壁を越えて
不思議な空間へ来てしまったバチ。その無機質な場所に仁王立ちしている者が睨みつける様にこちらを見ている。恐ろしくもあり優しくも見えるその相手は静かに問いかけてくる。
「誰が為に力を欲す…」
「…神様か?俺は…すずを喰ったあの悪魔を絶対許さねぇ…今の俺じゃかなわねぇ…だからもっと強くなりたいんだ!!」
バチの意志を聞いた神と思われる人物は、その返答に対し眉間にシワをよせた。
「未熟…汝は復讐に力を欲すか…」
「復讐だけじゃねぇ!!もう大切な奴を理不尽に奪われたくねぇんだ!!」
「……」
一瞬目を見開き、大きな身体が動いた。鍛え抜かれた筋肉が、しなやかに戦闘の構えへと変わって行く。
「ならば汝の力を示せ…」
「やってやるよ…絶対勝ってみせる!!」
バチの周りを黒い炎が揺らめき、神力を解放した。力にのまれる事なく解放でき、鋭い眼差しで神を睨みつける。
「…なんと禍々しい…」
「行くぞっ!!」
素早く飛びかかり、強烈な拳を叩き込む。幾度となく繰り出すバチに対し、神は掌でしなやかに全て受け流している。頭に血が上って冷静さを欠いてしまったバチは、神力を更に高め、白い空間を燃え盛る黒い炎で染め上げるのだった。
「これで最後だ…」
また怒りが込み上げてくる。後先も考える事なく、全力の黒炎をまとった天地剛掌を放つのだった。神は全く動じる事なくそれを受け止めた。追撃の黒炎も、今までと違い嵐のように吹き荒れ、神を襲うのであった。
「よし!!決まった!!」
ガクをも回避させた天地剛掌を命中させたバチは、黒炎に包まれる神を見て勝ちを確信したのだ。
そのときだった…。
「ウォォォ!!」
鼓膜が破れるほどの咆哮が鳴り響き、バチの黒炎は蝋燭の火を消すかのごとく、簡単に吹き飛び消火された。そこには傷一つ無い神の姿があるのだった。一方的に攻撃したバチだったが、力の差に落胆し、戦意を失い神力の放出をやめた。
「…やっぱ神様には勝てねぇな!!」
「汝の力を見た…荒々しく…勇敢で危険な…」
そう言うと神は、今まで手を出してこなかった意味を教える様に、戦闘態勢になるのだった。
「しかとその身に焼き付けろ…これが汝が欲する頂きだ…」
虚無の空間に赤く燃え盛る炎が湧き上がり、神の足下の地面が砕ける。凄まじい威力に唖然とするバチだったが、どこかで見た事がある光景だった。神はそのまま流れに身を任せる様に、拳を突き出すのだった。それは見た事もない程自然で、見惚れてしまう。だがこの技をバチは知っていたのだ。あれはどこからどうみても天地剛掌である。そして一目見ただけでこれこそが自分が求める武の極地だと理解してしまったのだ。
「どうして神様が!!」
その途端にバチの身体は灼熱の嵐と共に吹き飛ばされた。消えゆく意識のなかで声が聞こえる…。
「我は仁王の阿形…また来るがよい…」
目が覚めるとそこは山頂だった。体には傷一つ付いてはいない。夢かと錯覚するほどに不思議な体験だったが、あの天地剛掌を見たバチは現実だとすぐにわかったのだ。
「神様すげぇ…」
呆気にとられ独り言が漏れるバチであった…。
立ち上がり全速力で階段を駆け下りてガクの元へ帰ったバチは息を切らせながら言う。
「親父!!神様に会った!!んでボコボコにされた!!」
驚いた表情のガクだが、すぐに優しい笑顔になるのだった。
「…そうか!会ってくれたか!ボコボコにしてくれたんだな!!」
嬉しそうな父親を見て、わけが余計にわからなくなったバチであった…。
それから数年の時がたち…
深い森の中でたたずむ青年がそこにいた。
鳥のさえずりと、木々から差し込む光の中、静かに呼吸を整え精神統一をしていた。しかしそこには群れで行動し、狩りをする猿魔達が、獲物であるその青年を取り囲んでいたのだ。
「…十匹ってとこか…」
その言葉を合図にいっせいに襲いかかる猿魔達。死角なく飛びかかり確実に仕留めにかかった。鋭い爪とナイフが青年に届く寸前で魔物達は自分達の動きが止まった様に感じた。目前に居るはずの青年だったが、猿魔達の視線は地面へとゆっくりとずり落ちて行く。
キンッ!!
金属音が静かな森に鳴り響き、魔物は全て一刀両断された。
「…また解放まではいけなかったか…」
目視出来ない程の速さで十体の魔物は地面へと落ち絶命した。目にも留まらぬ一閃を放ち、青い雷を纏った青年…。それは15歳になったゼンだった。背丈もかなり伸び、しなやかな筋肉をした青年に成長している。しかし神力の全解放は、この六年間の修行でも達成出来ずにいた…。
「…今日はこんなもんかな…」
日課を終えゲンジの元に帰る事にした。この六年間の修行でゼンは師である父親の技をほとんど身につける事ができた。森をしばらく歩くと、慣れ親しんだ野営地である、コンクリートで出来た廃墟の我が家が見えてきた。外では焚き火でゲンジが川魚を焼いている。
「おかえりゼン」
「ただいま!美味そう〜!!食っていい?」
子供の様にがっついて食べる息子をみて思わずほくそ笑んでしまう父親。修行の後のご飯が何よりの楽しみであるゼンだったが、食べ終わると真剣な顔をし、何やら決意した表情をしていた。
「どうした?不味かったか?」
「いや…美味かったよ…俺さ…強くなったよな?」
その問いを聞いたゲンジの脳裏に、この六年間の光景がよみがえる。血反吐を吐こうが、気絶するまで神力と技を毎日繰り返し、鍛錬した息子の努力と、それでも二人で笑って乗り越えてきた日々が…。
焚き火を眺めながら震えた声で言う…。
「……お前は俺の自慢の息子だ…」
ゲンジの言葉はそれだけだったが、ゼンもその意味を理解し、二人の間に沈黙があった…。
ゼンは腰にある刀に目をやる。柄頭に結ばれたすずの形見の赤いリボンが、風になびいている。空を見上げながら、静かに目を閉じて言う。
「…親父…俺今から雷獣と戦うよ!!」
「あぁ…そうだな!!」
すずとバチへの想いを胸に、目標である雷獣のいる廃遺跡に向かう。
道中二人は無言であったが、遺跡に到着する間際にゲンジが呼び止め、ゼンの頭を優しく撫であげた。
「いってこい!!」
子供の成長を実感するように、ゲンジは息子を見る。子供扱いする様に撫でる父親に、恥ずかしくなるゼンだったが、優しい笑顔と声に、緊張していた体はほぐれた。
「いってくる!!」
遺跡の雷獣は荒れ狂っている様に感じた。まるでこれが最後と言わんばかりに、閃光が飛び交っている。広場に着き、刀に手をやり身構えるゼン。
「……来いッ!!」
言葉が伝わるかの様に、閃光がゼン目がけて突っ込んでくる。最初に来た時とは違い、はっきりと姿が見えた。毛を逆立たせ、雷を纏った大きな虎が、殺意を持った目で睨みつけて来る。
キンッ!!
両者がぶつかり、刀と爪が火花を散らす。真っ向から勝負を挑んだゼンは、雷獣の威圧と重さを初めて実感する。信じられない速さで、四方八方から攻撃してくる獣の爪に、何度も全身を切り刻まれ、じわじわと血飛沫が舞う。
「くっ…速ぇ!!」
負傷し焦ったゼンだったが、爪を受け流し攻撃の隙をうかがった。六年の修行で得た一閃が雷獣の腹をかすめる。獣は低い唸り声をあげ、一瞬攻撃が止む。その瞬間ゼンの視界が光でいっぱいになった。
ドゴォォンッ!!
雷獣の怒りに触れ、鼓膜が破れる程の甲高い音と共に、獣は大きな稲妻を落としたのだ。ゼンに命中し、激しい痛みと全身の痺れで、地面に膝をついてしまう。地面は砕け、周囲に雷の残滓が舞っている。
「くっそ…」
それを影から見守るゲンジ。止めに入ろうと急ぎ走り出した。父親の神力が近づくのを感じたゼンは、大きな声で怒鳴る。
「来るなッ!!」
その言葉を聞きゲンジは立ち止まる。
拳を握りしめ、歯を食い縛り息子の言う通りにした。死ぬ気で頑張って来た息子の覚悟を知り、葛藤し自らの気持ちを押し殺す…。
とどめを刺そうと高速で向かってくる雷獣。
全身の激しい痛みで動けず、どうする事もできない。諦めかけ、悔しさが溢れる…。
ふとバチとすずの笑顔がうかんできた。握る刀につけられたリボンを見つめる。悔しさと寂しさが湧き上がってきた。二人の顔を思い出し、自分への情けなさで胸が苦しくなった。自ら顔を殴りつける。
吹っ切れた様子で立ち上がり、神力を放出した。これまで感じた事がない程の神力が、溢れ出す。六年間の修行で、出来る事のなかった神力の全解放についに成功した。
「俺は負けねぇ!!見といてくれ親父!!」
青い雷がゼンの周りにバチバチと音をたてて舞い散り、目前に迫る雷獣の体が、弾ける雷によって吹き飛ばされた。宙を舞う獣を追従し、抜刀の勢いで高く飛び上がり、まるで空を駆ける稲妻の如く切りかかる。
「…一閃…青ッ!!」
一閃を瞬時に何度も繰り出し素早い連撃を放つ。嵐の中を走る青い稲妻の様に不規則に飛び、その速さは雷獣を凌駕している。ゲンジですらゼンの神力に驚き、成長が信じられない程だった。
バリバリッ!!
ズバァ!!
ゼンの凄まじい落雷と抜刀で、雷獣は回避行動をとる。さらに速度をあげ、ゼンは残像が残る程の、目には見えない連撃を雷獣に命中させた。
キンッ!!
納刀の金属音が響く…。
宙で動かなくなった雷獣は、一瞬の間をおいて、身体がバラバラになり地へと落ちた。ゼンも体の力が抜け、地面へと落下し倒れ込む。
「ゼンッ!!」
勝敗を見極めたゲンジが駆け寄ると、傷まみれでボロボロの息子が横たわっている。腕で目を隠し泣いていた…。
「お前の勝ちだ…」
その優しい声を聞き、泣き声が漏れてしまうゼン。
「…今まで…ありがとうございました…師匠…」
涙を堪え、ゲンジは息子の頭を撫でた。
つづく




