003 仮想のシナジー
息苦しい地下深くの執務室からエレベーターに乗って地上に上がり深呼吸を一つした後、来栖の所属している情報分析課へと向かうことにした。
「マスター、出口とは違う方向みたいですが、何処に向かっているんですか?」
「ああ、先ずは今回の任務のサポートに情報分析課の人間に声をかけようかと思ってな」
壱与の疑問に答える。仕事とは手順を踏むものなのだよ、壱与君! 続けて説明する。
「ID無しのスコアレスのトレースをリアルタイムで捕捉しながら現場で拘束しないといけないだろう? 遠隔でサポートしてくれる人員がいた方がやりやすいのさ」
「ふうん、ちゃんと考えてるんですねマスター。少し安心しました」
安心してもらえて何よりですよ、お嬢様。
そんなやりとりをしている間に情報分析課のフロアへと到着し、デスクで難しい顔をしている来栖を発見する。
「失礼します。来栖、今ちょっといいか?」
僕に気付いた来栖は顔をこちらに向ける。一瞬何か言いたそうな顔をしたが、すぐに近くに歩いてきて壱与の目線に合わせるように少しかがみながら、ニコッとした笑顔を見せた。
「あら、あなたが壱与ちゃんね! 私は来栖よ、来栖葵! よろしくね!」
「来栖お姉様ですね、壱与と申します。本日付けでヒューマノイド・オブザーバーとして壱臣代行官の補佐官に着任いたしました。こちらこそよろしくお願いします」
非常に礼儀正しい挨拶だ。いや、お姉様ってなんだよ……。
「まあ、お姉様だなんていい子ね。暁彦のお守りで大変だと思うけど、何かあったらすぐに相談してね、壱与ちゃん!」
「お守りってなんだよ? 来栖、壱与の事はもう知っているのか?」
来栖が壱与に見せた笑顔からムスッとしたデフォルトの表情に戻し、僕の疑問に答えた。
「ええ、マザーからさっきメッセージが届いて、壱与ちゃんの配属が通達されてたわ」
「そうか、なら話が早いな。僕はこれから壱与を連れてスコアレスの追跡に出かけるから、来栖にサポートを頼みたいんだけど、大丈夫か?」
ムスッとした表情が一段階深くなり、それでもデータを受信しようと端末を取り出す。
「……はぁ、いつも急な要請ね。急いでる仕事は無いから、まあいいけど。ああ、西区の三等地区ね。いいわ、追跡してマップに指示を送るから」
「ありがとう。悪いな、いつも助かるよ」
来栖はプイっと踵を返しながら、少し語気を強めて、
「あんたじゃなくて壱与ちゃんの初任務だから協力してあげるだけよ! さっさと行きなさい、取り逃しても知らないんだから!」
「おぉ……ツンデレです……」
壱与が聞き取れないくらいの小声で何か呟いた。うん? どうしたんだろう?
「まあ、いいか。壱与、早速現場に向かおう!」
「あ、はい、マスター! 来栖お姉様、ありがとうございます!」
「頑張ってね」
来栖はサムズアップをして見せて席へと戻っていった。そんな彼女の姿を、フリーズでもしたかのように壱与はじっと見つめている……。
「ほら、壱与。用事は済んだから、行こうぜ」
「むぅ、では、さっさとエスコートして下さい」
「はいはい、車に向かいますよ。補佐官殿」
庁舎の外にある職員用の車に乗り込みマップを表示させると、早速来栖からのデータが送られてきていた。
「壱与、マップにチェックされてる部分がマザーが観測した最初の痕跡だ。来栖が今、分析してその後の足取りを送信してくれる筈だから、一先ずこの場所に向かうぞ」
壱与にこの後の説明を手短にすませ、車のスタートキーを押す。マップと連動させているので目的地まではオートで任せる。
「おお、私、運転してみたいです!」
「ダメに決まってるだろう! 免許ないだろ!」
僕は壱与にお手本のような綺麗なツッコミを入れた。いや、ヒューマノイドだからシミュレーターがインストールされていれば運転は出来るが……見た目少女の運転か……やめておこう。
「基本はオートメーションだ。必要なら僕が運転するから、その時はマップのナビゲーションを頼むよ」
「むぅ、まぁ、初任務ですから、ここは大人しく従いましょう……」
少し恨みがましい目線で僕を見て、壱与はシートベルトを装着した。そんなに運転したかったのかよ……。
彼女のジト目が観測しているのは僕の何だ? そんな思考が頭をよぎったが、マップに新たなチェックを示す電子音が鳴り、モーター音の駆動が静かに車を発進させた……。




