村の少年バチ
この世界には十体の悪魔が存在していた。
悪魔の力は強大で、気まぐれに現れ人を喰らう…。人類はなす術なく怯えて過ごす日々を強いられた。そこに力を持った四人の英雄が現れ激しい死闘の末、五体の悪魔の討伐に成功する。人々は歓喜し世界は救われるかの様に思われたが、伝説の英雄達は忽然と姿を消した…。
ー そして現在 ー
ずっとこのままで居たかった……。
穏やかな森に、絵に描いたような騒がしい足音と、何かを威圧する声が響きわたる。
少年の名は一色バチ、九歳。イノシシを追う…
「ウォォォ〜!!」
「まてコラァ〜!!」
元気の塊の様な容姿をしたツンツン頭が木の棒を持ち、イノシシを追い回している。それを呆れた表情で静観する人物。
「……」
「バチさぁ…」
イノシシを夢中で追いかけるバチだったが、ふと聞き慣れた声に我に返り、渋々声のする方に視線をやる。侍を思わせる白髪を束ねた親友の不知火ゼン。
「ん?ゼンじゃん!今ちょっと忙しいんだよ!」
「どこがだよ…そんな事よりお前なんか忘れてる事あるんじゃないか?」
ゼンに言われ、追いかけたい気持ちを落ちつかせるバチだった。その表情を見てニヤつく親友。段々と顔から血の気が引いてくる。
「絶対約束だからね。忘れたら怒るんだからね!」
頭の中にそのフレーズが流れる。何度も流れるその言葉を背に、青ざめる表情になるバチと、ニヤけの止まらないゼン。
「ヤベェ!!」
すずの誕生日で一緒に遊ぶ約束をしていた日だ。なかった事にしたいと思っても無駄だった。逆に冷静さを取り戻し、ゼンに行こうと言った。
「すず怒ってるかなぁ?」
「そりゃそうだろ…でもまぁ、いつもの事だし」
とりあえず村に向かって歩きだす二人、バチは小石を見つけては蹴り飛ばし、その道中謝罪の言葉を考えていた。山の斜面を利用したコンクリート造りの建物が、棚田の様に並んでいる。何故か村には鳥居がいくつもあり、入り口にはストリートアートの落書きが書いてある、もちろん犯人はバチとゼンだ。
「おいバカ息子ども」
正面から呼ばれ見るとそこには勇ましい男が二人立っていた。バチとゼンの父親達だ。後ろには大きなイノシシ型の魔物が横たわっている。この男達は腕っぷしが異常なほど強く、村周辺の魔物退治を任されている。
「お前等また二人で悪さしてんじゃないのか?」
「してねぇって」
声を揃えて否定する二人だったが、それを信じるかとばかりの表情。バチとゼンの父親同士も生涯の友だ。
「ったくよ親の顔がみてみてぇな」
そう言うゼンの親父に対しムキになって言い返す。
「あん?目の前に居るだろうが?なんか文句あんのかコラ!」
取っ組み合いを始めた二人を背に、息子達は呆れた顔でまた歩きだした。
「そう言えばすずの誕生日プレゼント用意してんの?」
「あたりまえだろ!誰だと思ってんだよ」
自信満々な表情で伝えるバチだが、言葉とは裏腹に空元気を察するゼン。
「あ〜もうめんどくせぇ!考えてもいい謝り方思いつかねぇ」
投げやりな言葉を吐く親友にゼンは溜め息をつきながら言う。
「どうせいつもの事なんだからすずも許してくれるって。バチがどんな奴か俺とすずが一番よく知ってるんだから」
「そうだよな…そうだよなっ!」
さっきとは別人がそこにいた。急に走り出し、村の商店に駆け込み手招きをしている。
「おばちゃんアイス二つ頂戴!ゼンほら、食えよ」
「はぁ?なんで二つなんだよ?」
「まぁ見とけって」
急いで袋を開けむしゃむしゃかじりつく。
食べ終わったバチは、ニヤリと笑っているがゼンはなんの事だかわかってないようだ。
「んで?」
「ジャーン!当たりだ」
何処からその自信が来るのかわからないが、いつもこういう時の勘は昔から良く当たるのである。商店に入りアイスを一本持って出てきた。
「これすずのな」
無邪気な笑顔につられてゼンも笑顔になる。
ふざけながら約束の場所に差し掛かる間際、
バチが脚を止め行く手を阻む。
「俺達親友だろ?怒られる時は一緒だかんな!」
「はぁ?ふざけんなよ!お前一人で怒られろ!」
小声にしては大きな声で小競り合いを始める
二人であったが、流石にやりすぎた。いつも三人で遊んでいる秘密基地の広場から聞き慣れた声がした。
「あ〜っ!!」
ビクッとする二人。
観念し頭を掻きながら申し訳なさそうに歩む。親友はニヤニヤして後に続く。頬を膨らませる彼女は幼馴染の高梨すず。
「約束したよねッ!!」
「……」
「や・く・そ・くしたよねッ!!」
追い詰められる姿を見て腹を抱えて笑う親友。横目で覚えてろよと言わんばかりの表情を浮かべながら淡々とお説教を受ける。
「私…楽しみにしてたんだからね…」
悲しそうな顔をする彼女に対し、酷い事をしてしまったと後悔した。少しの沈黙がありバチが口を開いた。
「すず…ごめん…俺忘れっぽくて…大事な日なのに…本当にごめん…」
真剣な謝罪をするバチ。
その空気に耐え難い気持ちになったゼンであったが彼は何も悪くない。
「うそだよ〜ん!予想通り忘れると思ってたよ〜!ゼンはバチを探してくれてたんでしょ?」
その言葉で二人はどれだけ救われた事だろう。
重い空気は一瞬で過ぎ去り、完全に笑顔を取り戻した。しばし説教を静観していたゼンだったが、ホッとして言う。
「ほらな!俺とすずが一番お前の事わかってんだよ」
「でも寂しかったのは本当だよ…」
すずの本音が見えた…。
バチは罪悪感が再度込み上げ、胸が締め付けられた。
「すずが大事なのは本当だからっ!!コレッ!すずのアイスだぞ!」
「ふふふ、ちょっと溶けてるじゃん!ありがとねっ!!」
笑顔になった彼女を見て二人は顔を見合わせ安堵した。
「でも二人と食べたかったな…」
「ん?」
小さな声で何を言ったか聞き取れなかった二人であった。
「なんでもな〜い!」
さほど気にはせず、何をして遊ぶか話し合い始めた。今日は、すずの誕生日で主導権を持っているのは彼女だ。そこでやっと大事なことを思い出した二人であった。
「あッ!!」
「誕生日おめでとう!!」
勢いよく二人で言った。
急に驚いた彼女だったが、素直に喜んだ。
「ありがとっ!!」
三人で笑顔になった。これでいつもの日常に戻れた気がする。ポケットの中をガサガサ探りながらすずの前に立つバチとゼン。プレゼントは忘れずに用意していたようだ。
「嬉しいかはわかんねぇけどコレは俺からな」
ゼンからは、綺麗な二枚貝の鏡だった。
喜ぶ彼女がお礼を言おうとしたタイミングで今度はバチが話しに割り込み差し出す。
「ここここれ…プ、プレゼントだ!大事にしろよ!」
贈り物を見てゼンは驚いた。
それはバチが、大切にしていた透き通った青色のとても綺麗な石。家宝にすると騒いでいたあの宝を手放すからだ。
「わぁ…綺麗〜!!二人ともありがとう!一生大切にするね!!」
瞳をキラキラにし、とても嬉しそうな彼女を見て満足げな二人だった。
「なぁ、あの石宝物じゃなかったのか?」
「だって親父が、女はキラキラ光った物が好きだって言うからさ」
何をあげればいいか迷った末に、家宝を選んだ様だ。コソコソ話していると、彼女が割って入って来た。
「じゃあ今日は、私をお姫様だと思って大事にしてね!二人は執事よ!」
「まじかよぉ〜!!」
約束を忘れた件や、悲しませてしまった事を考えると二人に拒否権はない。潔く彼女に付き合う事にした。
「思い出の場所に全部行って遊ぼっ!!」
「……」
「かしこまりましたお姫様…」
「いくわよセバスチャン!今日くらいいいよねっ!!」
「誰だよセバスチャンって!」
普段村の外は危険だと大人達に止められているが、この悪ガキ達には関係ない。いつもはそれを止めるすずだが、今日は率先して前を歩く。それから三人は思い出巡りの旅に出た。旅と言っても村周辺の事で最初に行ったのは川だった。ここは彼女が溺れ二人に助けられた苦い思い出のはずだ。
「この場所覚えてる?」
「覚えてるよ!すずが溺れてめちゃくちゃ焦ったもんなゼン!」
「あの時はまじで焦ったよな!すずはもう来たくないと思ってたけど?」
「うん!嫌いだよ!それでも今日は全部行きたいの!」
「変わってんなぁ〜」
思い出話に花を咲かせ、どんどんと次の場所を巡る。最後に秘密の滝壺に行った。水面が照らされ綺麗だ。彼女にとってお気に入りの場所である。
「やっぱり最後はここだよね!私ここが一番好き!!」
「いつもの空き地もいいけど、やっぱ別格だな!バチにはこの良さがわかんねぇだろうけど」
「そんな事ねぇよ!こぉ〜…なんか…アレだよ!!」
ゲラゲラと笑い合い楽しそうな三人だったが、思い出巡りの旅は日が沈む前にお開きとなった。帰り道バチが犬の糞を踏むアクシデントに見舞われた。村に到着しいつもの遊び場に行った。
「やっぱここが一番落ち着くな!!」
そう言うゼンに皆頷く。
壁には三人で書き殴った思い思いのストリートアート、瓶ケースの椅子、ボールがある。
「楽しかったかすず?俺は楽しかったぞー!」
「うん!人生でいっちばん楽しい日だったよ!!」
それから日が暮れるまで談笑した。
夢の話になり、三人で夢を語り合う。
「俺はさ〜、まだ見た事ない世界を自由に探検してみてーな!!ゼンもくるだろ??」
「おう!強い魔物とかと戦ってみたいよなぁ〜!!デッカい奴とかさ!!」
それを聞いた彼女は少し切ない顔をしてバチのくれた青い石を夕日にかざしながら言った。
「私は…皆とずっと一緒に居たいなぁ…」
少し離れた場所で、妄想の魔物に素振りをするゼン。彼女の横に座るバチは、夕日を見上げる彼女を見て全身が硬直し、まるで自分に雷が落ちた様な感覚がした。初恋だ。
「ヨシ!」
そう言い彼女は立ち上がった。
「そろそろ帰ろっか!セバスチャン屋敷まで送ってねっ!!」
「はいお姫様!!」
二人は口を揃えて貴族ごっこに付き合った。
彼女を家に送る道中やけに静かなバチを見てゼンが不思議そうな顔をしている。
「どうした?えらく静かじゃね?」
「なんでもねぇーよ」
そうこうしているうちに、彼女の家についた。
「二人ともありがとっ!今日は最高に楽しかったよ!!」
「おう!また明日な!」
後は帰るだけだが、ゼンは気になり問いかけた。
「んで?」
「俺さ…」
「恋したかもしんねぇーー!!」
大きな声で叫ぶバチに驚いたゼンだったが、今までの彼の行動を見て今更かよとバチが全く気づいてなかった事に呆れていた。
「お前…今までそれに気づいてなかったのか…?とっくにわかってたよ」
「え?ゼンわかってたのか?預言者かよ!俺でも知らなかったのに」
いつもの事だと改めて彼の鈍感さを痛感させられた。
「どうすんだよ?告白すんのか?」
バチは少し悩み、決心した表情に変わった。
「する!好きって伝えるよ!!」
「さすがだぜ相棒!んでいつすんだ?」
楽しい事が起こりそうだと喜ぶゼンが決行日をたずねる。
「…今日だ!!!」
「早ぁぁー!!!まぁいいけどよ、こういうのはムードってのが大事らしいぞ!」
「なんだそれ!美味いのか?」
お互いよく分かっていない様子だが、ゼンが言うには綺麗な場所などで告白すると、成功する確率が上がるらしい。
「ナイスだ!ならいい所がちょうどあんじゃねーかっ!ちょっと待っててくれ!」
バチはそう言いすずの家に走り出し勢いのまま叫んだ。
「すずー!!」
もう日も暮れる間際だ。
何かあったのかと彼女は急いで玄関を開けた。
「どうしたの?」
「…今晩さ!飯食ったら内緒で抜け出して、もっかい滝に来てくれよ!!」
「え?無理だよ〜!怒られちゃうよ〜!」
「大事な話があるんだよ!今日は特別な日だろ?」
強引なお願いを断ることができず彼女は渋々頷いた。
「約束だからな!後でな!」
「うん!またね!」
清々しい気持ちでゼンの所に戻った。
「おっ!すずなんだって?」
「バッチリだよ!飯食ったら抜け出して滝で会う!応援しといてくれよ!」
いい情報を聞いたとばかりに彼はニヤリとする。こっそり着いて行って茶化すつもりのようだ。
ー 一方その頃 ー
「ヨイショーッ!」
バチの父親、一色ガク。三十歳。晩ご飯を作っている様だ。
「出来たー!ってあのバカ息子まだ帰ってねぇじゃねーか!」
ガクは居間に行き手を合わせる。そこにはバチの母親の遺影。
「今日も一日何事も無く元気に生きてるぞー!バカ息子も元気だぞー!」
これがガクの日課。妻の前でニッコリ笑うガクだが、ふと外が気になり空を見上げ眉間にシワを寄せる。
「あん?なんだ?なんか来てんのか?嫌な予感がするな…」
同時刻、ゼンの父親不知火ゲンジもただならぬ気配を感じとっていた…。
つづく




