009 代行官の仕事
カンッ!カンッ!
「マスター! 朝です!起きて下さい! 朝でーす!」
カンッ!カンッ!
「う、うーん……」
頭に響くような金属音……何の音だ? まだ完全に覚醒していない体を無理矢理起こして音
の鳴る方へ顔を向ける。
「あっ、おはようございます、マスター」
「壱与……フライパンを叩くな。 ……まだ、こんな時間じゃないか」
いつも起きる時間よりも30分も早い。 何の嫌がらせだ……眠いのに。
「マスター、社会人たる者、三十分前行動は鉄則ですよ!」
「いや、三十分前を見越していつも起きてるんだよ。三十分の三十分前に起こすなよ……」
「むぅ……それは私のスケジュール確認不足でした。 でも、起きて下さい」
強引だな……。 まあ、頭も起きてしまったし、仕方ないな。 僕は立ち上がり寝室を出て、リビングへと歩き出した。
「マスター、朝食の準備は出来てます! 腕によりをかけて作りましたので、どうぞお食べ下さい!」
おお、食卓を見渡せば、ご飯、味噌汁、生卵、漬物、納豆、豆腐、厚焼き玉子、焼き魚、サラダ、ウウインナー、ハムエッグが、ところ狭しと並べられていた。
「いや、多すぎだよ! 朝からこんなに食べられないよ! しかも、卵料理被り過ぎだろ!」
「……? 人気の朝食メニューを揃えたつもりでしたが、お気に召しませんか?」
「量が多すぎるよ。 と言うか、自動調理器あるだろ? 使わなかったのか?」
「あんなポンコツな機械と私の調理スキルを一緒にしないで下さい! ハラスメントです!」
何のハラスメントだよ。
「はぁー、分かった。 食べるけど全部は無理だぞ。 顔洗ってくる」
「はい。 ご安心下さい、残しても私が責任を持って食べますので」
壱与の作った料理は中々美味しかった。 半分も食べ切れずにお腹いっぱいになってしまったが……。
「マスター、シャツはアイロンをかけて用意してありますので、着用していって下さい。 今日の予定は、朝から市議会にて市長との面談が入ってますので、ここから直接向かいましょうか?」
おぉ……あれ? なんだか手際がいいな、思っていた感じと違う。
「あ、ああ、助かるよ、壱与。 報告書は昨日のうちに片付けたから、市議会へは直行で大丈夫だ」
食後の休憩を取りながら壱与が食事を取り終えるのを待っていると、壱与がおもむろに視線を僕の後ろに向けてきた。
「マスター、そう言えば、あの棚にたくさんある本は何ですか?」
「えっ? ああ、あれはコミックだよ。 大分、昔の本だな。 僕の父親がレトロな物を集めるのが趣味で、僕が引き取ったんだ」
「コミックですか、エッチなやつですか?」
「エッチなやつじゃないよ! 普通の話だよ、バトルとか」
なんか壱与の知識は偏りが激しい気がするな。 わざと僕をからかっているのかもしれないけど……。
「おお、バトルですか! なんだか面白そうですね!」
「興味があるなら後で読んでもいいよ。 ただ、読んだら元の場所に戻しておいてくれよ」
「では、後で読ませて頂きます!」
そんな会話をしながら壱与が食べ終わり、準備を終え市議会へと出発した。
マザーが統治しているこのYAMATOでも一応、市長や議員というものが存在する。 もちろん、選挙も行われている。
建前としては、議員達が都市の運営をしているという事になっているのだ。
「壱臣代行官、先日のマザーからの草案通り、二等地区の一部を三等地区へと降格が議決されました」
天野市長は淡々と説明と報告を述べてきた。
「ありがとうございます。 マザーにもいい報告が出来ます」
「……しかし、今回提出されたマザーの方針は、困惑を隠せませんな……」
今回、僕が提出したのは、食料プラントの減産予定を告げる内容だった。
「困惑ですか。 二等地区の人口減少に伴い、生産の調整をするだけですが」
「市民は、食料の話となると敏感になるものです。 ただでさえ、培養食品の割合が増えているのに、有機食品を中心に減産というのは……」
市長は渋い顔を隠そうともせずにこちらを見ている。
「市民への理解を求めるのが貴方達の仕事ではありませんか? それに、減産による影響はほとんど無いと思いますが」
「影響が無い? それは、どういう意味でしょう? 代行官は少し楽観的に考え過ぎていませんか?」
「市長、貴方が市長に就任してから、有機食品の廃棄量が年々増加していますね。 年ごとの誤差の範囲では収まらない量です」
「代行官、何をおっしゃりたい? ただの人口減少に伴う廃棄量の増加ではありませんか?」
市長は事前に用意してあったような無難な返しを述べてきた。
だが、培養食品の廃棄量は、ほぼ横ばいだ。 二等市民の主な購買層は培養食品の方が多い。 明らかに不自然な数字だ。
「ええ、ですから、減産の予定を組んでいるのです。 市民への説明は大変でしょうが、市長にも是非ご理解頂きたい。 それとも一度、一緒に食品プラントへ足を運びましょうか? 現場を見れば市長の気も変わるかも知れません」
「……っ! 壱臣代行官……貴方のお父上は、マザーの開発者でしたな……」
僕はわざとらしく目を細める。
「それはどういう意味でしょうか? 今、何か関係が?」
僅かに言葉に怒気と冷淡さを混ぜ込む。 もちろん、パフォーマンスだ。
「いえ……失言でしたな。 忘れて下さい」
「ええ、お互いに気を付けましょう。 スケジュールの内容は議会で周知をお願いします。 必要なら市民達への説明会を開いて下さい。 私からは以上です」
「……分かりました。 善処いたします……」
市長は俯き、苦い顔を作りながら立ち上がり僕達を見送った。
「ふぅ……肩が張るな」
議会場を出て、肩を回しながら一言漏れる。 僕の仕事の大半は、政治家や有権者との会合が中心だ。 マザーの意向を伝え、なるべく摩擦が起きないように調整して立ち回る、損な役回りだ。
「やっと終わりましたね、マスター。 お昼はまた翡翠屋に行きますか?」
朝食をあれだけ食べたのに、もうお腹すいたのか? ヒューマノイドの消化は早いのかも知れない。いや、壱与のこしあんへの執着かもな。
「今日は行かないよ、歩きだしね。 庁舎の食堂でお昼にしよう」
「むぅ……おはぎはありますか?」
やはりおはぎか……。
「無い。 そのかわり、売店で何か甘い物を買ってあげるから我慢してくれ」
「こしあんなら……」
本当にこしあんが好きだな……。
まあ、政治の話に比べれば可愛い問題だ。 僕達は少し足早に庁舎へと歩き出した。




