第14話「通行料? 道って誰のもの?」
『止まれ! ここから先は私有地だ。通りたければ、荷馬車一台につき小銀貨二枚の《私設通行料》を払ってもらおうか!』
東の街道を塞ぐように築かれた丸太のバリケード。
その上に立ち、下卑た笑みを浮かべて見下ろしてくる黒い腕章の男たちに対し、商隊長が顔を真っ赤にして抗議の声を上げた。
「ふざけるな! この街道は王都と河港リュドを結ぶ王国の直轄路だ! 私有地などという話は聞いたことがない。どこの馬の骨ともわからん連中に通行料を払う義務はないぞ!」
商隊長が怒鳴ると、護衛の男たちも一斉に武器に手をかけた。
当然だ。荷馬車五台で小銀貨十枚。先ほど魚の雨をくぐり抜けて稼いだ利益が、一瞬で吹き飛んでしまうほどの法外な金額である。
「おや。どこの馬の骨とは、いささか無礼な物言いですね」
一触即発の空気の中、バリケードの奥から、滑るような足取りでもう一人の男が現れた。
黒い腕章の荒くれ者たちとは明らかに毛色が違う。上質な生地で仕立てられた灰色の制服に身を包み、胸には銀色の紋章バッジを光らせている。年の頃は三十代半ば、綺麗に撫でつけられた髪と、人を小馬鹿にしたような細い目が特徴的な男だった。
「私は王立充足院から委託を受けた実務官、セルドと申します。馬の骨ではなく、れっきとした王国の公的な代理人ですよ」
「お、王立充足院だと……?」
商隊長が怯んだように一歩下がる。
俺の隣にいたミナも、険しい顔で舌打ちをした。
「厄介なのが出てきたわね……充足院は、この国の魔力備蓄や物資の管理を取り仕切ってる巨大な組織よ。逆らえば、後でどんな嫌がらせを受けるか」
ミナの小声を聞きながら、俺は前に出た。
「なあ、実務官のおっさん。あんたがどんだけ偉いか知らないけどさ、この道は王様のものなんだろ? なんであんたたちが金を取るんだ?」
「ほう、威勢のいい小僧だ。教えてあげましょう」
セルドは懐から、几帳面に折り畳まれた分厚い羊皮紙を取り出し、バサリと広げて見せた。
「この先にある村落が、昨年の水害で大きな被害を受けましてね。我々充足院は、村の復興支援のために緊急の物資と資金を貸し付けたのです。その際、担保として設定されたのが、この『街道から得られる未来の通行税の徴収権』というわけです」
セルドは薄く笑いながら、羊皮紙の文面を指先でトントンと叩いた。
「合法的な『前借り契約』ですよ。村落の代表者の署名もある。つまり、この道の現在の権利は我々にある。通行料を払わないというなら、不法侵入として荷物を差し押さえるしかありませんねぇ」
小難しい言葉を並べ立てられ、商隊長は悔しそうに歯噛みした。
ミナも「確かに、前借り契約の仕組み自体は存在するけど……こんなあこぎな使い方は……」と反論の糸口を見つけられずにいる。
だが、俺にはさっぱりわからなかった。
「おい、ちょっと待てよ」
俺は首を傾げ、セルドに向かって大声で聞いた。
「道って、誰のものだ?」
「は? ですから、前借り契約によって現在の徴収権は我々に……」
「いや、そうじゃなくてさ。この道を作ったのは、昔の人とか、王様とかだろ? あんたたちが自分で木を切って、石を敷いて作った道なのか?」
「我々が作るわけがないでしょう! 我々は管理と徴収の権利を……!」
「じゃあ、あんたたちのものじゃないな」
俺はあっさりと断言した。
セルドの顔がピクッと引きつる。
「詭弁ですね。権利という概念を理解できない田舎者には……」
「詭弁じゃないぞ。じゃあもう一つ聞くけど、『未来の通行税』ってなんだ? 未来ってことは、まだ誰も通ってないし、誰も払ってない金ってことだよな?」
「……まあ、そうですね。将来得られるであろう予測収益を担保に……」
「ってことはさ」
俺は両手をパンッと叩いた。
「あんたたちは、『誰も払ってない架空の金』を理由にして、今ここを通る俺たちから『本物の金』を奪おうとしてるわけだ」
「なっ……!」
「自分たちで作ってもない道を勝手に塞いで、架空の話を理由にして、通りたければ金を出せって脅す。それ、契約とか難しい言葉を使ってるけどさ」
俺はセルドの細い目を真っ直ぐに見据えて、ド直球に言い放った。
「ただの山賊じゃないか」
静寂。
バリケードの上の荒くれ者たちも、商隊の面々も、ぽかんと口を開けて俺を見ていた。
プッ。
背後で、ミナが吹き出す音が聞こえた。
「あはははっ! 確かに! カイの言う通りだわ! 架空の担保を理由にした不当な現場徴収なんて、充足院の本局が認めるわけないじゃない! あんた、委託官の立場を悪用して、私腹を肥やしてるただの悪党ね!」
「ち、違う! これは正当な契約に基づく……ッ!」
「そうだな。お前たちがやっているのは、復興支援を名目にした私掠行為だ」
ダインが静かに、だが重みのある声で言い放つ。
「王都の騎士団に在籍していた頃、お前たちのような悪徳委託業者の手口は何度も耳にした。村人を騙して署名させ、街道を塞いで不当な利益を得る。貴様らの背後に充足院の看板があろうと、その行為は王の道を汚すものだ」
商人たちの間からも「そうだ!」「山賊に払う金はねえぞ!」と怒りの声が上がり始めた。
セルドの理路整然とした(ように見えた)説明は、俺の純粋な疑問一つで、見事にボロボロに崩れ去っていた。
「……ミナ。充足院ってのは、悪い奴らの集まりなのか?」
俺が小声で聞くと、ミナは首を横に振った。
「違うわ。充足院が管理してる『蓄魔晶』や備蓄物資は、過去に何度も飢饉や災害から多くの街を救ってきたの。制度自体は立派なものよ。だけど、あの男は別。制度の穴と、村人たちが文字を読めないことを悪用して、甘い汁を吸ってるだけよ」
「なるほど。仕組みが悪いんじゃなくて、あそこでニヤニヤしてた奴が悪いってことだな」
俺は深く納得した。
道具は悪くない。鉄鍋だって、美味い飯を作ることもできれば、人を殴る鈍器にもなる。使う人間の問題だ。
「……ええい、黙れ黙れ黙れェッ!!」
論理を完全に破壊され、商隊からの反発に晒されたセルドが、顔を真っ赤にして逆ギレした。
彼は懐から指揮棒のような短い杖を引き抜き、バリケードの上の黒い腕章の男たちに叫んだ。
「小賢しい理屈を並べおって! 我々は公の契約に従って動いているのだ! 従わないというなら、実力でその荷物を差し押さえるまで! やれッ!」
セルドの号令と共に、十数人の男たちが一斉にバリケードから飛び降り、剣や斧を構えて商隊へと向かってきた。
「結局、力ずくか。分かりやすくていいな」
俺は腰を落とし、戦闘の構えをとった。
隣では、ダインが青いマントを翻し、静かに長い両刃の剣を鞘から引き抜いていた。
「カイ。相手は腐っても公の代理人を名乗る連中だ。殺すなよ」
「わかってる! 山賊退治だろ、手加減してやるさ!」
商隊の荷馬車を守るため、俺とダインは迫り来る武装集団の前に立ち塞がった。一触即発の武力衝突が、今まさに始まろうとしていた。




