008 ドキっ! 私がマスターと同居!? もう、お風呂覗かないで下さいね!
庁舎の自分の執務室に戻り、僕は溜まっていた報告書の作成に取り掛かっていた。
僕のデバイスに来栖からの呼び出しが鳴る。
「報告書ならもうすぐ終わる。もう少しだけ待っててくれ」
「報告書も急いで欲しいけど、別件の報告よ。追跡中のログを確認していたら、おかしな点を見つけたの」
どうやら、何か異常があったらしい。
「スコアレスの移動中、民家を横切る動きを記録しているのだけれど、別の建物のログから確認したら、スコアレスは真っ直ぐ進んでいるのよ」
ああ、追跡中にたしか、そういう動きをしていたな。
「予測がズレたのか? まあ、三等地区だし仕方ないな」
「うーん。絶対起きないとは言わないけど、範囲を狭めて精度を上げていたわ、違和感があるのよね」
違和感……。ふと思いついたことを来栖に伝える。
「もしかして、壱与がジー・シグネットを起動していたから干渉したのかもな。マザーの演算システムにアクセスしたと言っていただろう?」
「……なるほど。ジー・シグネットの莫大なデータ通信がサーバー帯域を圧迫して、三等地区のローカル座標の同期処理に一時的なラグを生じさせた……。それなら、対象が民家を横に抜けたようなエラーログが残るのも説明がつくわね……」
来栖は少し考え込み、一応の納得を得る。
「分かったわ、ありがとう。報告書は早めに提出しなさいよ。もう協力要請が来ても協力してあげないからね」
強い念押しをされたが、来栖との会話中に報告書は出来上がっていた。
「今、完成。悪かった、送信するよ」
報告書を送信して確認してもらう。 ふぅ、ようやく一段落。今日は色々あったな。
「来栖にも報告書は提出したし、今日の業務は終わりにするか。壱与、初出勤お疲れ様」
「お仕事終わりですか、マスター? では、帰りましょう!」
「ああ、そうだな。今日もヘトヘトだ」
執務室を出て、庁舎のエントランスを後にする。管理局の宿舎までは徒歩で10分程度だ。 そして僕は部屋の前で認証パスを終えようとした――。
「いや、なんでお前までついて来ているんだよ!?」
壱与が部屋の前までついて来ていた。 今日はもうツッコミが止まらないな。規格外すぎるだろ、このヒューマノイド……。
「なんで? おかしな事を聞きますね、マスター。今日からマスターの部屋にご厄介になるのだから、当然ではありませんか。さあ、早く中に入りましょう」
「ご厄介に、じゃねーよ! ならないよ!」
「外で大声を出さないで下さい。ご近所の噂になったらどうするんですか!」
むぅ、一応、正論になってやがる……。 一先ず壱与を部屋の中に入れ、ドアを閉めた。
照明が点くとそこには、壱与の荷物らしき梱包物がいくつか運び込まれていた……。
「あー、ちゃんと届いてましたね。良かったです」
駄目だ、頭が追いつかない……落ち着け、切り替えよう。
「なんで勝手に荷物が運び込まれているんだよ!? そもそも自分の部屋用意されてないのか?」
「むぅ、私、荷解きで忙しいのですが。何度も説明していますが、オブザーバーとして人の生活実態を知る必要があります。ですから、マスターと同居して生活をするというのは当然の帰結です」
「……がっ!……っ!」
いや、もう駄目だ……胃が痛くなってきた……。 今日は色々なことが起こりすぎている。 僕は頭を押さえながら、それでもなんとか事態を打破しようと思考する。
「なあ、壱与。流石にプライベートな空間まで任務を持ち込むのは、僕としても了承出来ない。今日は泊まっていっていい。だから、明日マザーに相談しよう」
相談と言うより、抗議だ。あの女、流石に無法が過ぎるぞ。
「はぁ……では、今からしましょう。私としても寝場所は早めに確定させたいですから」
そう言って、壱与がマザーとの通信を開いた。
「夜分に失礼します、マザー。マスターが、私に部屋を貸すのを渋っておりまして……」
やめろ! なんだその、僕が聞き分けないみたいな言い方は!
「……はぁ、暁彦。私の一分一秒をそんなに無駄にしたいのか? 独身のお前に広い部屋を与えているんだ、一人増えるくらい構わんだろう?」
「マザー! しかし、僕にもプライベートというものが……」
「無い。お前には、管理権限代行官としての役目がある。壱与は私の分身と言っていい存在だ。職務の内だ。どうしても嫌なら任務を解く。身の振り方を考えておけ」
マザーの声が一段低くなり、僕の抗議は一蹴された。 ここで職を失えば、明日は僕がスコアレスになるだろう。 また胃がチクチクと痛み出した。
「……分かりました。任務は続行します……」
「それでいい。あまり、私の手を煩わせるなよ。以上だ」
通信は遮断された。
……本当に胃が痛い……。僕の体大丈夫か……? いや、切り替えよう……今の医学の進歩は目覚ましい。胃に穴が空いても、きっと大丈夫な筈だ……。
「マスター、お話は終わったみたいですね。早速ですが、お風呂をお借りします」
「ああ、玄関から右の突き当たりだ……。お湯はスイッチを押せばオートで調整してくれる」
もう、ツッコむのもダルい。早く寝たい。
「はい。では、先に入らせて頂きます! ああ、もちろん、覗きなどはやめて下さいね。発砲の許可は頂いていますから」
「こわいよ! 嫌だよ、そんな同居人!」
ツッコんでしまった。
「もちろん、冗談です。でも私、腕っぷしは強い方ですから、欲望に任せた行動はおすすめしませんよ」
壱与は、腕を曲げて力こぶを見せようとする。いや、作れてねーよ! まあ、僕より力は強いだろう。
「そんな心配はしなくていい、早く入ってこい……」
壱与がバスルームに向かうと、体に一気に疲労感が襲ってきた。僕が何をしたというのだ……。 明日からのことを考えると、気持ちが落ち込む。
「マスター、シャンプー切れてますよー! 補充お願いします!」
バスルームから壱与が呼び掛けてきた。 僕は頭を振り、小さな同居人の要望を叶えるため、重い腰を上げるのだった……。




