悲しみを越え
季節は秋になり、冷んやりとした風が山全体を包みこんでいた。木々は紅葉を迎え、時折り強く吹く風で葉が落ちてゆく。
シュパッ!!
何十枚の落ち葉を一つも地に着地させる事なく、高速の拳で粉砕する青年の姿があった。
「おっしゃ!!」
元気な声でにっこり笑う。筋肉がしまって、とてもがっしりとした身体に成長した十五歳となったバチだ。
「親父!一枚も落とさなかったぞ!」
そう言い振り返り、ガクの方を見ると、大きないびきをかいて岩の上で寝ていた。
「見てなかったのかよ…」
不満げな表情になるバチだったが、殺気を感じ辺りを見渡す。ガクがいる方角から、よだれを垂らしながら勢いよく飛び出して来る人狼が見えた。父親目掛けて一直線に襲いかかる。
「あぶねぇ親父!!」
顔が青ざめ死に物狂いで向かうバチ。しかしあまりにも離れていたため、どうしても間に合わない。自分の無力でまた大切な人を失ってしまうのかと、すずの顔やガクの顔が頭の中をよぎる。涙を滲ませ必死に走った。
「やめろッ!!」
ガクに人狼の鋭い牙が届く寸前だった。
ドンッ!!
人狼は下半身だけを残し、吹き飛ばされた。ガクは寝ぼけながらに拳を突き出し、キョトンとした顔をしている。
「昼寝の邪魔すんなよ…ん?何泣いてんだお前?」
「…泣いてねぇよ!!」
無神経な父親に苛つくバチ。息子の異変を察するガクだったが、触れずに目を瞑る。
「俺はもっかい寝るからよ!ちゃんと修行しとけよー…」
そう言うと数える間もなく、いびきをかき出す。修行に戻るバチだったが、さっきの状況やすずの苦しむ光景が頭をよぎり、全く集中できなかった…。
「……」
しばらく立ち尽くすが胸の鼓動がうるさく、木陰で横になる。この六年間、幾度もこの気持ちになる度に苦しんできた。初めて修行をサボり自問自答するが、考えている内に寝てしまった。
バチ!!
呼ばれた声で目を開けると、真っ白な空間にいた。起き上がり前を見るとそこにはすずがいたのだ。
「すず!?」
「はいっ!すずだよ〜」
あの時のままの変わらないすずが優しい笑顔で答えた。バチはこの状況を理解出来ずに、目を見開き唖然としている。
「夢…だよな?」
「ん〜…?夢だけど夢じゃないよっ!私ずっとバチを見てたの!!ゼンもだけどね!!」
優しい笑顔で話す彼女の声や姿に、自然と涙が頬をつたう…。
「ずっと…会いたかった…」
「私もだよ…」
しばらくの間があり、すずが口を開いた。
「苦しんでるバチを見てたらね…すっごい怖い顔した神様が『行って来い』って私の背中を押したんだよ!!それで気がついたら今ッ!!」
昔と何も変わらぬ様子にバチは心が安らいだ。
話の内容はちんぷんかんぷんだが、すずに会えた事が何より嬉しい。
「俺…今修行してんだ…あいつを倒す為に…」
「うん…知ってる!それって私の為なの?」
バチにとっては当たり前の事だが、それを聞いてくるすずに笑みが溢れてきた。
「それ以外何があんだよ!絶対あいつだけは許さねぇ…」
「そっかぁ!でも私はそんな事バチやゼンにお願いしてないよ?私は二人に笑顔で元気に過ごして欲しいなぁ…」
すずの本心を聞き動揺するバチだったが、冷静に答える。
「そうかも知れないけどさ…よくわかんねぇけど…これだけは譲れねぇ気がして…大切な人が俺の前で奪われるのはもう…嫌だ!!」
「そっか…そうだよね…それなら…私ずっと応援してるよ!!バチの事もゼンも!!」
笑顔で拳を天に突き立てるすずを見て、何処からか勇気がみなぎってくる。
「あ…もう時間みたい…ずっと応援してるからね…また会えるといいな…」
そう言うとすずの身体が足元から光りだし、灰が舞う様に徐々に消え始めた。
「待ってくれ!!行かないでくれすず!!」
涙を流しながら懇願するバチを見て、すずも涙を流しながら笑顔でバチを抱きしめた。
「バチ…元気でね…ずっとずっと応援してる…」
「……ありがとう」
すずは消え、抱きしめた温もりもなくなった。胸にぽっかりと穴が空いたような寂しさだけが残る…。
気がつくと現実世界に居たバチ。やっと会えたすずとの二度目の別れだったが、何か心に温もりを覚え、決心したように立ち上がった。
「おっしゃッ!!」
夢ではなく、心が現実だといっている。修行をサボり、居眠りをしてしまったが、さほど時間は経っていないみたいだ。
「…ふぅ…」
心が静まり集中する事ができ、ゆっくり神力を解放してみると、明らかに今までとは違った。いつもは荒々しく黒い炎が揺らめくが、今は赤い炎が黒と混じり、二色の炎を放出している。
「なんだそれ!?」
声がし、振り返るとガクが立っていた。
「バチ!!お前の力はかわってんなぁ!!」
「俺だってわけわかんねぇんだよ!!」
笑うガクだが、バチは困った様に腕を組み考えている。
「んで?どんな気分なんだ?また苛つきが湧いてきてんのか?」
「いや…違う…なんか暖ったけぇ…」
すずと再会してから、自分の中に感じる温もりの正体は、分からなかった。
「ほ〜ん…ならいいんじゃねぇか?前みたいに暴れられても面倒だからな!!」
「あの時は悪かったよ…」
暖色の夕日が二人を照らし、馬鹿を言いながら帰路につく。
ー 翌朝 ー
鼓膜が破れそうな程の音で目を覚ましたガク。隣を見るとバチの姿はない。
「うるせぇなぁ…」
外では息子が修行をしていた。汗を流し、心なしか楽しそうにも見えた。今まで教えた技を繰り出し、大岩を吹き飛ばしている。ガクからしても綺麗な型だった。
「おい!!朝からうるせぇぞ!!先に祈りに行って来い!!俺は寝るッ!!」
「あっ悪ぃ!わかったよ!!」
バチは子供の様に叱られ、そそくさと階段を駆け上がった。心と体は軽く、いつも以上に気分がいい。頂上に着き祈るバチ。
「強くなりてぇ!!あ…その前に」
「ありがとう神様!!」
歯を剥き出し、無邪気に笑うバチに答える様に、辺りはまたあの白い空間へと変わった。
一瞬の出来事だが何回目でも慣れる事はない。
静かな空気の中、阿形がそこに仁王立ちしている。
「神様ってやっぱ優しいんだな!!すずと会わせてくれてありがとう!!」
「……」
すずから怖い神様と聞いて、阿形だと確信していたバチはすぐに感謝の言葉を告げた。
「誰が為に力を欲す…」
前回と変わらない問いをする神に、何も考えていないバチだったが、少し考え口を開いた。
「う〜ん…誰の為って言われても…すずに親父にゼンにゲンジのおじさんに…わかんねぇけど…皆だ!!何より俺の為に!!」
「……そうか…汝…人の守護者たらんと欲する者なり」
バチにはなんの事か理解出来なかったが、何故か神は満足そうな表情を浮かべている。
「では…来い!!」
そう言い放つと阿形は四股踏みし、戦闘態勢に入った。バチも構え、笑顔で応える。
「ありがとう神様!!」
二人の気持ちが一つになり、バチが神力を解放したと同時に、阿形も莫大な神力を放ち空気が重くなる。
「やべー!!神様!!勝てる気しねぇわ!!」
「……」
開始の合図はなく、阿吽の呼吸で壮絶な殴り合いが始まった。お互いの拳がぶつかり、バチの赤黒い炎と赤い炎が混じりあって宙を舞っている。培ってきた連撃の無双乱舞を放ち、高速の拳の舞いが炸裂する。上段、中段、下段へと繰り出される拳を、阿形は華麗にかわし、受け流していく。
「オラオラオラァ!!」
攻防が続き、激しくぶつかる。回避し技を次々と繰り出し、六年間の成果を全て出し切るバチ。連撃からの流れで、渾身の天地剛掌を放つが、神は避ける事なく全てをその身に受けた。
どれだけ殴り合っただろう…
意識が何度も薄れる程戦うバチだったが、神は倒れる気配が全くない。阿形は今までとは比較にならない程の神力を溜め始めた。バチは初めて目の当たりにする神の全力に、思わず息を呑んだ。白い空間の全てが真っ赤な業火に包まれ、その中心には鬼の形相をした阿形が立っていた。
「武の極地を受けよ…」
そう告げ構える阿形。バチは今にも倒れそうだったが、ここで何故か好奇心と、絶対に負けたくないという気持ちで心臓が大きく鼓動する。
「おっしゃ!!全力で受けてやるッ!!」
避ける事なく、神力を全て使い防御の構えをとるバチ。
ドガァァン!!
凄まじい音と共に、バチへと究極の天地剛掌が解き放たれぶつかる。
「クソッ…負けねぇッ!!」
激しく燃え盛る炎の突風が吹き荒れ、バチを襲う。全神力を使い全身を強化したバチだったが、とても受け止められる力ではなかった。あまりにも無慈悲な攻撃に、今にも倒れそうになる。しかし、ここで倒れるわけにはいかなかった。大切な人の顔が浮かび、皆笑顔で応援してくれている。
『頑張れ!!』
姿は見えないが、はっきりとすずの声がした。
吹き荒れる炎が止み、辺りが静けさを取り戻していく…。阿形は目を閉じ、仁王立ちしている。確かな手ごたえと共に、バチの神力がなくなったのを感じていた。
ゆっくりと目を開く阿形だったが、そこには驚くべき者の姿があった。
「……受け…止めた…ぞ…」
至る所に火傷をし、両腕が吹き飛んだバチが足を震わせ、今にも倒れそうになりながらも、確かにそこに立っていた。誰が見ても致命傷だった。それでも瞳には闘志が宿り、阿形を真っ直ぐに見据えていた。
「…天晴!!」
その言葉を聞き、一気に力が抜けて倒れ込んだ。意識が薄れ行く中、確かに聞こえた神の声。
「我は金剛力士!!仁王の阿形!!汝を戦士と認め、しばし力とならん!!」
つづく




