後悔と嵐
時刻は14時37分。
居心地のいい秋也の部屋で、思っていたよりも時間を食ってしまっていたようだ。
秋也と私は、長年の付き合いで俗に言う腐れ縁。
友達以上恋人未満なんて安っぽい言葉で片付けられたくない。
そんな私たちの関係は、傍から見たら少し異様だったのかもしれない。
共通の友達に付き合わないのかと何度聞かれたことか。耳にたこができるとはこの事だ。
私も、秋也も、きっかけさえあればきっと恋人同士になっていたんだと思う。
それでも関係が変わらなかったのは、私のせいだ。
あの時、今みたいに大人で、それでいて素直だったら。
この歳になると後悔ばかりが得意になって呆れてしまう。
上を見ると、両手にマグカップを持った秋也が気だるそうに立っていた。
「ほんとにお前はいつになったら計画性が身につくんだよ。」
ああ。
その呆れた表情も、私の好きな甘いコーヒーを用意してくれるところも、大好きだったあの頃のままだ。
「秋也が全部私の管理をしてくれるから育たないんだよ。」
私、今、上手く笑えているのかな。
────
じゃあまた土曜日にね、と嵐のように去っていった。
悔しいが、退屈な日々を彩ってくれるのはいつも桜だった。
文字通り、桜のように明るく綺麗な、誰からも愛されるアイツのことを好きになるなという方が難儀だろう。
3年前のあの日。
過ごしやすい秋の気候と、柔らかな天気のせいかいつもより気が緩んでしまっていた。
隣で笑う桜がどうしても欲しくて、柄にもなく手を取ってしまった。
でも握り返すのではなく、桜の手はそのまま親指まですり抜けて、
「そういえばさ、親指を握っちゃうのって赤ちゃんの把握反射の名残りらしいよ。知らなかったでしょ?」
そう自慢げに言った。
これ以上踏み込んではいけないと暗に予防線を張ってくれているのだと気づいた。
あの時俺がそのまま強引に向き合っていたら、今とはまた違う関係だったのだろうか。
まあ考えても仕方がないか。
物思いにふけるのもいい加減にしよう。
マグカップを片付けようとした時、足元に落ちている紙を踏んでしまった。
見覚えのない紙だ。桜のものだろうか。
相変わらず忘れ物が多くて世話の焼けるやつだ。あんなんで一人暮らしができているのか。
「は?」
心臓の音が早い。
何度も読み直した。が、その文字が変わることは無かった。
「ステージ4の、乳がん?桜が?」
上手く息ができない。
後になって気づいた。
この歳にもなって、俺は大声で泣き叫んでいたようだ。
気づけば朝になっていた。
桜とすごす最後の日がもうそこまで迫っている。




