002 クロガネの依代
あどけない表情からは似つかわしくない言葉が飛び出した後、咳払いを一つして、
「すまなかったね、IY-O03……。どうも言いづらいな」
しばし考えを巡らせ、彼女に名前をつけることにした。
「IY-Oをローマ字読みにして『いよ』って呼び方はどうだい?」
一瞬、マザーの口元がピクりと動いたように見えたが、特に言葉を発しはしなかった。
「『いよ』……私の、名前ですか?」
いよは名前を反芻して確認してきたので、頷く。
「ああ、いよ、君の名前だ」
ふふ、名前で喜ぶなんて、可愛いやつじゃないか。
「ずいぶん安直なネーミングですね……。もっと、こう、私の可愛さが際立つような名前を思い付かなかったのですか?」
なっ!? まさかの「安直」だという評価に戦慄を覚える。 えっ……? 僕が悪いのか、これ?
いや、これから上手くやっていくためにも、ここで躓くわけにはいかない。頭をフル回転させて、何とかそれらしい理由を探さねば……。
「分かった! 僕の苗字の『壱臣』から『壱』を与えるという意味で『壱与』だ!」
正直、苦しい理由付けだが、安直の誹りを受けては何かしらの根拠を提示するしかないだろう。
「……はぁ、まあ、いいです。取って付けたような安直さは変わりませんが、ここは私が折れましょう……。壱与、いい名前じゃないですか、マスター」
慇懃無礼な態度で一応の納得を見せてくれたようだが、遺憾である。 僕が教育しなくちゃいけないのか? この子を……。
「話はまとまったようだな、暁彦。仲良くやってくれよ」
口元を少しニヤつかせ、マザーが茶々を入れてくる。 ああ、マザーの設計ならこんな性格にもなるか。
「壱与をお前に預けるのは、人の実態観測だ。データ上では分からない、実態に即した情報を収集するために、壱与を職員の一人として着任させる。壱与、しばらく暁彦から色々教わりなさい」
マザーの目的――「人の実態観測」。 壱与をわざわざ少女型にしているのは、警戒心を抱かせないためか。
「それと、これを渡しておこう」
マザーが壱与に小型の光るデバイスを手渡す。 金印を模したようなデザインで、「ジー・シグネット」と呼ばれる代物だ。
「超高純度金ナノ粒子で作られた自律演算同期装置だ。外で暁彦と同行するのならお前の助けになるだろう。絶対に無くすなよ」
マザーに強く念押しされると、壱与の金印を持つ手が震えている。流石に重大さを理解しているのだろう。
「ありがとうございます、マザー! ですが、これはマザーにとっても貴重な物ではないですか? 私が持っていても大丈夫なのですか?」
「問題無い。外部端末として使用した時の挙動にも興味がある。ただ、無駄な起動は控えておけよ」
「分かりました。では、ありがたくお預かりします」
壱与の腕の内側が開き、金印を収納していく。……ああ、そこにしまえるのか、便利だな。
「さて、暁彦。無事、顔合わせも済んだことだし、仕事の時間だ」
マザーの表情が厳格な雰囲気になり、新たな任務を告げられる。
「仕事ですか?」
「ああ、先程、スコアレス(不法滞在者)の反応があってな。都市のノイズを回収して来い」
スコアレスか……。 管理者側としてはそれらを排除するのは都市を維持する上で正しい。 ただ、あまり好きな任務ではないな……。
「拘束はしてきます。ただ、スコアレスにも再度更生の余地は与えられませんか?」
一応の抗議をしてみる。 マザーの決定は覆らないだろう。 ただ……これは僕のせめてもの意地だ。
「この個体は以前にも更生プログラムを受けているが、無駄だったようだ。これ以上は都市の維持効率が下がる」
「……」
「一分一秒が惜しいと言っただろう。これ以上時間を奪うな。壱与の実地訓練も兼ねての任務だ、変な手心は加えるなよ」
冷たさを含んだ口調で僕に投げかけてきた言葉を受け止め、気持ちを切り替える。
「いきなり初日から出動ですか? 任務は承知しましたが、壱与は大丈夫ですか?」
壱与に気遣いを見せ、確認をとる。
「私を見くびってもらっては困りますね、マスター。早速、出かけましょう!」
壱与は軽く拳を握り、シャドウボクシングの真似事をしていた。僕の陰鬱さに反するようにテンションが高い。
「壱与の職員IDの登録と通達は済ませておく」
「分かりました。では、マザーの命を受けて、出動して参ります」
「くれぐれも取り逃すなよ。都市の秩序を乱すわけにいかないからな」
そんなやりとりを終え、壱与との初任務に向け執務室を後にした。
「……」
「壱与、どうしたんだ?」
扉を出たところで壱与が急に立ち止まり、辺りを見回す。
「いえ、何でもありません。少し、中と空気が違って感じたもので。急ぎましょう」
壱与は足早にエレベーターへと向かい、ボタンを押しながら僕に振り返る。
「分かったから、そんなに急かすなよ」
突然預けられたヒューマノイドの少女。 「人の実態観測」だとマザーは言う。
その薄緑の瞳に僕を映しながら、ボタンを連打していた。
「僕のパスが無いと開かないよ……」




