第14話 増える灯、減る穀物
タルサの城壁に灯が増えた。
西日が落ちると、修理した家々の窓に油皿の火がともる。受水庭の周り、旧税倉庫、職人の中庭。第一月には数えられるほどだった光が、第四月には城壁の内側へ星のように散っていた。
城壁の上からなら、その外にも灯が見えた。
南の菜園村。東の石切り集落。北東の羊飼いの野営地。昨日まで別々に水と道を守っていた集落が、三都市開路協定の工事割へ名前を載せ、日没後も泥出しや車輪修理を続けている。
住民登録簿は、二冊に分かれた。
城壁内居住、四百八十六人。
周辺共通登録を含む行政人口、千二百四十余人。
「増えすぎじゃないか」
帳面を受け取ったカイが言うと、ミラは一冊ずつ指した。
「城壁内に七百人増えたわけではありません。周辺に前から住んでいた人たちが、配給、街道警備、水利工事の登録へ入ったんです」
「数字だけ見れば、千人増えたように見える」
「だから分けます」
城壁内の者には住居、衛生、夜番が要る。
周辺登録の者は自分の村に住むが、工事日には配給を受け、警報が出れば決めた区間を守る。村の井戸が壊れれば三都市裁定を使い、通行料から修理負担を受け取れる。
同じ住民でも、必要な穀物と屋根の数は違った。
「灯が増えたことは、喜んでいいんですよ」
ミラが言った。
「帳面を分けた後なら」
その灯の数を見ながら、カイは同意した。
*
翌朝、大麦の値段がまた上がった。
共同市場の値札を掛け替えるたび、人が集まる。昨日一ドラムで買えた量が、今日は四分の三。二週間前と比べれば、ほぼ半分だった。
収穫はまだ先だ。
タルサ周辺の畑は、雨が戻る前の乾いた土を起こし始めたばかりで、今年の食料を出さない。ネレイの倉庫で五百十四袋が消えたという知らせは、商人が正式に売値を変えるより先に広まった。
「水が戻ればパンが増えるって言ったじゃないか!」
市場で男が叫んだ。
誰が言ったのか分からない。カイは言っていない。だが、タルサへ人を呼んだ声の中に、その期待を止める言葉が足りなかったのは確かだった。
大麦を扱う店の前で、女が配給袋を奪われまいと胸へ抱えている。別の店は売り切れの板を出しながら、裏口から宿屋へ袋を運んでいた。市場の外には、東から来たまま車軸が折れた荷車が三台停まっている。荷台に豆があるのに、車輪がないため倉庫へ届かない。
同じ不足の顔をして、別のものが重なっていた。
実際に足りない備蓄。
値上がりを待って閉じられた袋。
運べずに路上へ止まった袋。
そして、なくなる前に買おうとする人の列。
市場の鐘が三度鳴り、ナディアが荷車の上へ立った。
「値段を下げろとは言わない」
集まった人々から罵声が返った。
「下げろと言って、袋が増えるなら言う。増えないから、袋がどこにあり、なぜ市場へ来ないかを先に出す」
彼女の後ろには、倉庫別の在庫板が並んでいた。
ネレイ発。タルサ共同倉庫。商人保有。村持参。輸送中。修理待ち。
封印を確認した実在量だけを黒字、持ち主の申告だけで未確認の量を赤字で書いてある。
「今日から、生活穀物を運ぶ荷車は協定通行料を免除する。香辛料、酒、染料は払う。大麦、小麦、豆、塩は払わない」
「商人だけ得をする!」
「通行料を抜いた分、価格にも抜いた額を書く。抜かなければ誰も買わない。それでも買うなら、次の商人がもっと高く売る。それも板に出る」
ナディアは二枚目の板を掲げた。
配給証だった。
城壁内住民と、工事日に来る周辺登録者へ、世帯人数に応じた生活穀物の購入枠を出す。共同倉庫の保護分は、証一枚につき決めた量まで同じ価格で買える。証を持つことは無償でも、穀物そのものは無償ではない。転売が見つかれば次回分を止める。
「金のない家はどうする」
ファリヤが聞いた。
「それは市場の仕組みだけでは解けない」
ナディアはカイへ視線を向けた。
答える番を渡された。
*
その日の評議会には、無料配給を求める請願が積まれた。
泉が公のものなら、食料も公にすべきだという。北方の妨害で値が上がったのだから、戦いに備えて倉庫を開けという。タルサへ来るよう呼ばれたのだから、呼んだ側が養えという。
どれも、一部は正しかった。
共同倉庫をすべて無償で開けば、今日の支持は得られる。空腹の家へ袋を渡せる。市場の怒声も止まる。
だが、城壁内四百八十六人と周辺千二百四十余人へ分ければ、備蓄は次の大隊商まで持たない。働ける者も、働けない者も、倉庫が空になった同じ日に食べるものを失う。
「無償は、働けない者の最低分に限る」
カイは提案した。
「病人、身体を動かせない者、保護者のいない子供。家族の介護で共同作業に出られない者も、評議会の確認で入れる」
「働ける者は」
「共同工事へ賃金を払う。硬貨が足りない日は、配給証へ購入額を記す。水路、橋、便所、夜番、荷車修理。必要な仕事をした者が、市場で食料を買えるようにする」
「貧しいのは怠けたからだと言うのか」
傍聴人が声を上げた。
「言わない」
カイはその男を見た。
「働けない者へ仕事を命じない。働ける者へ、ない仕事を探せとも言わない。町が必要とする仕事を登録し、働いた分を共同負担から払う。袋を配るだけで、来月の道が壊れたままにはしない」
人気の出る答えではなかった。
それでも六席のうち五席が賛成し、一席が保護対象の狭さを理由に反対した。三日ごとに申請と在庫を見直す条件を付けた。
同時に、ナディアは車大工と鍛冶の修理待ちを整理した。
第一順位は飲用水と生活穀物を運ぶ車。第二は治療、井戸・橋修理。第三がその他の商品。誰の組合か、いくら上乗せできるかでは順番を変えない。修理した車と待ち日数を板へ記す。
壊れた車軸の横で止まっていた豆が、夕方には共同倉庫へ入った。
値札は下がらなかった。
売り切れの店は一つ減った。
*
ネレイから、ハリムの意見書が届いた。
公称備蓄と実在量の差が判明した以上、水役家へ六十日の非常権限を与えるべきだという。倉庫の閉鎖、穀物と売水の割当て、荷車の優先徴用、価格上限を水役家が一括して命じる。監査は混乱が収まった後に行う。
「人が買い急げば、帳簿を調べている間に倉庫が空になる」
意見書を読んだエドランが言った。
「ハリムの理屈にも一分ある」
「帳簿に五百十四袋の穴がある者へ、倉庫を閉める鍵まで渡すんですか」
ミラは紙を卓へ戻した。
「不正と決まったわけではない」
「だから監査します。横領と決めて職を奪うのでも、混乱だから見ないのでもありません」
ハリムの案なら速い。
買い占めた袋を開けさせ、価格を下げ、荷車を食料へ回せるかもしれない。だが、どの倉庫を開け、どの商人から徴用するかを、数字が食い違う水役家だけで決めることになる。
「非常権限は認めない」
カイは公開された在庫表を指で押さえた。
「今ある水利権限も、協定で決めた監査を受ける。必要な封鎖や徴用は、倉庫席と小商人席の立会いを付けて一件ずつ出す」
「遅れます」
ミラが指摘した。
「分かっている」
「それでも?」
「速さが必要なら、期限を短くして当番を常駐させる。帳簿を見なくていい理由にはしない」
ミラは頷き、その形で対案を書き始めた。
*
日が落ちる前、ナディアが一枚の紙を持ってきた。
「ネレイの荷に入っていた」
封筒も署名もない。香辛料籠の底、敷き藁と板の間へ挟まれていたという。
水役家の内部帳簿を写した一頁だった。
公開帳簿では、市内の宿と厩へ売ったことになっている塩と革水袋が、別の略号で北西へ送られている。三か月で塩百二十袋、水袋三百枚。代金は銀貨でなく、北方の信用符で受け取った印があった。
「誰が入れた」
カイが聞いた。
「見ていない。けれど、この縦線の引き方は水役家の書式。数字の訂正印は、公開審理でレシア・ヴェンが使っていたものと同じに見える」
「本人へ聞くか」
「まだ駄目」
ナディアは紙の端を押さえた。
「本物なら、彼女は自分の職と命を賭けた。偽物なら、私たちにハリムを疑わせる餌よ。元帳と荷車記録を別々に照合する」
カイは、頁を封印するようミラへ渡した。
北方へ塩と水袋を送ること自体は罪ではない。だが、街道井戸を汚した者たちは、灰色の紐と水袋を持っていた。二千人規模の兵が乾いた峠を越えるなら、先に買うのは武器より水を運ぶ革だった。
その考えを口にする前に、南東門の鐘が鳴った。
警報だった。
門へ駆けると、ネレイへ穀物を運ぶはずだった村の若者が、鞍へしがみつくように戻ってきた。額から血を流し、馬の脇腹には折れた矢が刺さっている。
「荷車が消えた」
若者は息を吸うたび咳き込んだ。
「ケルマ村を出た六台だ。北の道で轍が途切れてる。村へ戻ったら——」
彼は震える手で、東の低い丘を指した。
乾いた空へ、黒い煙が上がっていた。




