壊れゆく日常
すずとの約束を終え帰宅する二人。
初めての告白になんとも言えない気持ちのバチと、他人事にワクワク胸を躍らせるゼンだった。
「んじゃ応援しといてくれよ!」
「おう!楽しみにしとくぜ!じゃあな!」
それぞれの家に帰った。
家に着くと珍しく、ガクが外に立って何やら険しい顔をしている。
「親父ただいま!」
「あん?おっ!バカ息子いつまでウロウロ遊んでんだ!飯食うぞ!飯ー!」
バチも母の遺影にただいまと手を合わせるのが日課だ。食卓に座り二人でいつもの様にバカ話をしている。
「父ちゃんの飯うめぇだろ?」
「ふつうー!」
「チッ!生意気な!あ!今日は外出んじゃねーぞ!」
今日だけは約束できなかった。
普段は悪ガキのバチだが、親父が真剣な顔をしている時は言うことは聞いている。
「なんかあったの?」
「別になんもねぇんだけどよ…なんか嫌な気配がしてな」
「ふ〜ん…」
約束を守る気はないので微妙な返事ですませた。
ひと通りやる事を済ませ、抜け出す用の靴を持ち自分の部屋に戻る。
「すずなんて言うかなぁ…」
不安と期待を胸に頃合いをみて裏口から脱出した。外はすっかり暗くなっていたが、前にゼンと行った洞窟探検用の光虫ランタンを持って来ている。
「暗いな…すず一人で来れるかなぁ?」
滝につくと彼女はもう居た。
「おそーい!か弱い女の子をいつまで待たすの!」
「わりぃ!早く出たつもりだったんだけどな」
笑顔の彼女に照れるバチ。
一方、二人の後方では事の次第を観たいゼン少年がコソコソとスタンバイしている。
「綺麗だなここ」
「うん!夜は光虫がいてロマンチックで好き!」
しばらくの間何気ない会話で盛り上がっていた二人だった。
ー 一方その頃 ー
「おしっ!終わりー!」
ガクは一日の家事を終え、妻の写真の前で晩酌をしていた。
「晩酌付き合ってくれな…もうバチも九歳になったぞ!」
寂しげに話し、息子の寝顔を見に行った父親だがそこにバチの姿はなかった。
その時だった、辺りを強烈な寒気が覆い尽くし、全身に鳥肌が立ったガクは、ただならぬ表情で家を飛び出す。
すると慌てた様子のゼンの父親と出くわす。
「ゲンジッ!!バチ見てねぇか!?」
「ゼンもいないんだ!!これはかなりヤバいぞ!!」
「あぁ…何かとんでもねぇのが近くに来てる…」
この村で事態の大きさに気付いているのは二人だけだ。
「ガク!とりあえずこの気配の奴の所にいくぞ!!」
「おぅ!早くしねぇとあいつ等がヤベェ!!」
ー その頃 ー
世間話で切り出すタイミングを失ってしまったバチ。早くしろよとニヤつく親友。モヤモヤした気持ちに包まれる。先に喋り出したのはすずだった。
「ねぇ?そう言えば大事な話ってなんなの?」
「あー…それなんだけどさ…えっとー…」
「俺さ…夢の話になった時にさ…冒険に出たいって言ったじゃん?」
「うん!ゼンと二人でね…」
思い出して少し寂しげな表情だ。
「やっぱりその夢やめる!!」
「えっ?」
驚く彼女だがバチが続けて言う。
「俺すずともずっといたいんだ!!」
「大人になったらさ…俺と…けけけけっ」
「け??」
「結婚してくれー!!」
驚きのあまり言葉を失う彼女だったが、涙が頬をつたっていた…。それほど大事に想ってくれたからだ。
「そんな大事な夢諦めてでも一緒にいたいの?」
「うん…ずっと一緒がいい…」
「夢は…諦めなくていいよ…そのかわりに私も一緒に行くから!!」
「大人になったら結婚しよ!!」
「いいよっ!!」
バチは喜びのジャンプをし、勢いあまって滝壺に落ちた。笑い合う二人と、木陰でガッツポーズをするゼン。
その時だった…月が消えた。
実際に消えたのではなく、頭上を何か大きな物がさえぎったのだ。その何かを口を開け放心状態でみつめる三人。
「……!!」
ドゴォォン!!
地響きとともに7メートルはあるであろう黒い塊が彼らの前に降り立つ。わけがわからなかった。人型の白い顔で口が裂けている…。その何かは選ぶようにキョロキョロし、すずを鷲掴みし滝の中腹にある岩の上に飛び立つ。
「やめろぉぉーー!!」
バチは必死に叫ぶ。
ゼンも飛び出して叫ぶ。
その何かは二人の方を見ながらニタァっと薄気味悪い笑顔をうかべていた。
「…やめてくれ…」
彼女の苦しそうな表情を見ても、どうすることもできない。
涙をボロボロ流しながら神に祈る二人。
「だ…いじょ…ぶ…だよ」
「にげ…て…」
苦しみの中、彼女は二人を心配させまいと穏やかな笑みを浮かべた…。
ボキッ!!
バキバキッ!!
頭が真っ白になった…。
意識が飛びそうな程に頭がおかしくなりそうだった。これは現実じゃない…何度も自分達にいい聞かせた。
吐き気がしても。
泣き叫んでも。
何も変わらない…。
黒い何かは喰ったのだ…。
何よりも大切なすずを…。
ブチッ!!
何かが切れる音がした。
恐怖と悲しみが怒りに変わった…。
「殺してやる…殺してやるぅぅ!!」
二人は頭の中がぐちゃぐちゃになって、気がつくと化け物に向かって走っていた。無我夢中で殺す事だけを考えている。
その時だった
目に見えない速さで横を通り過ぎる人物と共に声が響いた。
「ゲンジッ!!」
「任せろっ!!」
二人の父親達だった。
ドゴォォン!!
轟音とともにガクが凄まじい一撃を放つ。予想だにしない奇襲に、化け物の身体は半分が吹き飛び、元すずだった物を落とす。
バチとゼンは理解する間もなくゲンジに担がれ村の方に連れて行かれる。
「はなせっ!!」
「はなせよクソ親父!!」
暴れる二人を下ろし悲しそうな表情でゲンジは言った。
「…ごめんな」
それがその日の最後の記憶だった…。
どうやら二人とも気絶させられたようだ。
ー 翌朝 ー
目が覚めるとそこは自分の部屋だった。
外を見ると何事もなかったかの様な日常がそこにはあったが、自分に着いた傷や泣きじゃくりすぎて腫れた目を見て、昨夜が現実だと実感してしまった…。
「……」
扉が開きガクが入ってきた。
「…起きたか…その…すずちゃん…助けられなくて…ごめんな…」
「……」
かなり怪我をして疲れた様子だ。
それから村総出で彼女の葬儀をとりおこなう事になり、皆悲しみに包まれる。
葬儀は進み、そこにはゼンの姿もあったがお互い一言も話す事はなかった。
彼女の両親のもとに向かう親父について行き、悔やみの言葉と謝罪を口にした。
「…助けてやれず申し訳ございませんでした…」
ガクが続けて話した。
「それと…これなんですが…これしか取り返せませんでした」
そう言い差し出したのは、壊れた二枚貝の手鏡と青い石だった。
それを見たバチは涙が溢れて止まらない。
彼女の母親が震えながら声を振り絞る。
「バチ君…これはあなたがすずにくれた誕生日プレゼントだったわね…」
そう言うと、怒りの表情になり手の平を振り上げるが感情を押し殺して言った。
「あの子はあなたと居ると本当に楽しそうだったのよ…ありがとう…これはお墓に置いておくわね」
バチの心は壊れる寸前だ。
「申し訳ございませんでした…」
ガクがそう言うと、葬儀を後にし自宅に帰った。
自室で布団にくるまって必死に考えるのをやめようとしたバチだったが、どうしても考えてしまう。
いても立ってもいられなくなり家を飛び出した。
それを見ていたガクだったが、どうする事もできずただ見守ることしかできなかった。
「……」
外はすっかり夕方になっていて、昨夜起きた惨劇が嘘のように穏やかだ。
すずを探すように村を抜け出し、最悪な思い出の場所となってしまった滝に来た。ここも何事もなかったように穏やかだ…。
滝壺に座りこんだ。
足元に何か帯の様な物が流れつき、拾い上げてみるとそれは彼女が髪の毛を結ぶのに使っていた赤いリボン…。
リボンを二つ拾い、滝を見ながらうつむく。
「すず…」
バチはポケットにしまい、そのまま帰らず三人で毎日のように遊んだ落書きだらけの広場に向かった。
するとそこにはゼンが一人でうずくまっている。
バチは彼のもとに歩みよったのだった…。
つづく




