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魔力ゼロ判定の山育ち、葉っぱ一枚で旅に出る ~借りて返す魔法で水と魔力を取り戻す~  作者: 他力本願寺


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第16話「橋がないなら泊まればいい」

西の空から湧き上がった分厚い黒雲は、あっという間に太陽を飲み込み、東の街道に猛烈な雨を降らせ始めた。


 バチバチと音を立てて荷馬車の幌を叩く大粒の雨。


 俺たち『一枚葉』の三人と、先ほどの騒動で降伏した十数人の流民たちを乗せた商隊は、ぬかるむ道に車輪を取られながらも必死に進んでいた。


「急げ! この雨足じゃ、川が氾濫するぞ!」


 ずぶ濡れになった商隊長が声を張り上げる。


 目指しているのは、流民たちの故郷である『枯れ村』だ。だが、その前に越えなければならない支流の川があった。


 やがて、雨の向こう側に濁流の轟音が聞こえてきた。


 だが、川岸に辿り着いた商隊の先頭から、絶望的な悲鳴が上がった。


「だ、駄目です商隊長! 橋が……石橋が落ちてます!!」


「なんだと!?」


 俺がダインと共に前に出ると、そこには無惨な光景が広がっていた。


 普段は穏やかなはずの支流が、茶色い泥水となって渦を巻き、対岸へと架かっていたはずの頑丈な石橋を根元からへし折って飲み込んでいた。


「嘘だろ……。これじゃ渡れないどころか、引き返すにも次の街まで何日かかるか。こんな豪雨の中で野ざらしにされたら、商品も馬も、人間も駄目になっちまう!」


 商隊長が泥だらけの地面に膝をつき、頭を抱えた。


 無理もない。前にも後ろにも進めず、雨をしのぐ屋根もない。街の人間にとっては、これは死に直結する絶望的な状況だ。


 ミナも青ざめた顔で自分の帳簿を胸に抱きしめている。


「どうしよう、カイ。このままじゃ皆、低体温症になっちゃうわ」


「……どうするも何も、決まってるだろ」


 俺は顔に当たる雨水を手で拭い、『残り見』の感覚を周囲に広げた。


 足元の土の柔らかさ。濁流の勢い。斜面の角度。そして、風の抜け道。


 それらを瞬時に計算し、俺は川岸から一段高くなっている、木々が密集した平らな高台を指差した。


「あそこの『河原上段』なら、どんなに川が増水しても水は絶対に届かない。地盤も岩盤に支えられてて固いぞ」


「高台に避難したところで、雨は防げねえよ!」


 商隊の男が叫んだ。


「橋がないなら、ここで泊まればいい。屋根がないなら、今から作ればいいだろ!」


 俺はニカッと笑って、呆然としている皆に向かって大声で指示を出した。


「ダイン! 男たちを三つの班に分けてくれ! 木を切る班、石を集める班、それから荷馬車を高台に引き上げる班だ!」


「……なるほど、そういうことか。承知した!」


 俺の意図を瞬時に理解したダインが、すぐさま騎士の顔つきになり、商人や流民たちに的確な号令をかけ始めた。


 ただ絶望して凍えていた人間も、明確な指示と『やるべきこと』を与えられれば動き出す。


 俺は切り出された太い枝を骨組みにして、高台の木々の間に巨大なテントの基礎を組み上げていった。


「ミナ! 馬車の幌を三枚貸してくれ! それから、そこのあんた! 森の中に生えてる『オオカサ葉』って巨大な葉っぱをありったけ集めてきてくれ!」


 俺は山で培ったサバイバルの知識をフル活用した。


 俺自身、赤ん坊の頃に大きな葉の下で雨をしのいでいたところを師匠に拾われたらしいからな。葉っぱの屋根の作り方なら、誰よりも熟知している。


 枝の骨組みに馬車の幌を被せ、その上に水を弾くオオカサ葉を何層にも重ねて蔦で縛り上げる。これで、即席だが数十人が入れる立派な雨避けの屋根が完成した。


「よし、次は床だ!」


 高台とはいえ、地面は雨でぬかるんでいる。俺は《環流術》を展開した。


「――少し、借りるぞ」


 地面に含まれた過剰な『水分』と『泥の滑り』に意識を引っかけ、それを川の濁流の方へと一気に流し込む。同時に、乾いた『土の弾力』を横に引っ張ってきて、テントの中の地面をカチカチに踏み固めた。


「おおっ!? 地面が一瞬で乾いて平らになったぞ!」


「すげえ、これなら馬車の荷物を置いても汚れない!」


 商人たちが歓声を上げる。


「返すのは後でまとめてやる。ダイン、火は点けられるか!」


「任せろ。石の囲いはできている」


 ダインが火打ち石を叩き、俺が風の通り道を調整して空気を送り込むと、湿った薪にあっという間に赤い炎が燃え上がった。


 ほんの三十分。


 それだけの時間で、冷たい雨に打たれるだけの荒野が、暖かな炎と屋根を持つ『臨時宿場』へと様変わりしたのだ。


「うおおお……生き返るぅ……」


 流民の男たちが、焚き火の周りで手をこすり合わせながら涙ぐんでいる。


「本当にすごいわね、カイ。あんたのそのサバイバル能力、下手な商売よりよっぽど稼げるわよ」


 ミナが、すっかり乾いた床の上に敷いた毛布に座り、感心したように息を吐いた。彼女の手には、全員分の配給食料を計算した帳簿が握られている。


「おう! ないものは作ればいいんだよ。街も屋根も、最初からあったわけじゃないんだからな!」


 俺が胸を張っていると、ダインが大きな鉄鍋(俺が買ったやつだ!)を抱えてやってきた。


「冷えた体にはこれが一番だ。今日は干し肉のスープに、彼らからもらった山椒の葉を少し加えてみた。風味が格段に増しているはずだ」


 ダインの言葉通り、ピリッとした香辛料が効いた熱々のスープは、冷え切った全員の体に染み渡った。商人たちも流民たちも、身分や立場の違いを忘れて、同じ屋根の下で同じ鍋を囲んで笑顔を浮かべている。


 まさに、絶望からの生還。サバイバルの醍醐味だ。


 夜が深まり、雨足が少し弱まってきた頃。


 俺がテントの外で《環流術》で借りていた水分と弾力をそっと自然に『返して』いると、入り口の近くで商隊の男たちが何やら木の板を打ち付けているのが見えた。


「ん? おっさんたち、何やってんだ?」


「おお、カイの坊主! いやな、あんたのおかげで命拾いした記念にな」


 商人の一人が、誇らしげに立て札を指差した。


 そこには、墨でデカデカとこう書かれていた。


『一枚葉野営地』


「…………は?」


「いやぁ、素晴らしい宿場だ! 飯は美味いし床は乾いてる! 俺たち商人の間で語り継ぐために、坊主たちのパーティ名を勝手にもらって名付けさせてもらったぜ!」


「いつの間に俺たちの陣地になったんだよ! ってか、ただの雨宿りの場所だぞ!」


 俺がツッコミを入れると、テントの中からミナの笑い声が聞こえた。


「いいじゃない! これであたしたち『一枚葉』のブランド力が上がって、次の護衛依頼の単価も上げられるわ!」


「お前は本当に金のことばっかりだな……」


 俺は呆れながらも、悪くない気分で焚き火のそばへと戻った。


 炎の暖かさに包まれながら、俺は隣に座っていた流民の大柄な男に話しかけた。


「なぁ。昼間に言ってた『前借り契約』のことなんだけどさ」


「ん? ああ……」


「水を止められたって言ってたけど、川なんて勝手に流れてるもんだろ? どうやって止めるんだ?」


 俺の純粋な疑問に、男は暗い顔で焚き火の炎を見つめた。


「ただ川の水をせき止めたわけじゃないんだ。俺たちの村がある場所は、昔から特殊な『地下水脈』と、それに連動する『環境魔力の源』の上に建っててな」


 ミナがピクリと反応し、帳簿から顔を上げた。


「地下水脈と魔力源……? それって、普通の村が持っているには大きすぎる価値だわ。まさか」


「ああ。セルドが持ち込んできた契約書は、ただの食料の貸し付けじゃなかった。復興支援の担保として、『村の地下に眠る水脈と魔力源の、向こう五十年分の未来利用権』をよこせって書いてあったんだ」


 男は悔しそうに拳を握りしめた。


「俺たちは字が読めなかった。村長も、まさかそんなデカいものを担保に取られてるとは知らずにサインしちまったんだ。そして、秋になって返済が少し滞った瞬間、セルドの背後にいる『採掘会社』の連中がやってきて、村のど真ん中に巨大な魔力抽出の塔を建てやがった」


「抽出の塔……?」


「その塔が、村の地下から水と魔力を全部吸い上げてるんだ。おかげで畑は枯れ、飲み水すら泥水になった。俺たちは、自分たちの村の水を、あいつらから日雇いで『買わされてる』状態なんだよ」


 パチッ、と薪が弾けた。


 ただの借金取り立てじゃない。最初から、その水脈と魔力源を合法的に奪い取るために仕組まれた、悪意のある契約の罠。


「……なるほどね」


 ミナの目が、冷たく光った。


「相手は充足院の看板を被った採掘会社。かなり厄介だけど……商人として、見過ごせないあこぎなやり方ね」


 俺は、立ち上る焚き火の煙を見つめながら、静かに息を吐いた。


 奪われた水。枯れた土地。


 明日の朝、雨が上がったら、俺たちが向かうのはその『枯れ村』だ。


 この『一枚葉』の名前を背負ったからには、ただ通り過ぎるわけにはいかないらしい。

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