第9話 雨に値札をつける者
食料隊商は、夜明けより先に音で来た。
乾いた街道を鉄輪が叩き、騾馬の鈴が東門の石壁へ反響する。夜番の鐘が鳴ると、眠っていた者たちが敷物を蹴って起きた。門が開くころには、受入れ待ちの天幕も、屋根直しの足場も空になっていた。
十二台の荷車が、朝焼けの中を一列で近づいてくる。
先頭車の横を、濃紺の長衣を着た女が馬で進んでいた。
「帰りの商売ができたようね」
ナディア・セレムは馬を下りると、挨拶より先に受水庭を見た。吐水口に桶の列があり、周囲では二百人を越える人間が、まだ火の入らない朝の鍋を抱えている。
「見ただけで分かるのか」
カイが言った。
「商人は、載っていない物を見る」
以前と同じ答えを返し、ナディアは後ろの車を示した。
大麦が五台。乾燥豆が二台。塩、乾燥果実、煮炊き用の油が一台ずつ。残る二台には水路用の綱と鉄具が積まれ、車列の後ろを乳用の山羊二十頭が歩いていた。
歓声が上がった。
昨日まで薄い豆汁を啜っていた者たちが、膨らんだ穀物袋へ手を伸ばす。輸送担当が慌てて縄を張り、荷車との間を空けた。粉の匂いなどしない。封じた麻袋からは、乾いた穀粒と倉庫の埃の匂いがするだけだ。それでもカイの腹は、温かい粥を思い出して縮んだ。
「倉庫へ入れよう」
カイが言うと、ナディアは先頭車の御者台から巻いた羊皮紙を取った。
「その前に、値段を決める」
「積荷の値か」
「道の値よ」
羊皮紙には、旧帝国共通語で細かな条文が並んでいた。カイが一人で読める範囲を越えている。差し出されたものを受け取らず、ミラを呼んだ。
ナディアは待っている間、荷を解かせなかった。
山羊が鳴き、門内では空の配給鉢を持った子供が母親の裾を引いた。
*
交渉は再建評議会の卓で始まった。
六席の後ろには住民が立ち、天幕の外には隊商の御者が並ぶ。荷車は門前に停めたままだった。朝日は高くなり、麻袋の上へ掛けた覆い布が白く光っている。
ミラが契約書を読み上げた。
隊商組合は、タルサへ定期的に食料、家畜、修理資材を運ぶ。その対価として、商用家畜と隊商員が待機せず使える泉の優先枠を得る。東門近くの旧税倉庫一棟を組合専用として使う。ネレイからタルサ、西峠までの隊商取引は、三年間、ナディアの属する組合だけに認める。
「水源は私有できない」
ファリヤが言った。
「所有を求めてはいない。優先して買う権利よ」
「列の先へ入る権利を三年買えば、水を持っているのと同じだ」
「隊商の動物が半日待てば、次の便は一日遅れる。一日遅れれば、あなたたちの食料も一日減る」
ナディアは声を荒らげなかった。卓の上で計算玉を三つ動かした。
「十二台の車、二十四人の御者と護衛、騾馬三十六頭。穀物を先に買い、運賃を払い、帰り荷がない危険を私が負った。独占期間がなければ、二便目に別の商人が安全になった道だけ使い、私より半ドラム安く売れる」
「だから他の商人を閉め出せと」
オルムが睨んだ。
「危険にも値段があると言っているの」
天幕の外から、食料を入れろという声が上がった。
その声を聞いて、カイは羊皮紙を見た。
断れば、十二台分の食料が門前で東を向く。次のヴァラド便が予定どおり着いても、人口二百人を越えたタルサに余裕はない。車輪が折れ、橋が落ち、ネレイで穀価がもう一段上がれば、最初に減らすのは働く者の粥になる。
受ければ、飢えは遠のく。
その代わり、ナディアの組合が、水を飲む順番と街道を通る商人を決める。三年後には、泉の水量を一番よく知るのも、倉庫を満たせるのも、一つの組合だけになる。
サーレク家がネレイでしていたことと、呼び名が違うだけだった。
「一刻休む」
カイは言った。
「食料は?」
外の誰かが叫んだ。
「まだ俺たちの物ではない」
答えると罵声が返った。
ナディアは計算玉から指を離した。
「一刻後も、荷はここにある。ただし山羊の水は売ってもらう」
「公の鉢から、旅人の最低分は取れる」
「商用の家畜は」
「有料だ。今の規則どおりに」
彼女は初めて少し笑った。
「交渉中でも規則を変えないのね」
*
カイとミラは、旧税倉庫の空室へ入った。
屋根の穴から光が落ち、床には二十三年前の量目印が残っている。壁際には壊れた天秤棒があった。
「独占は断る」
カイが言った。
「断った後は?」
「ヴァラド便まで配給を減らす。ナディアが東へ戻るなら、橋まで護衛して——」
「それは対案ではありません」
ミラは契約書の裏へ線を引いた。
「彼女が欲しいのは、善意への感謝ではなく、二便目を出しても損をしない予測です」
「三年間、他を閉め出さずにか」
「こちらも、明日だけ安く売って二度と来ない商人より、次の月も来る荷車が要ります」
ミラは水量記録の板を横へ置いた。
地下泉の日量。沈殿と濾過で失う分。治療、最低生活、修理、母水。その後に残る、隊商と家畜へ売れる量。
「隠すから、優先枠を買う者が出ます。売れる水量を先に公開します」
「足りない日は」
「公開した配水順どおりに減らす。誰の隊商でも同じです」
カイは壊れた天秤を見た。
重さの違う二つの荷を釣り合わせるには、片方を捨てる必要はない。支点の位置を変えればいい。
「道の危険を、ナディアだけに払わせない」
「護衛を出しますか」
「東の仮橋から西の里程標まで、登録した隊商に斥候を付ける。通行料は一台ごとに固定する。橋と井戸と護衛の費用に使い、帳面を公開する」
「倉庫は」
「一棟を渡さない。区画を一月貸す。空きがあれば、同じ料金で他の商人にも貸す」
ミラは書きながら、最後に期間を尋ねた。
「一月」
「短いですね」
「俺たちも、商売を知らないまま三年を約束できない。ナディアも、雨が来る前の町に三年を賭けなくていい。一月後、運んだ量と事故と利益を公開して改めて決める」
ミラは筆を止めた。
「独占を断るだけの文書ではなくなりました」
「何になった」
「他の商人も、同じ危険と同じ料金なら道を使える約束です」
*
一刻後、ミラが対案を読み上げた。
タルサは、生命、治療、水を増やす修理、最低生活、備蓄の後に残る商用水量を、毎朝掲示する。売水の順番は到着登録順とし、組合や商人による優先は設けない。
登録隊商には、東の仮橋からタルサを経て西の里程標まで斥候護衛を付ける。一台ごとの試験通行料を固定し、その収入と支出を公開する。税倉庫は区画ごとに同額で貸す。
契約は一か月。同じ料金、同じ水量、同じ検査を受けるなら、別の商人も参加できる。
ナディアは途中で口を挟まなかった。
読み終えると、荷車十二台を一台ずつ見た。最後に、天幕の外の住民を見た。空の鉢を持つ者、石灰まみれの職人、壊れた家の影へ日除けを張った家族。昨日までタルサになかった買い手が、今は二百人以上いる。
「私が最初に直した道を、次の商人も同じ料金で使う」
「そうなる」
カイは答えた。
「私の荷車が襲われたら」
「契約した区間では、タルサの斥候が守る。襲撃と損失を記録し、次の通行料に反映する。守れない区間を安全だとは書かない」
「穀価が上がったら、安値を強制する?」
「しない。量目と価格を掲示し、同じ日に客ごとで変えないことは求める」
「一月後、あなたたちが独占を認める可能性は」
「ない」
ナディアは息を吐いた。
「交渉が下手ね」
「そっちは、食料を門前に置いて聞くことじゃない」
「だから答えが信用できる」
彼女は自分の契約書から三年間の条文へ線を引いた。泉の優先枠と倉庫一棟にも線を引く。
代わりに、一か月の試験通行、公開水量、固定料、護衛の条文へ署名した。
「一度の高値より、毎月来られる市場を買う」
ナディアは印章を押した。
評議会の六席も署名した。
そこで初めて、荷車の縄が解かれた。
*
旧税倉庫の扉が開き、量目を確かめた袋から大麦が配給所へ運ばれた。乾燥豆は共同炊事場の鍋へ落ち、昼過ぎには濃い湯気が上がった。
ナディアの帳場では、積荷ごとの価格が板へ書かれた。タルサの書記が量目を記録し、その隣でネレイの商人が代金を記す。どちらか一冊だけが真実にならないよう、同じ数字を二つの帳面へ残した。
カイは護衛割を組んだ。隊商が来るたび人を取られれば、水路工事は遅れる。それでも、壊れた井戸と橋を商人だけに越えさせ、到着後に通行料だけ取ることはできない。
利益は、水を奪う手にもなる。
だが、次の荷車を走らせ、橋を直し、斥候を雇う力にもなる。誰がいくら払い、何を受け取るかを先に決められれば、その力を公の道へつなげられる。
夕刻、ナディアの斥候が西峠から戻った。
男は隊商の外套を着ていたが、報告の前にカイとバシュへ周囲を払うよう求めた。
「峠の北側に、商人を名乗る六人組がいる。荷は毛布二束だけ。売り物より、測り鎖と杭が多い」
「境界を測っていた連中か」
カイは、タルサの西で見つけた黒い樹脂の杭を思い出した。
「同じ鉄覆いです。馬の並べ方と夜番が兵隊だ。こちらの荷車数と、泉までの日数を聞いて回っている」
バシュが地図の西峠へ指を置いた。
「偵察だな。水が戻ったと確かめに来た」
雨の帰還を読んだのは、タルサだけではなかった。
翌朝、試験契約による最初の共同隊商が東へ出た。タルサの荷車二台を加え、ナディアの空車へ修理注文を積み、斥候四人が仮橋まで護衛する。
正午前、そのうち一人が馬を潰しかける速さで戻ってきた。
「街道井戸を使うな!」
門をくぐるなり、斥候は叫んだ。手にした水袋を地面へ投げる。
栓が外れ、黒ずんだ水が砂へこぼれた。
死骸と、灯火用の油の臭いがした。




