2021年8月、列島縦断道路・鉄道建設
読んで頂いてありがとうございます。
1492年の日本人を『元人』とします。
住田純は、現場の点検作業から帰って作業事務所に入り、ヘルメットを取って汗をぬぐった。彼女は、急きょ立ち上げられた、列島縦断ルート建設公団の職員であり、起点部八戸〜奥州までの第一工区165kmの担当である。彼女は27歳で、国交省北海道開発局の職員であったが、横滑りの形で今の職にある。最近では、土木職を志す女性も増えたが、まだ建設関係のキャリア女性は少数派である。
さて列島縦断ルート建設プロジェクトと銘打ったこの臨時政府最大の建設工事は、21世紀の文明社会の北海道と沖縄を、鉄道と道路で結ぼうとするものである。だからルートという名にしているわけであるが、そもそも鉄道と道路は、日本の場合には全く違う事業体によって計画されて建設されている。だから、似たようなルートを通っていても並行して建設されている場合は少ない。
しかし、どちらも同時に造るということになると、当然一緒に作って出来るだけまとめて作った方が効率が良いに決まっている。その良い例が瀬戸大橋であり、2階建ての構造の橋にすることで、別に造る場合に比べて50%程度は工費を節減しているであろう。だから、住田は道路のみならず鉄道も担当することになるが、無論鉄道建設にはそれなりのノウハウがあるのでその専門家も加わっている。
ただ、北海道JRは長く赤字体質であったため、残念ながら新たな路線の設計・施工という意味での人材は甚だ手薄だ。だから、派遣されてきたのは20年以上前には建設にも携わったが、長く保守を担当してきた69歳の長尾という人だ。でも白髪で細面の細身のこの人は愛想の良く優しい人で、若いころの苦労話を良く聞かせてくれるが、これはなかなか深いものがあり、住田はこの人が好きだし技術者として評価もしている。
ちなみ、今回のプロジェクトは15世紀末の世界である日本列島を、如何に効率よく近代的に開発するかということが議論された中で構想されたものだ。これは、まず両端の21世紀社会を結ぶ形の輸送ルートを繋ぐことで、人と物の流れを作ろうという訳だ。
それは、もちろん政治的な意図もある。これは、戦国初期のこの時代、全国をまとめる権威が存在せず、群雄と言えば聞こえは良いが、山賊上がりの国人領主の領土に全国が細かく分けられている状況だ。彼らは、少なくとも一つは城と称する構造物を所有していたので、作られた城の数は全国で累計2万5千に達する。この時代でも、少なくともその半分はあるだろう。
だから、彼らをそのままに置いておいては到底近代国家は作れないので、なし崩し的に彼らの人々に対する支配力を奪っていく必要がある。だから、彼らの常識を超えたテクノロジーの産物を見せつけ、かつそれによって自分も豊かになれることを実感させなくてはならない。
そのためには、国家としての核になるものが要るが、そこは幸いこの時代でも天皇家があるので、天皇を担いで21世紀日本を継いだ臨時政府がこの時代も統合した政府を立ち上げ、新たな日本国を作ろうとしているのだ。むろんそこには、アメリカ合衆国の保護国という不都合な真実があるが、それはこの時代の人々には当分伏せておくことになっている。
そして、航空測量した結果によって縦貫ルートを改めて定めて、具体的な計画を立てていったところ、計画の達成は容易でないことが改めて解ってきた。実際のところは、工事そのものはそれほど困難ではないが、2〜3年程度の短期間での完成は無理であることがはっきりしたのだ。
これは、建設のためのインフラ・生産力の圧倒的な不足が主因である。つまり、建設工事の重要な要素として通常生コンが使われるコンクリートや、アスファルト合材、鉄筋や型鋼のような鋼材他の様々な工業製品、そしてそれを運ぶ道路が必要である。鋼材は、室蘭製鉄所があって、運ぶことさえできれば問題はない。
しかし、生コンや、アスファルト合材はそれを工場で練って使用するまでの時間制限がある。具体的には、アスファルトはその工場から使われるまで1時間、生コンは時期にもよるが2時間の時間制限がある。その点でコンクリートは比較的小規模に練る設備を設置することも可能であるが、アスファルト合材は難しい。
21世紀の日本では、どこで工事をしてもこうした生コンとアスファルト合材の工場から材料を運べるので、それの存在を前提に計画を立てられる。しかし、21世紀の世界でも、途上国ではそうした工場が近傍に無い場合があり、その場合にはアスファルト舗装は諦めることになる。
また、そのほかに砂利と砂の確保の問題がある。砂利と砂はコンクリートを練るのに必要であり、砂利はコンクリート構造の基礎及び道路・鉄道の基盤に必要である。これは、川沿いまたは海岸で得られるが、海岸のものは洗って塩分を除く必要がある。
これらがまだ未利用なこの時代には、採取は容易に可能であるが、採取場から工事現場までの運搬の問題が生じて、道路がないことがネックになる。
さらには、トンネル掘削には時間がかかる。21世紀の日本はトンネルだらけで、平気で長さ10㎞程度のトンネルを掘っており、その技術は世界一と言って間違いではなかった。しかし、残念ながらその殆どの人材と機材が失われてしまった。そこで、北海道と沖縄で工事中だった7カ所の工事は、比較的優先度が低いとして当面取りやめて、列島縦断ルート建設のこれらの人材と機材を充てることになっている。
このような事情で、列島縦断ルートについては、5年以内の青森から鹿児島までの2車線の砂利道建設と狭軌での鉄道の完成を目指すことになった。なお、概ねのルートは地形的に適している過去の主要国道のルートを使うことになっている。また当面、北の起点は施工が容易な八戸から建設を始めて、終盤に山沿いの八戸〜青森の工事を行う。また、極力トンネルを避けるように計画されているので、明治の頃のルートを使うことになる。
そして、この建設工事に当たっては、人材、重機やトラックの他に莫大な鋼材、セメント、燃料油、仮設資材などを必要とする。だから、工事はもちろん両端からのみでなく、100km〜200kmの間隔で中間点に荷揚げ港を設けてそこから機材を持ち込む形で工区分けを行っている。
なお、日本列島の交通については、陸路であるこの列島縦断ルートの他には船による沿岸航路に空路があるが、船については使えるような港湾設備、飛行機については空港がないので今のところ全く機能しない。そして、陸路は開通までに5年を要することなる。
だから急がれたのは、先述の縦断ルート建設のための荷揚げ港も含めて、全国の港に急きょ内陸航路の船が使えるような桟橋を建設することである。これは塩竃で造られたものと同じようなもので、基本的には開発基地の近傍の、天然の良港に鋼製で桟橋を造るものである。だから、港の近傍には開発ベースがあり、また縦断ルート建設のための基地があることになる。
また、飛行場については、国防のためにも整備が急がれている。京の近傍には高槻に2000m級滑走路を持った飛行場の建設が計画され間もなく着工することになっている。他に、北九州の芦屋と北陸の小松、さらに関東の百里に軍用飛行場が米軍主体で建設されることが決まった。なお、軍港も米軍と共同運用で、佐世保、舞鶴、横須賀に軍港が建設されることも決まった。
住田純が入ってきた事務所は、プレハブの3K×5Kのもので、エアコンも設置しているが、気温25℃の涼しい今日は使っていない。この場所は二戸付近の谷間で、将来に国道4号線が敷設された辺りである。遠くで複数台のブルドーザーの重い音が聞こえる他に、彼女が乗ってきたような小排気量のバイクの甲高い音も聞こえる。
作業基地は幅が300m、奥行きが200mほどの大きなもので、有刺鉄線の柵で囲まれており、中には、彼女の使っている発注者の事務所、さらに建設業者の2階建ての建物が5棟ほども建っている。また、砂利や砂の山やセメントのサイロに小型のバッチャープラントがある。
さらには、シートを被った鋼材などの資材の山、ブルやユンボ、タイヤローラ車、ダンプトラックなどの重機も多数置かれていて雑然としている。また、ランドクルーザーの他に多くのバイクが置かれている。その中を多くの人が歩き回っているが、中には資材を持って運んでいる者もいる。
基地の中に入っているものは、胸にネームカードを下げており、全員がヘルメットを被り、作業服を着て安全靴を履いている。作業員の半数ほどはこの時代の人たち(今では元人と呼ばれている)であり、彼らは少し作業服の色が違う。実のところ、元人を雇うことは推奨されており、雇用人件費(1万円/日)の半分は国の補助が出る。
ただし、拘束時間は8時間で1〜2時間は勉強させることが義務つけられている。また年齢は15歳以上の縛りがあって、15歳から20歳のものは勉強時間が2時間になっている。給料の支払いは週ごとの日本円の現金であり、その金は作業基地内の売店で使える。
なお、このように基地内には勉強をする学校があって、元人の雇用者の他に希望する者は誰でも受け入れて、文字の読み書き、算数等を教えることになっている。とりわけ子供については、食事を出すので勉強させるようにと地元でPRしているところだ。特に、雇用している者の子弟は強く薦めていることもあって、参加者が多い。
売店には、日本の小規模なスーパーマーケットとホームセンターで置いているものを売っていて、基地に入れる雇用契約を結んだ者のみが出入りできる。雇用者は、立ち退きが必要になった場合や、樹木や作物で補償が必要になった場合の当事者か、領主や有力者が紹介した者である。
さて、21世紀の日本に売っているものと、元人が手に入るものの値打ちは段違いである。穀物について大差はないが、そもそも元人には砂糖などは手に入らないのだから、21世紀人では普通のお菓子は元人にとってはとんでもない値打ちものだ。また、大量生産によって大幅に値段が下がったものがあり、織物や鉄製品がそれにあたる。そもそも、元人の普通の人は新しい服などはまず買えないのだし、農具に使われている鉄は僅かな量だ。
二戸地区、沢井村の権兵衛は自分の耕している畑が、『日本』の作る道路というもので潰されるということになった。それを償うということで紙でできたお金を貰い、さらにその建設仕事に雇われた。権兵衛の農地の広さは1反で、領主様に年貢を納めると、女房と5歳と7歳の2人の子供が食っていくのが精いっぱいだった。
仕事は、朝基地でサイレンが鳴る8時から、夕方にまた鳴る午後5時までだが、半端な仕事が多く野良仕事に比べるとうんと楽だ。しかし、その後にある勉強というものが曲者だ。しかし、文字が読めないと仕事にこのように困ると、具体的に教えられると頑張らざるを得ない。
というのも、その売店に行って何が買えるか良く見たのだが、自分がもらったお金である100万円あればものすごく沢山のものが買える。そして、7日毎の週1回貰える給料は6日働いて5万円だ。本当は6万円だけど1万円は税金などで引かれるらしい。5万円あれば、売店で買えるいろんな食品で食べるのは十分だ。
肉とか、魚も買えるな。あの甘いお菓子だって買える。そして、女房や子供の服、鍋、鎌、鍬、そしてよく使い方が判らんいろんなものがある。金が足りなかったら、あの100万円があれば何だって買えるぞ。家族を連れてきてもいいらしいから、今度女房を連れてこよう。
そのようにして、権兵衛は実際に女房のサチを連れてきて、最初は恐々で少しだけ、だけどだんだん散財を始めて、手に入れた様々なものを近所に見せびらかした。こうしたことで、今までの常識では考えられないそれらの品物が、作業基地で売っているという情報は急速に広まっていった。
領主からも強硬な要請というか、脅迫があって作業基地は外の世界の元人にも開くことになった。実はこれは、臨時政府の狙い通りであり、こうした作業基地のみでなく、各地の開発基地(塩竃ベースを含む)基地で同様な売店を開いて、日本円の流通を図ろうということだ。
この場合どうやって日本円を入手するかだが、基地で働いている人々以外で、元人が日本円を手に入れる方法は、まず領主や有力者が工事に際しての迷惑料というか権利料を銀で払ったものを日本円に替える場合がある。
これは、彼らには紙幣の概念がないので、当初はそれ以外のものということで、臨時政府としては割安な銀で払っている。しかし、売店ができて日本円が使えることが判ると、彼らはこぞって直接円で受取るか、銀を日本円に替えようとするのだ。
そして、立ち退きが必要になったり樹木や作物で補償が必要になった場合には、相応する対価を払っている。その対象者は基本的に雇用するので、彼らには日本円で買えるものの見本を見せて、日本円での支払いを納得させている。かくして、工事に雇われたい者が殺到するようになったし、商品を買いたい者が遠方から遥々やって来るものもいるだろう。
作業基地は、その地区での作業が終わると作業そのものはなくなるが、開発基地として残されるため、被雇用者はその一員として残ることになるだろう。元人の被雇用者は様々なものを買い、家に物が増えていくとあばら家である自分の家が不満になる。
そしてその時に、その基地が開発基地に代わり、その際にアパート形式であるが、家も与えられることが解ると挙って開発基地に参加することを決めるだろう。
住田純は、事務所の窓から売店の入り口から店に入る切れめが無い元人の姿をみる、一般の人を受け入れるようになって僅か半月、人によっては数十里の道をやってきている。特に服と農具の売れ行きが凄いらしい。遠くの人は、日本円を持っていないので、元人同士で永楽通宝の銭で日本円に替えているという。
ある程度まとめて日本円を持っている人は、領主か農地などを売った人で。彼らが替える場合のレートは、銭1貫目が1万円らしい。ちなみに、領主など銀を政府から受け取っている人々には、政府が渡したものに限って、銀㎏20万円で日本円を渡しているらしい。何しろ、21世紀の金銀の交換比率はほぼ100:1で、元人の世界では7.5:1だから、少し可哀そうということのようだ。
基地内では金銀を日本円に替えられるけど、金は㎏500万円、銀は6万円だもんね。もう金は50kg以上集まっているらしい。すでに日本円は流通するようになっているから、そのうち金銀の値段はこの基地の交換所に近づくだろうな。
思いながら、住田は事務所の外に出ると、眼の前には、表層舗装はないが一応完成した道路と、枕木が並んだ鉄道の軌道敷が見える。道路は、ブルで地山を削りまたは盛って均して、ローラー車で転圧した後に、川砂利を敷いた幅10mほどのものだ。鉄道敷は砂利を敷いた上にコンクリート製プレキャスト枕木が並べている。
その反対側には、稲が雑然と植えられた田んぼが見えて、あっという間に行き渡ったTシャツを着た農夫が麦わら帽子(売店で売っているものを真似た手製)を被って草取りをしている。そして、その先にはあばら家が数軒立っているが、いくつかの家の屋根にはブルーシートがかかっている。




