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エピローグ



 けっきょく事件の裏にいた魔族のことについては公にならず、領主の息子が主犯として更迭された。くだんのキメラはバラバラの状態になって屋敷の一角で見つかったそうだ。

 また屋敷の地下が謎の爆発を起こしたが、これによる負傷者は出ていないようで、謎の事故で処理されることになった。

 囚われていた娘たちは無事に解放され、衰弱の激しかった者はギルドの専門医療のもと手厚い看病がなされるだろう。

 跡継ぎを失った領主は責任を感じて辞任を申し入れたが、それまで長い間よく街を治めていた善き領主であったこともあって、多くの住人から続投を望まれ、病床の身ながら事件の後始末と新たな後継の育成に尽力することを約束した。

 それらの多くの事後処理を大人任せにして、璃華や秋沙たちは花散祭の最終日、ゆっくりと休養するよう薦められ、泊まっている宿でのんびりと過ごしている。

 どちらにしろ、昨日曇っていた空は明け方近くになってからしとしととした雨を降らし始めたので興行はなしだ。

 今回の事件解決の報酬をギルドからたんまり貰っていることもあって、璃華は大人しく宿に引き籠もっていることを決めていた。

 そんな璃華だが、いまは雨にも関わらず朝からやってきた秋沙によって尋問されるはめになっている。

 部屋の中にいるのは璃華と夜煌と秋沙と凱である。主に聞かれたのは、夜煌と出会った経緯についてだ。


「――――ってことがありまして……」

「それで魔王に懐かれたと」

「……はい」


 半年前の神殿での出会いに始まり、魔王であることを知り、共にいることになった今の段階になって話が終わると、秋沙に深々と呆れのため息を吐かれた。

 なんでこうなったと自分でも思わなくないので、璃華は肩を縮めて頷く。

 椅子に座っている秋沙は足と腕を組んで、部屋の中にいるふたりの青年を睥睨した。

 もう彼らが魔族であると知っているくせに、その姿にはまったく怯む様子も怯える素振りもない。


「夜煌さん、なにか言いたいことはあるかしら」

「別に、特にないよ」


 しごく素っ気ない返事が璃華の真後ろから返る。その声の近さと現在の姿勢に、璃華は疲れた溜め息を吐き出した。

 宿の部屋には簡素な寝台が二つと椅子が二脚、小さな書き物机があるのだが、椅子に座っているのは秋沙だけだ。

 凱は行儀悪く机に腰掛け、璃華は自分の寝台に座っていた。そして夜煌は、その璃華の背中にぴたりと張り付いているのだ。

 昨夜から引きはがしても引っぱたいてもくっつき虫のように引っ付いてくる夜煌に、抵抗するのにもすでに疲れてしまった。疲労度に反比例して、初めは多少あった羞恥心もどこかへ旅立ってしまって帰ってこない。

 昨日の疲れもあって、すでに諦めの境地だ。

 昨日はかなり危険な場面もあったし、過保護なのに甘えたの猫にすり寄られていると思えば、そう抵抗もない。ということにしておく。

 こちらを見る親友の目が白いのも、気づかない振りだ。


「秋沙?」

「……その男が璃華に危害を加えることはなそうだし、なにかあれば守ってもらえるのでしょう」

「怒ってないの?」

「怒ってるわよ。あなた、なんにも相談してくれないんだもの」

「うっ、ごめんなさい」

「でもわたし、もともと璃華のひとり旅には反対だったのよ」

「……心配おかけしてます」


 璃華は殊勝に頭を下げた。昔から心配され通しだ。

 あまりしつこいお説教をされない雰囲気にほっとした。心配させているのは知っているが、これが自分の性分である。


「まあ、そのくらいの無謀さが、見てて面白えけどな」

「あなたは黙ってらっしゃい」


 好きに言う凱に、秋沙がぴしゃりと言い放った。

 似ていると思ったふたりだが、今回の事件のせいで反発するようになってしまったかもしれない。

 だが秋沙を見る凱の目はひどく興味深そうだ。璃華は親友の身が心配になったが、ここで下手なことを言ってはいけない気がした。主に自分のために。

 夜煌の腕から逃げ出した璃華は、窓辺に立って空を見上げた。

 換気のために薄く開いた窓から、湿った空気が入り込んでくる。大した風は吹いていないので、雨が吹き込んでくることはない。


「それにしても、雨止まないねぇ」


 花散祭のメインイベントがあって一番盛り上がるはずの今日、街は雨の日特有の静寂を保っている。全く持って迷惑な事だ。

 雨は嫌いでないが折角の祭りの最終日、花散り風を見れないのは少し悲しい。


「午後には晴れないかなぁ」

「何で?」


 璃華の呟きに、夜煌が不思議そうに聞いてくる。彼は花散祭の醍醐味をちっとも分かっていないようだ。

 けっきょく窓辺まで追いかけてきて、背中にぺたりと張り付いた夜煌を見上げた。


「見たいじゃん花吹雪。きっと綺麗だよ」

「ん~」


 夜煌はちょっと考えるように指を顎に当てて、外を見た。

 そして璃華の顔を見て、明るく一言。


「よし、じゃあ晴らしちゃおう」

「は?」


 何でもないように言う夜煌に、思わず間抜けな声が出る。

 夜煌は大きく窓を開け放つと、パチンと指を鳴らした。その途端、窓の外が明るくなり始める。

 璃華は慌てて窓から身を乗り出すと、空を見上げた。空を覆う暗い雲に穴が開き、そこから一条の光が差し込んでいる。

 水気に吸収された淡い光。黒い雲を照らす光彩。地上に降り立った陽は、一気に世界の色を変える。

 ――雨と光のコントラストが美しい。

 穴は段々と大きくなり、光の範囲が増えて街を包み込んだ。

 他の部屋や宿からも、急な空の変化に驚いた人々が次々と窓から顔を出す。

 璃華は呆然と固まったまま、晴れ上がった空を見上げていた。


「……これ、夜煌がやったの?」

「うん?」

「空」

「そうだよ」


 さも当然だというように笑う。


「……私の理解の範疇を超える」

「だって俺、魔王だもん」

「……」

「超えるにも限度があるでしょうに」

「まあ、魔王だからな」


 璃華と同じように呆然と空を見た秋沙に、凱がそれが摂理だと言いたげに答えていた。

 外からは、子供たちの歓声と水溜まりを踏む音が聞こえてくる。


「行こう璃華、祭りだ!」


 珍しく弾んだ声で、夜煌は璃華の腕を引いた。

 連れ出された外は雨の匂いと、甘い花の香り。街路樹が大きく広げた両腕から、ぽたりぽたり、葉に残った雨粒を水たまりに落とす。

 リズミカルな音に、自然と足が進む。

 外に出てきたたくさんの人が刻む数え切れない足音。あっという間に賑わい始めた大通り。

 人波にのまれるようにして夜煌とふたり、強く地面を蹴った瞬間、ざっと街に風が吹いた。

 街中の花という花を攫って、吹き荒れる花嵐。視界を覆う色とりどりの花びら。あがる歓声は吹き荒れる風にまじって心地よく響いた。

 追いかけてきた秋沙と凱が、後ろで言い合っている声に思わず笑った。

 手を繋ぐ夜煌を見上げる。


「夜煌」

「うん?」

「ありがとね、助けてくれて。来てくれて。すごく嬉しかったの」


 素直に感謝を口にすれば、握られた手にぎゅうっと力が籠もる。


「怖かったんだよ、ずっと。いまでも怖い。いつか君を失うんじゃないかって。こんな気持ち、初めてなんだ」


 夜煌の声は、この場に似つかわしくない怯えを含んでいる。

 世界で一番強い魔王のくせに、それはまるで夜に怯える子供の声音。

 彼がそんな風に感じているなんて思ってもみなくて、璃華は力の入っている手を握り返した。


「大丈夫だよ」


 気づけばそう言っていた。


「わたし案外しぶといし。夜煌が思うほど弱くないよ」


 そうでなかったら、ここまで来れなかった。きっと彼に出会う前に挫折していただろう。


「それに夜煌を信じてる。呼べば来てくれるんでしょ?」


 悪戯っぽく言えば、夜煌は泣きそうな顔で笑った。


「俺と一緒にいることで、今回みたいに狙われることもあるかもしれない。それでも、ねえ璃華。絶対守るって約束するから、これからもずっと傍にいていい? 君の傍は世界が鮮やかで、とっても暖かいんだ。君の見る世界を俺も見たい。君の世界に俺を入れて欲しい。ずっと一緒にいたいんだ」


 こちらを見下ろす夜煌の瞳は、ほんの少し不安に揺れている。

 いつか去って行くのは夜煌のほうだ。璃華よりもよほど強い彼は、望んだときに望んだ場所に、望んだように自由に生きられるだろう。

 だから璃華の言葉は束縛にならない。ずっと見ないようにしていた願いを口にしても、夜煌は嬉しそうに笑ってくれると想像がつくから、もう璃華はひとりでもいいと意地を張るのは止める。

 懇願の色を湛える瞳を、まっすぐに見つめ返す。


「一緒に行こう。わたしもずっと傍にいてほしい。きっと夜煌となら、どこにだって行けるから」


 夜煌の笑みが、蕩けそうな幸せな笑顔に変わる。

 青い空と花吹雪を背景に、陽光に包まれた甘い顔立ち。

 見ているとなんだか動悸が激しくなりそうな気がして、璃華はそっと目を逸らした。

 そのときひときわ強い風が吹いて、みなの髪をくしゃくしゃにしていった。視界に七色の花が舞う。

 大きくなった子供の歓声に、乱れた髪を押さえながら顔を上げた璃華の手を引いて、夜煌が顔を覗き込んでくる。

 亜麻色の髪の向こうに広がる蒼天の空に気を取られた瞬間、唇にあたたかな感触が落ちた。


「……え?」

「ご褒美、くれる約束でしょ」


 確かにそんなことを言われた気がする。だけど約束はしていない。

 にこにこと嬉しそうに笑う夜煌を愕然と見上げ、璃華は顔を赤くして呟いた。


「……飼い猫に噛まれた気分」


 あんまりな璃華の感想に、夜煌が弾かれたように声を立てて笑った。

 そんなふたりの頭上を、瑠璃色と紅色の花びらが戯れるように風に乗って飛んでいった。









 虹の架かる青い空。街を映す水溜まり。

 くるくる踊る人々と、愉快に響く笑い声。

 花の舞い降る街道に秋を告げる祭りの終わり。

 

 旅を続ける踊り子は、懐いた猫と一緒に、今日も秘かに世界に足跡を残すのだ。









 了

これにて完結です。

お付き合いくださりありがとうございました!

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