第20話 水を奪わない夜襲
敵の水輸送隊は、月が沈んでから来た。
革水袋を積んだ荷車二十六台。護衛騎兵四十、歩兵六十。西峠からタルサへ運び、空袋を回収してまた西へ戻る。三日に二度、同じ道を往復していた。
井戸と里程標へ触れるたび、カイには重い車列の反響が分かった。
誰が乗っているかは分からない。
敵意も、正確な人数も分からない。
だからイルヴァンたちが三日間、丘から数えた。荷車の数、護衛交代、休憩する涸れ川、月が消えた後に明かりを使わない時間。
襲う場所は、タルサ西方の狭い切通しに決めた。
「水袋へ毒を入れればいい」
作戦会議で、中央村地区の民兵が言った。
「荷車を奪うより、少人数で済む。見張りを二人倒し、後ろの袋だけに入れる。次の朝には、軍馬から倒れる」
卓の周りで、誰もすぐ反対しなかった。
二千五百人を正面から倒す力はない。井戸へ死骸と油を入れた敵へ、同じことを返すだけだという声も出た。毒を薄くすれば、死なせず腹を壊して進軍を止められるとも言った。
「薄い毒が、誰にどれだけ効くか決められるのか」
ミラが聞いた。
「兵の水だ」
「荷車を奪い返した住民が飲むかもしれない。降伏した兵へ回るかもしれない。袋を洗った者の手へ残るかもしれない」
「向こうは、もう井戸を汚した」
「だから、こちらも同じ道へ戻るのか」
議論は止まらなかった。
カイは、反対理由を自分の中だけで決めなかった。
命令板へ、先に禁止事項を書いた。
一、水源、水袋、食料への毒物・汚物投入を禁ずる。
二、武器を捨てた者、拘束した者、逃走不能な負傷者への殺傷を禁ずる。
三、接収対象は荷車、軍馬、武器、軍需物資とする。個人の衣服、食器、最低一日分の水は奪わない。
四、捕虜を保持しない場合、所属、名、装備を記録し、武装解除後に一日分の水を与えて帰す。
「異議がある者は、今ここで言ってくれ」
カイは板を全員へ回した。
「作戦中に別の命令を受けたと言うな。毒を入れろと俺が秘密に命じることもない」
毒を提案した民兵は、最後まで納得しなかった。
「敵がその水で、俺たちを殺しに来る」
「水は持たせる。荷車と馬は持たせない」
「甘い」
「その甘さで失敗したら、俺の命令として記録に残る」
民兵は反対意見を記録させたうえで、命令板へ受領の印を付けた。
*
切通しには、古い排水溝が横切っていた。
ダリヤの工兵が、昼のうちに溝の蓋石を三枚だけ外し、上へ薄い板と砂をかけた。荷車の前輪が落ちても、車体は横転しない深さにする。先頭が止まり、後続が詰まるための罠だった。
カイは経験兵八十と斥候二十を三群に分けた。
先頭を止める群。最後尾を塞ぐ群。中央で御者と荷車を分ける群。
民兵は切通しの高みへ置き、火矢ではなく石と鳴子を持たせた。暗闇で敵を殺すより、馬を止め、味方の位置を知らせる。
月が山へ沈む。
最初の車輪音が来た。
先頭の護衛は松明を使わず、馬の鼻息だけが近づく。荷車の水が揺れ、革袋同士が擦れる。列は長く、一台目が切通しへ入っても最後尾は見えなかった。
カイは腹ばいになり、地面へ指を置いた。
車輪ごとに違う震えが来る。鉄輪の欠けた車、右へ荷が寄った車、疲れた馬が二歩ごとに蹄を引きずる車。数えた二十六台がすべて切通しへ入る前に合図すれば、後尾が西へ逃げて本隊を呼ぶ。遅すぎれば先頭が罠を越える。
反響は数を教えても、恐れている兵と、松明を隠し持つ兵を教えない。
斥候が高みで小石を一つ落とした。
最後尾通過の合図だった。
前輪が薄板を割った。
木が裂け、御者が叫ぶ。二台目が急に止まり、三台目が後ろからぶつかった。
カイが角笛を一度鳴らした。
高みから石が落ち、護衛の進路を塞ぐ。最後尾ではバシュの群が縄を引き、道へ倒木を起こした。中央の斥候が荷車の繋ぎ綱を切る。
「荷を捨てて東へ抜けろ!」
敵の指揮官が叫んだ。
騎兵が狭い列の横を走ろうとした。水袋が張り出し、鐙が荷へ当たる。前にも後ろにも出られない。
カイは先頭車の陰へ入り、短槍で騎兵の盾を上へ弾いた。腹は狙わず、馬の手綱を切る。馬が横へ跳び、騎兵が砂へ落ちた。起き上がる前に、斥候二人が腕を押さえた。
別の兵が水袋へ刃を入れようとした。
「割るな!」
カイは槍の柄で男の手を打った。
刃が落ちる。水袋一つが裂ければ、人一人の一日分ではない水が砂へ消える。
後方で一度、火が上がった。
敵兵が荷車へ松明を投げたのを、民兵が濡れ布で叩き落とした。毒を提案した男だった。火を消すため、自分の水袋を使っていた。
半刻後、敵護衛の半分が武器を捨てた。
降伏の声が聞こえても、暗闇では両手が見えない。
カイは全員を一か所へ走らせず、荷車の車輪ごとに灯を一つずつ点けさせた。武器を置く場所、水袋を調べる場所、負傷者を寝かせる場所を分ける。味方の弓手は弦を外さず、治療役は盾列の後ろで待った。
敵兵の一人が倒れた仲間へ駆け寄り、民兵が槍を突き出した。
「治療だ!」
男は空の両手を見せた。
カイは通した。ただし二人の見張りを付けた。
禁止事項を書くだけでは、夜の恐怖は消えない。誰かが一度でも破ったと思えば、降伏者はまた武器へ手を伸ばし、味方は先に刺す。
命令を守るには、敵を信じるのでなく、信じなくても殺し合わずに済む距離と灯が必要だった。
残りは高みを越え、暗闇へ逃げた。追わない。角笛を二度鳴らし、カイは全群を荷車の周りへ戻した。
*
奪ったのは、水輸送車二十三台、軍馬二十七頭、弓三十張、槍と盾、空の予備水袋だった。
三台は車軸を壊し、その場で運べない。水だけを別の袋へ移し、車体は燃やさず道脇へ寄せた。
捕らえた兵は四十六人。
負傷者を先に治療した。名前、出身、所属、受け取った命令を一人ずつ記す。将校二人と、井戸汚染への関与を認めた三人は審理のため残す。残る者は武装と軍馬を取り上げ、一人一日分の水、小さな平焼きパンを持たせた。
「戻れば、逃亡で吊るされる」
若い輸送兵が言った。
「降伏したと話せ」
「同じだ」
「なら、東の収容所へ来るか」
「捕虜になれば家族へ罰が行く」
どちらも安全ではない。
カイは選ばせた。二十二人が西へ戻り、十九人が東の収容所を選んだ。西へ戻る者には、命令板の写しを一枚持たせた。
「なぜ、これを」
「武器を捨てれば水を得られると、他の兵へ見せるためだ」
「降伏させたいのか」
「戦わずに済むなら」
若い兵は写しを折り、長衣の内側へ入れた。
西へ戻る二十二人は、二人ずつ離して歩かせた。再び一隊になれば追撃部隊と誤認される。東を選んだ十九人には、捕虜札と同時に家族名を書かせた。戦後、セルド側へ所在を伝えるためだった。
夜明け前、西の道から角笛が一度聞こえた。
攻撃の合図ではない。戻った輸送兵が、遠くの見張りへ自分たちの所属を知らせる音だった。
その日、敵陣の外縁へ白布が二つ上がった。脱走ではなく降伏なら水を得られるという写しが、少なくとも二つの部隊へ届いた印だった。
辺境伯の軍が崩れたわけではない。
ただ、命令に従う以外は死しかないという壁へ、細い割れ目が入った。
*
水輸送車を東へ動かすには、別の荷車を空にする必要があった。
避難民の食料、七百五十人の兵糧、治療道具、矢、石灰。味方も、荷車が足りなかった。
ナディアが、ネレイ組合の印を使って二十台を出した。
「評議会の決裁は」
カイが聞いた。
「待てば三日」
「試験契約じゃない。戦争だ」
「だから待てない」
ナディアは三枚の信用状を見せた。
自分の倉庫持分。家畜持分。将来の組合報酬。返済できなければ、すべて差し押さえられる条件だった。
「私の名義で借りた。組合の正式承認はない」
「命令すれば、軍の徴発にできる」
「あなたの徴発受領証を担保にしたら、戦争が終わった後、三都市が払えないと言ったときどうする」
「払わせる」
「権限を返した後も?」
カイは答えられなかった。
再批准された総指揮官の権限も三十日で切れる。将来の市民へ債務を残すことまで、勝手に決められない。
「私の判断で出す」
ナディアは言った。
「帳簿には、カイの命令ではないと書いて」
その夜、二十台のうち三台が、別の敵斥候に襲われた。御者は逃げ延びたが、車と積荷は焼けた。
ナディアは損失欄へ、自分の印を押した。
代理権を止められる可能性まで、同じ頁に書いた。
*
水輸送隊を失った辺境伯軍は、タルサの泉と残る水荷駄をさらに絞った。
捕虜の証言、敵陣の炊事煙、馬を東へ移した数を合わせると、全軍が十分に動けるのは三日ほどだった。
それまでにネレイを取るか、三都市軍を決戦へ引き出さなければならない。
カイは夜ごと、迎雨標と三つの観測井を回った。
水位。塩分。西風。硝子羽の蛾。小精霊の数。路の反響。
父の帳面と重ねると、初雨は三夜の幅に入っていた。
最も早ければ次の夜。
最も可能性が高いのは、二夜目。
遅ければ三夜目。
作戦は、雨が来る直前に観測班と避難班を前線から下げ、濡れた夜を使って敵の補給線へ近づく。三夜すべてに備えれば、三日間、部隊を出して戻す必要がある。敵に動きを読まれ、兵も疲れる。
指揮官たちは、確かな日を欲しがった。
カイは三枚の観測板を伏せた。
「初雨は、二夜目に来る」
戦時評議会へ、そう伝えた。




