第15話「食えるなら盗賊じゃない」
「や、やっちまえェッ!!」
王立充足院の委託官セルドの号令と共に、丸太のバリケードから十数人の男たちが飛び出してきた。
黒い腕章をつけた彼らは、それぞれに剣や斧、棍棒を振りかざし、俺たち商隊の先頭に向かって突進してくる。
「カイ、前に出すぎるな。私と並んで盾になれ!」
「おう!」
ダインが青いマントを翻し、重厚な大盾と長剣を構えて前衛に出た。俺も腰を落とし、『残り見』の感覚で周囲の風と大地の流れを測る。
殺気立った男たちの先頭が、ダインに斬りかかった。
「おおおおッ!」
「……ふん」
ガィィィンッ!
男の振り下ろした錆びた剣を、ダインは盾をわずかに傾けるだけであっさりと受け流した。男は体勢を崩して前のめりに倒れ込む。ダインはすかさず剣の柄頭で男の鳩尾を軽く突き、気絶させた。
「次!」
ダインの洗練された騎士の動きに、続く男たちが一瞬怯む。
俺のところにも、長柄の斧を持った大柄な男が突っ込んできた。
「そらっ!」
俺は地面を蹴って男の懐に潜り込むと、男の足元に流れる『風の勢い』をほんの少しだけ借りて、逆向きに流した。
「うわっ!?」
何もない平坦な道で、男はまるで見えない石につまずいたかのように派手に転倒し、地面を転がった。
俺は返す刀で地面の『土の弾力』を借り、起き上がろうとする別の男たちの足元を柔らかく波打たせた。
「な、なんだこれ!? 地面が泥みたいに……!」
「うおぉっ、立てねえ!」
傷つけるまでもない。俺とダインの二人が立ち塞がっただけで、十数人の男たちはあっという間に無力化され、地面に這いつくばる羽目になった。
だが、俺は戦い始めて数秒で、決定的な違和感に気づいていた。
「……おい、ダイン」
「ああ、わかっている。剣の握り方も足さばきも、全くの素人だ」
ダインが剣を納めながら、油断なく周囲を見回す。
倒れ伏している男たちの武器は、よく見れば刃こぼれだらけの剣や、農具の鍬を改造したものばかりだった。
それに何より。
「こいつら、戦いながら腹の虫を鳴らしてたぞ」
俺が言うと、地面で呻いていた男たちがビクッと肩を震わせた。
彼らの頬はこけ、腕は痩せ細り、黒い腕章のついた服の下からは骨が浮き出ているのが見えた。とても、街道を荒らし回って豊かな生活をしている本職の山賊には見えない。
「くそっ……俺のパンが……」
俺が風で転ばせた大柄な男が、懐からこぼれ落ちた小さな麻袋を必死に拾おうと手を伸ばしていた。
袋の口が開き、中から黒く固そうなパンと、干し肉の欠片が二、三個転がり出てくる。
「あ、悪い」
俺は男より先にそれを拾い上げた。
パンは石のように固く、干し肉も随分と時間が経っているように見えた。だが、俺の鼻はそれらが発する微かな匂いを逃さなかった。
「おおっ! これ、すっげえいい匂いがするな!」
「……え?」
男がポカンと口を開ける。
俺は干し肉に鼻を近づけ、目を輝かせた。
「これ、ただ干しただけじゃないな! 木の実の油を塗ってから燻製にしてるだろ? 黒パンの方も、山椒みたいなピリッとする葉っぱが練り込んである。これを作ったやつ、めちゃくちゃ料理の天才じゃないか!」
「お、お前……敵の食い物を奪って馬鹿にしてるのか……?」
「馬鹿にするわけないだろ! こんな美味そうな保存食を作れるやつが、悪人なわけない。食えるものに工夫を凝らすやつは、みんな良いやつだ!」
俺が本気で絶賛すると、男は毒気を抜かれたようにぽかんとし、やがてポロポロと涙を流し始めた。
「……ばあちゃんだ。村のばあちゃんが、俺たちがひもじい思いをしないようにって、残った僅かな木の実と野草を叩いて作ってくれたんだ……」
「そうか、ばあちゃんか! 今度レシピを教えてもらわないとな!」
俺が干し肉とパンを丁寧に袋に戻し、男の手の中に返してやると、男はそれを大事そうに抱きしめ、完全に戦意を喪失してうずくまった。他の男たちも、武器を投げ出して次々と座り込んでいく。
「な、なんだ貴様ら! 立て! 戦え! 給金から天引きするぞ!!」
その光景を見ていた委託官のセルドが、バリケードの後ろでヒステリックに叫んだ。
ダインが冷ややかな視線をセルドに向ける。
「彼らはもう戦う意志はない。これ以上続けるなら、次は私がお前の相手になるが」
セルドはダインの鋭い眼光にひるみ、ギリッと歯ぎしりをした。
「……覚えていろ。前借り契約の証書がある限り、法は我々の側にある! いずれ貴様らも、充足院の権力の前にひれ伏すことになるぞ!」
セルドはそう負け惜しみを叫ぶと、バリケードの裏に停めてあった馬に飛び乗り、一人で逃げるように走り去っていった。
親玉が逃げ出し、残されたのは痩せこけた素人の男たちだけだった。
「……おい、お前ら」
商隊長が恐る恐る近づいてきた。「縄で縛り上げるか?」と目でダインに問いかけている。
「いや、いい」
俺は商隊長を制し、自分の荷物から水筒を取り出した。ダインも無言でうなずき、商隊の荷馬車から昨日の夜に作った鍋の残りと、固くないパンをいくつか持ってきた。
「ほら、まずは水だ。ゆっくり飲め」
俺が水筒を差し出すと、男たちは信じられないものを見るように俺たちを見つめ、やがて貪るように水を飲み、パンに食らいつき始めた。
「……ごめんよ。あんたたち、いい人なんだな。俺たちだって、好きで道端で強盗みたいな真似をしてるわけじゃないんだ」
大柄な男が、パンを喉に詰まらせながら泣きそうな声で言った。
「あのセルドって男に雇われてたのよね? なんであんなのに従ってたのよ」
ミナが腕を組みながら、男たちに問いかける。
「……契約のせいだ。『前借り契約』さ。昨年の水害で村の畑が全滅して、俺たちは充足院から食料と種籾を借りた。でも、その時の契約書には、担保として『村の共有水源の未来利用権』が組み込まれてたんだ」
男は悔しそうに拳を握りしめた。
「秋になって返済が少し遅れただけで、あのセルドって男がやってきて、水源の権利を差し押さえた。村の井戸も、川の引き込み線も、全部あいつらの許可がないと使えなくなったんだ。村には年寄りと子供が残ってる。水をもらうためには、俺たち若い衆があいつの指示に従って、こんな風に通行料を巻き上げる下働きをするしかなかったんだよ」
聞いていた商人たちの中から、同情のざわめきが漏れる。
「ひどい話だ。金を貸したからって、命の水まで奪うなんて」
「……借りた金を返せなかったお前たちが悪い、って言う連中もいるでしょうね」
ミナが、冷徹な商人の顔つきで呟いた。
「でも、それはお互いが対等の立場で結んだ契約の場合よ。文字の読めない村人を相手に、生きるための水を担保に取るような真似は、契約じゃない。ただの搾取の罠だわ」
ミナは懐から自分の帳簿を取り出し、何かを書き込み始めた。
「カイ、ダイン。あの男が言っていた通り、充足院の看板と契約書がある限り、表向きはあっちが合法よ。力ずくで追い払っても、また別の委託官が来て村を締め上げるだけ」
「じゃあ、どうするんだ?」
「決まってるでしょ。契約には契約よ。あいつらが結んだ前借り契約の『不当な構造』を暴いて、契約そのものを無効化してやるのよ」
ミナの目が、セルドとは違う、真っ当な商人としての強い光を帯びていた。
俺は大きく頷き、座り込んでいる大柄な男の肩を叩いた。
「というわけで、俺たちもあんたたちの村に一緒に行くぞ!」
「えっ?」
「ばあちゃんのレシピも知りたいしな! 商隊長のおっさん、このまま街道を進めば、こいつらの村を通るんだろ?」
商隊長は少し迷ったが、「まあ、彼らがもう襲ってこないなら、道すがら立ち寄るくらいは構わんが……」と頷いてくれた。
空を見上げると、西の方から分厚い雲がまた流れ込み始めていた。
昨日とは違う、少し冷たい風が吹いている。
「水を取られた『枯れ村』か。急いで様子を見に行こうぜ」
俺たちは、バリケードをどかし、傷ついた流民の男たちを荷馬車に乗せて、再び東への歩みを進め始めた。




