて言ったら、作った奴らに失礼だろ」
俺が笑って言うと、ミナはふうと息を吐き、「……まあ、あんたらしいわね」と優しく微笑んだ。
すっかり日が暮れた後、俺たちは王都の華やかな大通りを外れ、石畳が少しひび割れた旧市街の区画へとやってきた。
「ええと、地図によればこの辺りのはずなんだけど……」
ミナが魔力街灯の明かりを頼りに地図を確認する。
「あそこだ、ミナ」
俺が指差したのは、古いレンガ造りの水路の傍らに建つ、使われなくなった小さな管理塔だった。
壁は蔦に覆われ、周囲の高層建築の影に隠れるようにしてひっそりと佇んでいる。
だが、俺の目には、その塔の入り口の扉に刻まれた『七つの葉印』がはっきりと見えていた。
「第三葉の節点だ」
俺は首から下げた押し葉を取り出し、扉の窪みにはめ込んだ。
カチリ、と静かな音が鳴り、扉が開く。
塔の内部は埃を被っていたが、中央の石の台座には、これまでと同じように一通の封筒が置かれていた。
「さあ、今回はどんなトンチキなことが書いてあるのかしらね」
ミナが苦笑いしながら見守る中、俺は封筒を開け、手紙を開いた。
『一番いいものは高い所にあるとは限らん』
「…………」
俺は手紙の文字を見つめ、静かに息を吐いた。
「カイ? どうしたの? また鍋が焦げたとか書いてあった?」
「いや……」
俺は手紙をミナに見せた。
「一番いいものは、高い所にあるとは限らん。か」
ダインが腕を組み、手紙の言葉を反芻する。
「王都グラード。高い建物に囲まれ、丘の上には王宮がそびえ立つ。誰もが『より高く、より豊かな場所』を目指して集まるこの街で、あえてその言葉を残したか」
「高い所=一番いいもの、ってわけじゃないってことね。相変わらず、変なところで芯を食う爺さんだわ」
ミナが感心したように頷く。
俺も、あの壮麗な王宮や高層建築を思い浮かべながら、師匠の言葉を噛み締めていた。
「高い場所に行かなくても、足元に美味い飯や面白いものがいっぱい転がってるかもしれないってことだな! よし、爺さんの言う通り、この街の隅から隅まで歩き回って、一番いいものを探してやるぞ!」
俺が元気に宣言すると、ザザも「賛成! まずは裏路地の屋台で腹ごしらえよ!」と拳を突き上げた。
「……はいはい、元気なのはいいけど、ストップ」
俺たちが駆け出そうとした瞬間、ミナが両手を広げて通せんぼをした。
「美味しいものを食べに行く前に、明日の予定を叩き込んでおくわよ」
「ええーっ、また帳簿の講義か!?」
「違うわよ。王都に長期間滞在して、ギルドの施設を利用したり、依頼を受けたりするためには、やらなきゃいけないことがあるの」
ミナは俺の胸をビシッと指差した。
「あんたの『身分証(旅券)』の更新よ。ここは王都、田舎のギルドとはセキュリティの厳しさが違うわ。明日、王立魔術院の支部に行って、王都の基準に合わせた『魔槽の再測定』と『適性試験』を受け直してもらうからね」
「魔槽の再測定……ってことは」
俺の頭の中に、ミルヴァの街で冒険者登録をした時の、あの黒い水晶玉の光景が蘇った。
「おおっ! またあの『ゼロ』の丸くて綺麗な数字が見られるのか! 楽しみだな!」
「……あんたがそれでいいなら、いいんだけどね」
ミナが頭を抱え、ダインとザザが苦笑する。
屋根が多すぎる大都会、王都グラード。
まずはこの屋根の下で、まだ食べたことのないものを見つけたい。試験のことは、その後に考えよう。




