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魔力ゼロ判定の山育ち、葉っぱ一枚で旅に出る ~借りて返す魔法で水と魔力を取り戻す~  作者: 他力本願寺


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第2話「魔力、ゼロ」

翌朝。荷捌き場の屋根の下で目を覚ますと、ミナが腕を組んで待っていた。


「おはよう、カイ。今日は稼ぎに行くわよ」


「飯の前にか?」


「飯のために。まずは冒険者登録よ」


 屋根がたくさんある街、ミルヴァ。


 その中でもひと際大きく、頑丈そうな屋根を持つ建物が『冒険者ギルド』だった。


「おおーっ! すげえな、この柱! 大人三人がかりでも抱えきれない太さだぞ。これなら大雪が降っても絶対に潰れないな!」


「ちょっとカイ、田舎者丸出しではしゃぐのやめてちょうだい。目立って仕方ないわ」


 高い天井を見上げて感嘆の声を上げる俺の袖を、ミナが恥ずかしそうに引っ張った。


 ギルドの内部は、朝から大勢の人間でごった返していた。剣や槍を背負った戦士、分厚いローブを着た魔法使い、そして分厚い紙の束を抱えて走り回る職員たち。ざわめきと熱気、それに少しの酒と鉄の匂いが混ざり合っている。


「ミナ、ここで何をすれば稼げるんだ? また角猪を捕まえればいいのか?」


「馬鹿言わないで、あんなのは運が良かっただけよ。ここでは街の住人や商人からの『依頼』を請け負うの。魔物の討伐から薬草の採取、荷物の運搬まで色々あるわ。でも、依頼を受けるにはまず『冒険者登録』をして、実力を証明しなきゃいけないのよ」


 ミナは商人らしく、ギルドの仕組みをすらすらと解説してくれた。


 なんでも、この国では十五歳前後になると『魔槽測定』というものを受けるのが一般的らしい。


「魔槽ってのは、体の中にどれだけの魔力を貯め込んでおけるかっていう『器』のことよ。一般魔法は、自分の魔槽に貯めた魔力を術式に流し込んで使うの。だから、魔槽が大きければ大きいほど、強い魔法使いってことになって、職能の評価も高くなるわ」


「へえ。貯めて、使うのか」


 俺は少し首を傾げた。


 師匠のベレンに教わった《環流術》とは、ずいぶん考え方が違う。俺の術は「貯める」のではなく「通す」魔法だ。そこにある流れを一時的に借りて、使い、すぐに返す。だから自分の中に大きな器なんて必要ない。


「ま、あんたはあれだけ動けるんだし、無意識に身体強化の魔法でも使ってるんでしょ。きっとそれなりの数字が出るはずよ」


 ミナに背中を押され、俺は『登録受付』と書かれたカウンターの列に並んだ。


 列の先頭には、黒い水晶球のような魔導具が台座の上に置かれていた。


 その横に立つ初老のギルド職員が、手元の書類に羽ペンを走らせながら、次々と若者たちの魔槽を測定していく。


「はい、次。水晶に両手を乗せて」


 俺の前に並んでいた体格の良い少年が、緊張した面持ちで水晶に触れた。すると、水晶の中心に青白い光が灯り、空間にふわりと『42』という数字が浮かび上がった。


「魔槽値42。平均より少し上だな。戦士としては十分だ。よし、次!」


 少年がホッと息をついて立ち去ると、いよいよ俺の番だ。


「名前は?」


「カイだ。山から来た!」


「そうか。じゃあ、水晶に両手を乗せて、少しだけ力を込めるように念じてみろ」


 言われた通り、俺はひんやりとした水晶球を両手で包み込んだ。


 力を込める。といっても、俺には自分の体内に魔力を留めておく感覚がよくわからない。とりあえず、息を吸って吐くような自然な感覚で水晶に向き合ってみた。


 ……しーん。


 水晶は、うんともすんとも言わない。青白い光はまったく点灯せず、ただの黒いガラス玉のように沈黙している。


 職員の男が眉をひそめ、水晶の台座をコンコンと叩いた。


「おいおい、故障か? もう一回やってみろ」


 俺はもう一度手を乗せた。やはり光らない。


 やがて、水晶の表面にうっすらと文字が浮かび上がった。数字ではない。


『測定下限未満』


 そして、その横にポツンと、申し訳程度に表示された数字は。


『0』


「……ゼロ、だな」


 職員が気まずそうに呟いた。


 その瞬間、周囲で見ていたベテラン冒険者たちや、順番待ちの若者たちから、一斉に同情のざわめきが漏れた。


「おい見ろよ、魔力ゼロだぜ……」


「今どき、測定器にも引っかからないレベルの無魔力なんているんだな」


「可哀想に。あれじゃあ、魔法どころか魔道具を使うのも一苦労だぞ」


「剣を持たせても、身体強化が使えなきゃゴブリンにも勝てねえよ……」


 皆が俺を、まるで不治の病にでもかかった悲劇の主人公のように見つめてくる。


 ミナも頭を抱えていた。


「う、嘘でしょ……? あんた、魔力がまったくないの!? あんなに動けたのに!?」


 だが、当の俺は。


「おおおおおっ!!」


 水晶に浮かび上がった『0』という数字を見て、目を輝かせていた。


「す、すげえ! なんだこの見事な丸は!!」


「……は?」


 職員が間抜けな声を出す。


「見ろよミナ! どこから始まってどこで終わるのかわからない、完全な曲線だ! 角が一つもない! 山で見つけるどんな木の実よりも真ん丸だぞ。これは縁起がいい!」


 俺がバンバンとカウンターを叩いて喜んでいると、ギルドの中が水を打ったように静まり返った。


「あ、あのな、坊主。魔力がゼロっていうのは、つまり冒険者としては致命的な欠陥でだな……」


「そうなのか? でも俺は元気だぞ! どこも痛くないし、飯もうまい! それに、こんなに綺麗な丸をもらえるなんて、この街はやっぱり最高だな!」


 俺が満面の笑みで親指を立てると、同情の視線を向けていたベテラン冒険者たちは「あいつ、ショックでおかしくなっちまったのか……?」とドン引きして目を逸らした。


「……恥ずかしいからやめなさい。あんたの幸福の基準はどうなってんのよ」


 ミナが真っ赤な顔をして俺の背中をつねってきた。痛い。


「まあ、いい。測定値がゼロでも、規定通り実技試験は行う」


 職員の男は咳払いを一つして、気を取り直すように言った。


「冒険者は魔法が全てではないからな。剣術でも、体術でも、特技があるならここで見せてみろ。何もできないなら登録は却下だ」


「特技か。何か見せればいいんだな?」


 俺は周囲を見回した。


 ギルドの中には特別なものはないが、ちょうど開けっ放しになっている正面の扉から、街の風が吹き込んできているのが見えた。


『残り見』の感覚が、風の流れを捉える。


 強すぎず、弱すぎず。ちょうどいい。


「よし、じゃあ……ちょっと風を借りるぞ」


 俺は手を前にかざした。


 俺の中には大きな蓄えがない。だから外にある流れを借りて、すぐに返す。


《環流術》。


 扉から入り込んだ風の軌道に、わずかに意識を引っ掛ける。俺の体をただの『筒』にして、風の向きを捻り、凝縮し、解放する。


 ヒュウウウウウッ!!


「うわあっ!?」


 突如としてギルド内に局地的な竜巻が発生した。


 俺が指先で風の向きを変えた瞬間、職員のカウンターの上に山積みになっていた何百枚という未処理の依頼書、登録用紙、領収書が、一斉に宙高く舞い上がったのだ。


「バ、バカヤロウ!! 何をしてるんだ!!」


「ひえええっ、大事な書類が!」


 吹雪のように乱舞する紙切れ。


 受付の職員たちは悲鳴を上げ、ベテラン冒険者たちも突然の暴風に目を細めて腕で顔を庇っている。


「ちょっとカイ! あんた何やってんのよ! これ、絶対弁償になるわよ! あたしの帳簿が初日から赤字になっちゃう!!」


 ミナが半狂乱になって俺の肩を揺さぶる。


「わわ、すまん! ちょっと見せるだけのつもりが、街の風は山の風より動きやすくて、勢いがつきすぎた!」


「言い訳はいいから早く止めなさい!」


 宙を舞う紙の量は尋常ではない。これがすべて床に落ちて混ざってしまったら、元通りに整理するだけで何日かかるかわからない大惨事だ。


 職員の男が顔面を蒼白にしてへたり込んでいる。


 だが、焦る必要はない。


「大丈夫だ、ミナ。俺の術のルールは一つだけだからな」


 俺はパンッと両手を叩き合わせた。


 そして、空中で乱舞する風の渦に向かって、はっきりと宣言する。


「――借りたものは、返す」


 それが、師匠から叩き込まれた《環流術》の絶対の掟。


 力は所有するものではない。世界から借りて、使って、そして元の場所へと戻す。返す工程までを含めて、初めて一つの技術になるのだ。


 俺は紙を吹き散らした風を弱め、天井沿いの通風口へ逃がした。紙はまだ落ちてくる。どの紙がどの束のものか、風にはわからない。


「ミナ、見出しを読んでくれ! 俺が束ごとに寄せる!」


「受付票は青い紐! 領収書は赤! 残りは勝手に重ねないで!」


 彼女が指すたび、俺は弱い風で紙を受け、職員の手の届く高さへ降ろした。何枚かは床に落ち、俺たち三人で拾い直す。最初より少しばかり乱れた山ができあがった。


「借りた風は返した。散らかした紙は俺が片づける」


 俺は職員に頭を下げた。


「…………え?」


 職員の男が、信じられないものを見るような目で、紐の色ごとに寄せられた、まだ少し乱れた書類の山と、俺の顔を交互に見た。


「今のは風の魔法か? 測定下限未満で、あれだけ紙を支えたのか……」


 ベテラン冒険者たちも、ポカンと口を開けて固まっている。


「どうだ? これで実技試験は合格か?」


 俺が胸を張って尋ねると、職員の男は何度も瞬きをした後、複雑な顔でこめかみを揉んだ。


「……技術としては、信じられんほど高度だ。だが、だがな」


 男は水晶の『0』を指差した。


「ギルドの規定では、魔槽値が規定に達しない者は、どれだけ腕が立とうが最低ランクからのスタートと決まっている。特例は出せん」


 男は引き出しから、粗末な木でできた小さな札を取り出し、バンとカウンターに置いた。


「お前は、一番下のFランクだ」


 周囲の冒険者たちが「まあ、ルールはルールだからな」と頷き合う。


「なんだ、一番下か」


 ミナががっくりと肩を落とした。


 だが、俺は輝くような笑顔でその木の札を受け取った。


「やった! すげえぞミナ、見てみろ! 俺の名前が木に彫ってある! 自分の名前が刻まれた持ち物なんて、生まれて初めてだ!」


「……あんた、悔しくないの? 腕はちゃんと見せたのに」


 ミナは深いため息をつき、俺の手からFランクの木札をひったくった。


「いいわ。Fランクだろうがなんだろうが、稼げる仕事を探すわよ。ほら、まずはあそこの掲示板からよ」


「おう! 最初はなんだ?」


「最低ランクの定番、街の外での『薬草採取』よ。あんたのその変な野草の知識、存分に活かしてもらうからね」


 こうして、魔槽値は測定下限未満。財布には救助でもらった銀貨を両替した銅貨の残り。俺はFランクの木札を首から下げて、初めての依頼を探した。

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