95 弓の弦の素材 その3
前話のおはなし:弓の弦には竜のひげがいいらしい。
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「その竜は倒したの? それとも……」
「倒したけど、殺してはいないよ」
「ほう? どういう事情だったの?」
「それがね……」
レジーナが竜と戦った経緯を教えてくれた。
宝物を盗まれた竜が激怒して、街を襲ったので撃退したのだそうだ。
「とはいえ、先に盗んだのは人族だしね」
「確かに、それだと殺したら寝覚めが悪いね」
人族としては、撃退しないわけには行かない。
とはいえ、人族だって自分の財産を盗まれたら怒るものだ。
竜が怒るのも当然だろう。
「街の人は殺せとか言わなかった?」
「そう言う人もいたけど……。そういうこというなら二度と助けないって言ったから」
黙って話しを聞いていたミルトがうなずきながら言う。
「そのころは、まだ俺たちの権力もそこまでではなかったからな」
「今は、文句をつけられることが、まったく無くなったな」
ゼノビアもミルトに同意する。
「それほど権力を持ったということです。だからこそ自覚的である必要があります」
「ディオンは偉いね」
「……ありがとうございます」
俺が褒めると、ディオンは照れて手で顔を少し隠した。
そんなディオンを見て、サリアは首を傾げた。
「でぃおんちゃん、これたべる?」
「ありがとうございます。サリアは優しいですね」
ディオンが笑顔になって、サリアからお菓子を受け取って食べた。
するとサリアも笑顔になった。
「えへへー」
そんなサリアの頭を俺は撫でた。
そうしながら、俺はレジーナに尋ねる。
「その竜はいまどうしてるの?」
その竜にひげを少し分けてくれと言えるなら、それが楽だ。
「どこにいるかな……。もう何十年も前だからねー。ディオンは何か聞いてない?」
「そうですね。人が来ないところに引っ越すと言っていましたね」
よほど宝物を盗まれたことに懲りたのだろう。
人族が嫌になったのかもしれない。
それでもディオンに引っ越すことを伝えているのだから、完全には嫌いになっていない。
そう信じたいところだ。
「人が来ないところっていうと、どういう場所?」
「北にある『偉大なる山』の山頂付近ですね」
「それは……。ちょっと無理かな」
「魔法を駆使すれば、何とかなるかもしれませんが……。危険ではありますね」
「偉大なる山」は、標高八千メートルほどもある。
山頂の空気は薄く、人族には厳しい環境だ。
加えて極地に近いのだ。熱湯が一瞬で凍り付くほど寒い。
天候の悪い時は秒速五十メートルの風が吹くという。
「俺はもう年だからきついけど……。ウィルなら行けるんじゃないか?」
「いやいや、ミルト、それは無茶だと思うよ」
「そうかな? いける気がするけど」
「そりゃ、いけないとは断言しないけど、いけるとも言えないかな……」
俺は頭の中で必要な魔法を考える。
耐寒の魔法は必須だ。体の周囲に空気の膜を覆えばいいだろうか。
薄い大気への対策はどうすればいいだろう。
自分の口と鼻のあたりの大気濃度を濃くするに圧力をかければ何とかなるだろうか。
いやそもそも口と鼻周りだけで充分なのか。
口と鼻と耳との気圧差は身体にどんな影響を与えるだろうか。
神々の世界で得た知識をもってしてもわからなかった。
「色々考えたけど、やっぱり確信は持てないかな」
「そうなのか」
ミルトはかなりがっかりしている。
もしかしたらミルトは探検家になりたかったのかもしれない。
「俺一人なら可能かも知れないけど、複数だと確実に無理だとは思う」
一人でも難しいのだ。
複数の味方守りながら連れて行くのは絶対に厳しい。
「それもそうか」
「俺一人でもかなり危険なのは間違いないし」
「ミルト、無茶を言うな」
「すまない」
ゼノビアがミルトをたしなめている。
弟子たちが揃うと、やはり一番年下だけあって、ミルトは少し子供っぽくなる感じがする。
外見は一番老けているのだが。
そんなことを考えていると、隣でお菓子を食べていたサリアが俺の服を引っ張った。
「あにちゃ」
「ん? どうしたの?」
「あぶないのだめ」
「うん。わかってるよ。心配させてごめんね」
小さい子は大人たちの話を聞いていないようで聞いているのだ。
気を付けなければならない。
とはいえ、俺自身も子供なので大人同士の話と言っていいかはわからない。
「ほんと?」
「ほんとだよ。危ない山登りをやるとしても大きくなってからだよ」
「おおきくなってもだめ」
「うん。わかった」
俺がそう言うと、サリアはニコッと笑う。
「あにちゃ、これおいしいよ」
「ありがと」
サリアがお菓子を分けてくれる。
そのお菓子を口に入れて、俺はサリアの頭をやさしく撫でた。
「ぜのびあねーちゃん、おかしおいしい!」
「そうかい、それは良かった」
「ありがと!」
サリアの可愛い笑顔で、場が和んだ。
一方、シロは一心不乱にお菓子を食べている。
むしゃむしゃむしゃという音が、部屋に響いていた。





