第8話 人が来れば水が減る
東門の外に、朝から荷車の列ができていた。
荷台には寝具、工具、煮炊きの鍋。車輪の間には歩き疲れた子供が座り、日除け布の下で老婆が目を閉じている。石工は槌を腰へ吊り、織り手は巻いた敷物を抱え、家畜商は細った山羊を縄でつないでいた。
壊れた門楼の上から見れば、その列は町へ血が戻ってくるようだった。
カイは嬉しかった。
第一月の終わりまで、タルサの朝に響く音は槌と滑車ばかりだった。今はそれに赤子の泣き声、値を争う声、平焼きパンを石板へ貼る音が混じる。空き家の戸口には布が下がり、二十三年閉じていた煙出しから細い煙が上がっている。
「次の組を入れてくれ」
門番へ言うと、横にいたミラが帳面を閉じた。
「入れられません」
「まだ日が低い。登録なら昼までに終わる」
「登録する場所がありません」
門内の天幕では、昨夕着いた者たちが名と職能を申し出ていた。列は受水庭の端まで続いている。壊れた壁の影には荷物が積まれ、通路の中央で山羊が糞を落としていた。
タルサの住民は、その朝の登録で二百人を越えた。
水は出ていた。地下泉から細水路へ入り、沈殿槽を通った水が、一日に必要な飲用分を満たしている。だが、人数を帳面の末尾へ一行足すたびに、パンと豆は一人分ずつ減った。寝場所は壁一枚分狭くなり、便所の穴は早く満ちた。
「西の主水路に、あと三十人要る」
カイは列の中にいる石工と木工を見た。
「雨までに受水庭を三つ生かすなら、今の人数では遅い」
「人を増やせば、増えた人が水路を直してくれる。人を増やせば、増えた人が水を飲み、食べ、眠り、捨てる」
ミラは淡々と言った。
「後半だけ数えていません」
カイが答える前に、受水庭の方からダリヤが来た。革手袋を外す暇もなく、右手に土の付いた木杭を持っている。
「執政官。南の仮便所を止めろ」
「何があった」
「昨夜来た連中が二本、勝手に穴を掘った。片方は古い排水溝の真上だ」
ダリヤが杭を地面へ突き立てた。
「あの排水溝は割れて、下の貯水槽へつながっている。今すぐ埋め戻せ。次に雨が降れば、人の汚物を泉へ流し込むぞ」
門外で赤子が泣き出した。
列の先頭にいた男が、荷車から降りてきた。日に焼けた指に、車大工の黒い油が染みている。
「いつまで待てばいい」
「日暮れまでには決める」
カイが答えると、男は荷台を振り返った。
「母はヴァラドで三日待った。ここでも門の外か。水が戻った、職人を呼ぶと言ったのは、あんたたちだろう」
そのとおりだった。
報告を受けたヴァラドは、最初に修理職人と働ける家族の移住を認めた。ネレイからも、泉の噂を聞いた者が自分の食料を積んで来た。評議会は一日ごとの到着人数を求めていたが、伝令より人の方が早かった。
「水はある」
男は言った。
「井戸町で、水があるのに入れないのか」
「水だけで町にはならない」
口にした言葉は、ダリヤの言葉を借りたものだった。それでも、門を閉じたまま言えば、言い訳に聞こえた。
「正午まで待ってくれ。日陰と水は門外へ出す。ここに来た順番は崩さない」
男は納得しなかった。だが、荷車へ戻った。
*
カイはダリヤと斥候を連れ、城壁内を一周した。
空き家ならいくらでもあるように見えた。屋根が残っている家は少なかった。梁が白蟻に食われた家、夜の冷えを防げない家、地下室に塩水が溜まった家。壁だけを数えれば百世帯が入る。今夜、人を寝かせられる場所は二十世帯分もなかった。
北壁沿いでは、昨日来た染工が染料壺を開けていた。鮮やかな赤い水が路地へ流れ、子供が裸足で跨いでいる。
「止めろ。その水をどこへ流すつもりだ」
「工房を使っていいと言われた」
染工は、戸口に貼られた条件付き使用の木札を示した。
「仕事をしなければ食えない。仕事をすれば止められる。どっちなんだ」
カイには答えがなかった。木札には、屋根と炉を修繕し、共同負担を果たすことしか書かれていない。染め水を捨てる場所までは決めていなかった。
西の中庭では日陰を巡って二家族が争っていた。一方は先に敷物を置いたと言い、もう一方は幼い子供が熱を出したと言う。治療係が子供の首を濡れ布で冷やしていた。病ではない。日差しと疲労だった。
古い穀倉の前では、輸送担当が残りの袋を数えていた。
「同じ量で配れば、十二日」
「次の便は」
「ヴァラドから十日後の予定だ。荷車がそろえばな」
「減らせば」
「働ける者から倒れる。今だって豆の汁は、鍋の底が見えるほど薄い」
水場では桶の列が伸びていた。水量そのものは足りている。だが、一つの吐水口へ人が集まり、順番を抜かした、桶が大きすぎると口論になる。その隣で、修理用の石灰を練る桶が空のまま待っていた。
カイが欲しがった三十人が来れば、水路工事は進む。
その三十人のために、便所を掘り、屋根を直し、配給を量り、争いを止める者が要る。さらにその者たちの水と食料が要る。
門楼から見た列は、町へ戻る血に見えた。
近くで見れば、一人ずつが空腹と荷物と、眠らせる家族を持っていた。
*
正午、六席の評議会を門前の天幕で開いた。門外の者にも聞こえるよう、布壁は上げた。
カイは先に言った。
「今日来た者は入れたい。水路修理に必要な職人もいる」
「全員か」
ファリヤが聞いた。
「全員だ」
「食べ物は十二日。次の荷車は十日後。二日の余りで、車輪が折れない保証をするのか」
「できない」
「では、何人なら養える」
カイは答えを探し、見つけられなかった。
人数なら数えられる。泉から出る桶数も、水路へ入れる働き手も数えられる。だが、十日後に来るはずの荷車、直せる屋根、熱を出す子供、汚れた排水まで、一つの数字にはできない。
ミラが四枚の板を卓上へ置いた。
「受入れを止めるための規則ではありません。入れた人を死なせないための条件です」
一枚目は登録。到着前に人数、年齢、職能、持参食料、家畜を知らせ、門で確認する。連絡なしに来た者も追い返さないが、安全な待機場所で空きと配給を確認する。
二枚目は住居。屋根と壁を点検した家だけに居住札を出し、中庭ごとに火の場所と夜番を決める。
三枚目は共同作業。水路だけでなく、便所、廃棄場、日除け、炊事場、道の清掃も再建の仕事として登録する。職能のない者にも、体力と家族事情に応じた当番を割り当てる。
四枚目は衛生。便所と生ごみは南東の城壁外、地下水路と雨の流れから離した場所へ集める。染め水、油、石灰水は別の沈め穴へ運び、飲用水路へ捨てた者は作業を止める。
「一日の受入れ人数は、前夜に評議会が食料、屋根、便所の余裕を見て掲示します」
「毎日変わるのか」
オルムが聞いた。
「荷車が着けば増やせます。病人が出れば減らします。水だけを基準にはしません」
ダリヤが四枚目の板を指で叩いた。
「子供と年寄りをまとめて呼ぶのは、次の食料便と新しい便所が使えるのを見てからだ。今日来ている者を家族から引き離せとは言わない。これ以上、先に動かすな」
門外の車大工が、天幕の外から声を上げた。
「俺の母親はどうなる」
「屋根を一つ空ける」
ファリヤが答えた。
「代わりに、あんたは門外の日除けを組め。次に待つ老人が倒れないように」
男はしばらく黙り、それから腰の油布から鑿を抜いた。
「材木をくれ」
六席すべてが四枚の板へ賛成した。
カイも、執行する者として名を記した。
ミラは四枚の板を重ねると、もう一枚、日付だけを書いた板を開いた。
「今日で、再建執政官の就任から三十日です。継続審査を行います」
配水、住民登録、住居修理、衛生、作業事故、受領証。カイの名で執行した決定と、そのたびに出た反対を、六席が一件ずつ確かめた。
主水路を急ぐあまり、住居と便所の不足を後回しにしかけたことも記録へ残った。それでも解任を求める席は四に届かなかった。
カイは残る三十日だけ、再建執政官を務める。六十日目には再選も自動延長もなく、権限は失効する。その点も、門外の者に聞こえる声で読み上げられた。
*
日が傾くまでに、門外へ柱が立ち、荷車の帆布が日除けになった。城壁内では使える家をもう一度調べ、独り者には共同寝所を頼んだ。南東門の外では、ダリヤが排水の傾きを確かめながら廃棄穴の位置を決めた。
カイは主水路へ回すつもりだった人員を、便所掘りと屋根直しへ振り分けた。
進みは一日遅れる。
それでも夕方、門外にいた最後の家族が登録を終えた。車大工の母親は、修理済みの中庭へ運ばれた。男は自分の寝床を見る前に、明日の日除けに使う梁を削っていた。
受水庭では、二百人を越えた桶が並んでいる。
カイは一桶ずつではなく、その後ろにある口と寝床を見ようとした。
来た人数は、復興の数になる。
だが、明日も食べさせ、汚れを流し、働く場所を渡せる人数までしか、共同体の数にはならない。
*
ネレイのナディアには、同じ知らせが三つの値段で届いた。
最初は、ヴァラドの封蝋が残る試料検査の写しだった。タルサ地下泉、塩分低下、飲用可能。ナディアは水判官の印を確かめ、写しを帳簿の左に置いた。
二つ目は注文だった。車輪の鉄輪、滑車綱、石灰、油を塗っていない水樽。送り主はタルサ暫定再建評議会。支払いは銀貨だけでなく、修理後の固定通行料から差し引く案が添えられている。
ナディアはそれを右へ置いた。
三つ目は、穀物市場の値札だった。
大麦が五日前より二割高い。豆と塩も上がっている。タルサへ人が向かうという噂だけで、仲買人が袋を押さえ始めていた。
組合の古参商人は、タルサには金がないと言った。
そのとおりだった。だから彼らは動かなかった。
ナディアは倉庫別の在庫表と、隊商宿に停まっている荷車の一覧を重ねた。穀物はある。豆も塩も、冬を越せる量がネレイにある。足りないのは、一度に西へ運べる車だった。
泉が本物なら、最初に不足するのは金ではない。
荷車だ。
彼女は空いている車を押さえ、馬と騾馬の持ち主へ信用状を書いた。積荷は大麦、豆、塩、乳用の山羊。帳簿の最後に、泉の優先使用、倉庫一棟、三年間の隊商独占と記した契約書を挟む。
夜明けに西へ出る隊商の先頭車へ、自分の印を付けた。




