第20話 リナとの決別の選択 ~守るために、離れるということ~
虚空の巨神が目覚めてから二十日目。
天空の要塞「アルカディア」は、紫の霧に半分以上包まれながらも、
六種族の総力でなんとか持ちこたえていた。
俺は要塞の最上層にある小さなバルコニーで、夜空を見上げていた。
人間サイズに戻り、剣を腰に差したまま、静かに考え込んでいた。
巨人族の真実を知ったあの日から、俺の心は決まっていた。
虚空の巨神を倒すために、俺は最前線に立つ。
それが「責任」であり、巨人として生まれた意味だ。
しかし、その決意が重ければ重いほど、
俺の胸を締め付けるものがあった。
リナだ。
「ケンタ……」
後ろから、柔らかい声がした。
振り返ると、リナが毛布を肩にかけ、こちらを見ていた。
彼女の瞳は、いつもより少し赤く腫れていた。
「こんな時間に、どうした?」
リナは俺の隣に並び、紫に染まった夜空を見つめた。
「ケンタが、最近……遠い目をしてるから。
何か、決めたんでしょ?」
俺は言葉に詰まった。
正直に言うべきか、迷った。
リナが先に口を開いた。
「言って。
私、ちゃんと聞くから」
俺は深く息を吸い、静かに話し始めた。
「リナ……俺は、巨神の核を直接狙うつもりだ。
次の大規模作戦で、最前線に立つ。
おそらく……かなり危険な戦いになる。
だから、俺は……」
言葉を区切った。
リナの目が、わずかに揺れた。
「私を、要塞に残して行こうとしてるの?」
俺は頷いた。
「そうだ。
お前は人間だ。
巨大種族の戦いに巻き込むのは、もう限界だと思う。
要塞で、みんなの後方支援をしてくれ。
人間の国々との連絡も、お前が一番上手くできる。
俺は……お前を守りたい。
失いたくない」
リナはしばらく黙っていた。
風が彼女の金髪を優しく揺らす。
やがて、彼女は静かに、しかしはっきりと言った。
「嫌だよ」
俺は驚いてリナの顔を見た。
「ケンタが一人で危ないところに行くなんて、絶対に嫌。
私も行く。
あなたの隣にいるって、約束したよね?」
「リナ……」
彼女の声が、少し震え始めた。
「ケンタが転生してきたばかりの頃、私を掌に乗せてくれたよね。
村が怖がってる中、私だけがケンタを信じた。
それからずっと、一緒に旅してきた。
巨大すぎて困ってるケンタを見て、笑ったり、怒ったり、泣いたり……
私、ケンタのそばにいるのが、すごく幸せだったよ」
リナの目から、涙が一筋こぼれた。
「でも……今、ケンタは変わった。
巨人族の真実を知って、責任を背負って、
本当に強くなった。
私も、嬉しかった。
でも、その分……私との距離が、遠くなった気がする」
俺の胸が痛んだ。
リナは涙を拭い、俺の目を見つめた。
「ケンタ。私は弱い人間だよ。
巨大なみんなの戦いに、ついていけないかもしれない。
でも、だからこそ……そばにいたい。
もしケンタが死んだら、私も一緒に死ぬ。
それが、私の決意だよ」
その言葉は、俺の心を強く揺さぶった。
俺はリナを抱き寄せ、彼女の小さな体を優しく包み込んだ。
人間サイズの俺でも、リナはとても小さく感じた。
「リナ……ごめん。
俺は、お前を守りたかった。
お前を失うのが、怖かったんだ。
前世の俺は、何も守れなかった。
だから今は、絶対に失いたくない」
リナが俺の胸に顔を埋める。
「わかってるよ。
でも、ケンタ。
守るってことは、離れることじゃないよ。
一緒に戦って、一緒に生きるってことだと思う。
私、ケンタの光になりたい。
たとえ小さな光でも……」
俺はリナの頭を優しく撫でた。
長い沈黙の後、俺は静かに言った。
「……わかった。
お前を置いていかない。
一緒に、最前線に行く。
ただし、絶対に無茶はするな。
俺が死ぬ前に、お前が死ぬなんて、絶対に許さないからな」
リナが顔を上げ、涙まじりの笑顔を見せた。
「うん。約束だよ。
私も、ケンタを守る。
人間として、できることを全部やるから」
俺たちはそのまま、紫の霧に染まった夜空の下で、
しばらく抱き合っていた。
やがて、リナが少し離れて、俺の目を見つめた。
「ケンタ。
もし……もしもの時は、
私を置いてでも、巨神を倒してね。
世界を守って。
それが、ケンタの責任だもんね」
俺は強く頷いた。
「ああ。
でも、絶対に『もしも』は起こさない。
お前と、みんなと、一緒に生きて、この世界を取り戻す。
それが、俺の新しい責任だ」
バルコニーの向こうで、要塞の灯りが優しく揺れていた。
仲間たちが、それぞれの場所で準備を進めている気配がした。
リナが俺の手を握り、微笑んだ。
「じゃあ、行こう。
みんなのところへ。
これからが、本当の戦いだね」
俺はリナの手を握り返し、決意を新たにした。
巨人として生まれた責任。
仲間を守るという想い。
そして、リナと共に歩む未来。
すべてを背負って、
俺はもう一度、前を向いた。
虚空の巨神との最終決戦は、もう目前に迫っていた。
(続く)




