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1492年7月、明へ

読んで頂いてありがとうございます。

 中国大使館、一等書記官の李浩然は広州機電社の日本法人の社長徐宇振と話をしている、彼らは北京大学の同窓生であり、日本でもしばしば会って情報交換をし、追い詰められつつある中国の現状を嘆いていた仲である。


 李の大使館における序列はそれほど高くない。しかし、大使館の上層部が時震に当たって、いつもように大国意識で日本の外務省に対して、自国民の扱い等で高圧的に主張を繰り返して、相手にされないのを見ていた。そして、この時代の本土と接触しようと提案して受け入れられなかった。李は、そこで自分の徐を通じた民間人の人脈を生かして、この時代で何とかしようと考えたものだ。


「李君、本土に送った調査チームは相当に調査を進めているようだな」


「ああ、報告については君にも送ったよね。送り出した2等書記官の高君は上海に上陸し、まず前の首都の南京に入って状況を調べ、次に首都の北京に行って、いろいろ活動する中で軍務卿の周宗全氏と接触ができている」


「うん、僕もこの頃の明の状況は調べたけど、明代でもかなり安定した時期だよね。明代そのものの人口は初めに6500万から、終わりに7100万人だから250年もの間に碌に増えていないね。とは言え、今は浩治4年で明中興の祖と言われる弘治帝の時代だからましな方ようだね。

 明は、どうも賢帝と言われる皇帝の時代は短く、愚帝の時代は長いのだよなあ。典型的なのが、明を滅ぼしたと言われる万暦帝だよな、こいつなんかは、50年近く居座ってまったく碌なことをしていない。とんでもない自分の墓を作ったりね」


「とはいえ、明は漢人の王朝だから、モンゴルの元や満州人の清などに比べれば、俺たちにとってやりやすいぞ。どうも、周君の報告では王朝の役人はそれなりに合理的な話は聞くようだからな。

 特に、さっき言った軍務卿の周宗全などは大分モンゴルのダヤン・ハーンの侵略に苦労しているらしく、周君の紹介した銃の話には大いに乗ってきているらしい」


「そうだな。銃が実用化されるまでは、騎馬民族最強だから、中原の軍は基本的には敵わんだろう。だからまず、銃器を売り込んで信用を得て、さらに農業革命を起こし並行して産業革命を起こすというストーリーだな。

 多分賢帝と言われる弘治帝であれば、聞く耳をもっているだろう。とは言え、皇帝の資質で国が興亡するようなシステムは問題だよ。俺もわが中国の歴史をみて暗澹たるものがある」


 民間人の徐の言葉に役人の李が苦笑いして言う。

「ああ、確かにな。わが中国の王朝の衰退は、大抵が暗愚の皇帝のために佞臣が勝手なことを始めて、民が飢え反乱を起こし、反乱者の中から次の王朝が生まれるというものだな。いや、遊牧民に滅ぼされるというパターンもあるな。

 とは言え、それも国内も乱れによって守りが弱くなってのことだ。しかし、それは絶対権力者がいる世界中の王朝すべてに言えることだぞ。ただ我が国は、記録に残っている歴史が非常に長いために目立つだけだ。その意味では、わが中国は世界に冠たる国ではあるな。

 大体において、明のGDPは現時点でおいては圧倒的に世界最高だろう。ヨーロッパは大分ましになっているが、日本なんかは戦国時代だぞ」


 最後に皮肉げに笑って言う李のこの言葉に、徐がソファから身を乗り出して話しかける。

「うん、わが中国の歴史はその通りだ。そして、ヨーロッパと言えば、まさにこれから世界征服に乗り出すわけだ。しかしながら、ここに21世紀の日本が出現してしまったということだ。まあ、日本は当面は食う為の食料確保と、文明を維持するための物資の確保に狂奔しているがな。

 これはまあ当然ではある。どこの国でも自分がそういう立場だったらそうするよ。一方で、彼らは軍隊を持たないというが、実際には我が国もなかなか手を出せないレベルの自衛隊という立派な軍を持っている。この時代のヨーロッパはたかが帆船と火縄銃で世界を征服したのだぞ。

 日本がそうしようと思えば、世界征服などは極めて簡単だ。そして、彼らは我が今のところは中国と朝鮮には手を触れようとしていないが、その気もないような気もする。お前も、日本の役人と付き合いがあるだろう。日本の本音はどこにあるんだ?」


「それは割にはっきりしている。例の4原則さ。つまり今から言う4つだな。

 1)日本国がどこかの国のエリアを開発して利益を得たら、その国民に一定のものは返す。

 2)ちゃんとした国の形を成している場合は、よほどのものがなければ手を出さない。明はそれに当たる。

 3)資源などの開発をする場合、そこの原住民にはちゃんとした扱いをする。

 4)その国が征服した土地である場合、この場合権利は認めないけど、その国民にはそれなりの扱いはする。オーストアリアなんかそうだな。アメリカもそうだけど、在日米軍がいるので例外ということだ。


 まあ、これはそれほどひどいとは言いにくいよね。ヨーロッパやオーストラリアなんかは不満だろうけど、奴らがやってきたことを考えれば、そう強く文句も言えないだろう。それに、日本はたぶん中南米に対しては手を出すと思うぞ。どうも日本の阿山首相が『1492年に跳んだのは、何かの意思が働いたとしか思えない』と言ったらしい」


 李の言葉に応じて徐が反応する。

「ああ、俺も聞いたぞ。確かに俺も同じことを思うよ。1492年はコロンブスがアメリカ大陸に着いた年だよな。まあ、実際は着いたのは西インド諸島だったらしいが。10月に着くんだから、今は航海中だな。日本は何かするだろうな。俺も非白人の一人として、スペイン、ポルトガルの無茶苦茶は何とかして欲しいよ」


「まあ、そういうことで、基本的に明には手を出さないということだな。朝鮮に対しても同じくそうだろう」


「日本は朝鮮に懲りているのだよな。それも、あいつら扱いが解っていないからだよね。まあ俺たちの御先祖様も苦労して扱いを身につけたんだろうが。

 ところで、そういうことになると、俺たちがやりたいようにやっていいということだ。つまり、北方の蛮人対策で武器を売り込み、農水産業を改革して食を豊かにして国力を増す。俺たちは、それを主導しつつ工業を持ち込んで産業革命を興して大富豪になって、国への影響力を強めていくということだな、李君?」


「ああ、概ねはそうだな。ただ、政治経済体制と周辺国への対応をどうするかということだが……」


「経済体制というか、明のヨーロッパと日本の銀を頼りの通貨体制は絶対に改める必要があるだろう。俺たちは金銀鉱の在りかは解っているのだし、いずれは紙幣に移っていくとしても当面、金銀銅の貨幣制度の構築だな。また、政治体制はどうするかだよな。

 消えた中国のような共産主義も効率が悪いし、皇帝次第の明のような王朝もだめだし、この日本のような民主主義という衆愚政治も問題だしということだな」


「徐も意外にまじめだな。個人にとって最も居心地がいいのは、今の明のように皇帝がそれほど馬鹿でない王朝で、その権力に近いところで豊かに暮らすことだと思うぞ。まあ、皇帝に馬鹿が出てきたら、それはそれでうまく操ればいいのだから。軍さえ押さえておけばどうにでもなるよ。

 いわゆる民主主義なんて、指導者は大変だ。日本なんか見てみろ。指導者なんかと言ってもまともな家にも住めないし、使用人も碌に雇えない。俺たちの仲間にもそれが良いなんて言う奴がいるが、自分が指導者になって権力を握れば逆のことを言うに決まっている」


 李の役人らしい(らしからぬ?)言葉に苦笑いをして徐が言う。

「俺も自分の子供のことを考えるとな……。まあ、そのことはいいや。

 ところで、送り出した船の内訳を少し説明しておく。資料は渡したが細かくは読んでないだろう?最初の船は2隻で、1隻はコンテナ船で積載量2万5千トン、もう1隻はバラ積み船で、こっちは積載量が2万トンだ。こっちのバラ積み船には大型クレーンがついているので、それで岸に着けられるジャンク船に荷を下せる。

 だから上海の沖でまずジャンク船に荷を下して、それから桟橋から陸に上げることになる。

 現地での移動手段はランクルとバイク、それに荷の輸送はトラックだな。ランクルが10台に、バイクが50台、4トン積のトラックを10台、タンクローリーを2台用意したが、ランクル・トラックがどこまで使えるかだな。それに、陸の積み下ろしに5トンのレッカー車を2台用意したが、これは港周辺しか使えないだろう。

 人員は、第1陣は480人で、解放軍経験者が約200人いる。それに荷役の専門のものを30人ほど加えている。銃器は知っての通り大使館が隠していた自動小銃200丁にピストル300丁に加え、バズーガ12基だ。ただ弾は小銃が2万発、ピストルが2万発、バズーガ60発だからそれほどない。しかし、よく大使館がこんなものを持ち込んで隠していたな?」


「ああ、2代前の大使の趙がな。流石に大使館には置けないので、知っての通りの倉庫に入れた。まあ、大型の貨物に紛れさせたようだ。大した量でもないから隠すのは簡単だ。俺も知った時は馬鹿なことと思ったが、今となっては功を奏したわけだ」


「ふーん。まあ、今回の便には先ほどの銃器の弾を作る設備とその材料も含めている。これは小銃弾が10万発、バズーガは500発だ。拳銃はそれほど要らないだろう。また、設備の関係で少し性能は落とすが小銃は2千丁、拳銃は1千丁、さらにバズーガは500基を作れる機材を積んでいる。

 現地で5カ月もあれば、弾も含めて全量完成するよ。民生の機材としては発電機、機具、小型重機や工作機械などを各種取り揃えている。工作機械についてはできるだけMC旋盤など 高度なものでなく修理が効くものを探したので苦労したよ。それから穀物、野菜、果物などの種苗も各種取り揃えた。

 燃料の石油類は必須だけど、これは1ヵ月後の次回だな。当面今回の便で、ガソリンと軽油をどちらも200kL持って行かせている。そして次の便では、勝利油田の開発を行うように準備している。

 そのためにはボーリング機器と油槽類に、精製が出来る小型プラントを準備させている。ガソリン、軽油、重油が生産できんと話にならんからな。そういう意味では我が国は工業関係で日本にかなりの根を張っているから助かっているよ」


「うん、経済・産業の面で根を張っているという点では、我が国が一番だな。それより古いのが韓国だけど、パチンコも含めた商業系が多いな。だけど彼らもそれなりにまとまれば、かなりのことが出来ると思うが。

 あまり韓国のその後の動きは聞こえてこない。問題は台湾とベトナムだ。かれらは、ここ1年2年の日本の食料不足に付け込んで、近場であることをアピールして、農業開発に自分たちも乗り込んで、すでに開発を始めている。たぶん彼らは早めに現地でそれなりの根を張るだろうな」


 忌々しそうな李の言葉に徐が応じる。

「台湾はまだ蛮人の地で、ベトナムは明から独立した王国だったな。農産は主として芋だっけ?」


「ああ、イネは圃場整備が大変だけど、芋はすぐだし年中できるから、来年早春の危ない時期に間に合うだろう。どうも、俺たちも芋を食うのが多くなるだろうな。まあ、台湾とベトナムはしょうがない。特別に見るべき資源もないからな。それほど版図に含めることもない」


       ー*-*-*ー*-*-


 彼らの話は次第によもやま話になっていったが、その翌日には徐が手配した船であるコンテナ船『的星』とバラ積み船『新裕』は上海沖に近づいていた。バラ積み船に乗った、今回の祖国帰還部隊のリーダーである宋栄達中佐は、人民解放軍から派遣された大使館付き武官であった。


 しかし、今回の帰還に当たっては大使館の指示はなく、李一等書記官との協議の上で無断でのものであった。本国の存在がなくなった以上、大使館は今こそ自国民の保護と権益の確保に活躍すべきであるが、大使以下幹部は狼狽え騒いだ挙句、権益の保護、それも自分のためのみに注力するという態度であった。


 宋はそれで、大使館の存在そのものにうんざりしていたところに、李からの話があって、『祖国帰還部隊』の隊長に自分が就くと買ってでたものだ、彼は、共産党幹部と関係のある家の出ではなく、普通の工場労働者の子供だった。

 しかし、優秀な学業成績を生かして解放軍に入り、抜群の勤務成績と上司に取り入ったこともあって45歳の今中佐となって、日本の大使館付き武官に配置されている。


 摩天楼が林立する21世紀の上海と違って、この時代の上海は列強の進出もまだなく、海に向かっては木造の建物がぽつりぽつりと建っている。海岸線には、10本ほどの木造の桟橋が突き出し、10数艘のジャンクが舫われている。それは元の首都である南京の海の玄関口にしては貧しい光景であったが、明は海運については注力しておらず、とりわけ海外との交易には消極的であった故である。


 宋はその貧しい光景を見て、尚更高ぶるのを感じた。この中国の広大な大地に、7千万の人々が住んでいるが、大部分が目の前のように貧しい。ここに、自分が持ってきた武器に設備・機材とその知識を使えば、どれほどのことができるか、この中国の大地を席巻するのは容易であろう。


『当分は、李書記官と徐社長の敷いたレールに乗って行動しよう。その中で、今回の帰還部隊と現地の者達を導くことで指導者の立場を確立し、いずれは主導権を握ろう』

 そう考えて、笑いがこみあげて来るのを止めることができなかった。


 しかし、機材の揚陸は容易なことではなかった。ジャンクの手配はされており、その木材で補強された甲板にトラック、またはレッカー車さらに別途4本のコンテナをそれぞれ下すことはできた。しかし、あらかじめある程度の補強をしてはいたが、桟橋の強度が十分ではなかった。


 それで、桟橋を再補強して、ジャンク船と桟橋の高さが一致する潮の時に車両を下した。そしてレレッカー車やトラックでけん引して、コンテナを下すという手順になった。当面急がない荷については、船から降ろさないということにしたが、それでも当面必要な荷下ろしに7日を要した。


 宋中佐は、まずは小銃が準備できる200名で北京に行くことにした。ランクル10台、トラック10台とバイク40台に兵が分乗して組んだ車列を振り返り、先頭車に乗った宋は満足げに笑い「行くぞ」と叫び、手を前に向かって振った。


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