13-7 ヒトが例外と考える方がおかしい
「死んだ?」
「ほんの今しがたね」
喉笛の失せた教師の目をそっと閉じさせて、邑﨑キコカは傍らに立つ少女の姿をしたナリ替りに返事をした。
まただ、と無言のままに呟いた。
また間に合わなかったと、喰い締める奥歯が軋んでイヤな音を立てていた。果たしてこれで何度目だろう。数えたくもないほど繰り返して来たが、未だに慣れるコトなんて出来なかった。
踏み込んだ時にはもう取り返しが付かないレベルだった。
この床に巻き散らかされた血の量を見れば一目瞭然。飛び込み様に投げた鉈は、ヤツを木崎教諭から引き剥がす為にワザと外したが、もしアレが直撃していたらあと三〇秒は早く決着がついたろう。
いや、それはただの「たられば」、儚い妄想だ。たとえソレで始末出来たとしても、この教師が助かったとはとても思えない。
それに瞬殺に固執して、アレと教師とを一纏めに断ち切る訳にもいかないだろう。ベストではないが最善を尽くした結果だと、そう信じたかった。
ちっ。
言い訳をカマす自分自身に反吐が出る。
溜息をついて立ち上がると、床に突き立ったままの大鉈を回収する。もう一つはまだ窓際の柱に突き刺さったままだった。まさか同じ部屋で、二回も得物を投げるハメになるとは思わなかった。
「一つ聞きたい。オマエはヒトを喰ったことがあるのか」
「ないわ」
「そうか。ならいい」
「疑わないのね」
「疑って欲しいのか」
「何故信じるのかと思って。あなた、駆除者よね。噂は聞いたことがある。そんなヒトがわたし達に質問だなんて。意外だなと思って」
「あたしは面倒くさいコトは嫌いなんだ。それにオマエからヒトの血肉の臭いはしない」
表面だけだが、という言葉は呑み込んだ。
「あった、と答えたらどうなるの」
「ソコに転がって居るヤツと同じ運命をたどる、ソレだけ」
「良かった。あちこち彷徨ったけど、あなたみたいなヒトと出会ったのは初めてだったから」
「ほう、アチコチ」
「ええ、アチコチ」
「今までずっとその姿で過ごしていた訳じゃあるまい。オマエは何をどれだけ憶えて居る。今の女子のコトだけか。それとも今まで、身代わりを務めたヤツもそのオツムに残って居るのか」
「残りすぎて困ってる。どれがホントか判らなくなってきて困ってる」
「一人二人じゃないと」
「一人二人じゃない、うん、そう。この建物に通っている子供達は、三〇人くらいで一纏めでしょう?ええと、学級って云うんだっけ。ソレの三つか四つ分くらいはわたしの中でゴソゴソしてる」
もしかすると五クラス分くらいかも、と小首を傾げた。
「そりゃあ賑やかなもんだ」
「賑やかなもんだ」
「賑やかついでにあたしからご褒美をやろう。ソコで息絶えている少年の中身を吸い上げるといい。見て見ぬ振りをしてやる。あたしが駆けつけた時には全部終わっていたというコトにしてやる」
「いいの?」
「欲しいんだろう」
「欲しいわ」
「欲深いヤツ」
「ヒトは欲が深いから」
思わず声を立てて笑った。すると「何故見て見ぬ振りするの」と問いかけがあって、「あたしが狩るのはヒト喰らいだけだ」と答えた。
「それだけ?」
「ソレだけだ」
「死んだヤツを全部憶えておけと、そう言われたような気がしたけれど」
「……」
少女のようなモノは黙ったまま、ぐるりと血まみれの教室を見回した。
「でも先生はムリ。先生の身代わりはムリ。授業なんて全然ムリ」
トロく見えるが意外に目聡い。どうやら足元の教師への未練は見透かされたらしい。確かに教師なんて役柄、ナリ替りには無理だ。
うん、判っちゃいるのさ。
「……あたしが見逃すのはその少年の分だけだ」
「少年の分だけ、うん。それで充分」
小さく頷くと全裸の少女に似たナニかは、素裸の少年の遺体に再び跨がり、顔を近づけ、少年の頭の中身を吸い取りを始めた。
何も知らぬ者が見ればいかがわしい光景かも知れない。だが事実を知れば、別の意味で眉をひそめるのは間違いなかった。
再び大きく吐息をつく。
窓際の柱に歩み寄り、最初に踏み込んだ時に投擲したもう一本の大鉈を引き抜くと、先ほど引き抜いた予備の大鉈と一緒に腰の鞘へカチリと収めた。
未だ今宵は終わりじゃ無い。
先ほどの、やり残した分が残って居るからだ。
あたしは黙々と食堂の清掃に邁進する。
見事な月の夜だった。
満月かなと思ったのだが、スマホでチラ見れば月齢は一六夜らしい。
あの後、腕を切り落としデコピンに追跡させていた一匹は、その日の内に追いつめ始末することが出来た。後始末を兼ねて学内を念入りに調べてみたが、他のアレが潜んで居る気配は見当たらなかった。
まぁ、意外に早く片付いた部類だろう。内容は決して納得なんか出来ないが。
今まで納得出来た事なんて無いのだが。
現場調査を行った監査官の話では、あの二匹はどうもつがいだったらしい。
一匹が狩り専門で雌役に貢いでいた形跡が認められたのだとか。しかもソイツは内臓しか喰わないグルメで、もう片方はソレの食い残しを掃除、つまり食堂に山盛りになっていた遺骸を片付けるという食事分担だったようだ。
餌を貢がせ自分は美味い所だけを喰い、その残飯を相手に押し付けていたなどと、実にふざけた女王様だ。しかも喰いもしない獲物をいたぶり、殺して楽しむ真性のサドときた。
実に素晴らしい、パーフェクトな鬼畜っぷりだよ。いったい何処で憶えたんだか。
野生の捕食者はもっとストイックだ。無駄な狩りは決してしない。だと言うのに何なんだよ、そのゴージャスさは。ものの見事なその擬態、まるでホンモノの人間じゃあないか。
スマホに着信があって床を掃除する手を止めた。
あたしが頼んだT市の案件が完了したとメールが届いていた。処置漏れは該当の教師のみ、とあった。追跡資料も付帯していて、それによれば木崎教諭は当時、件の事件の最中、急性虫垂炎を患って隣の市の病院に入院したらしい。
ちょうどT市の病院はベッドが全部塞がっていたのだとか何とか。お陰で公安のリストから外れてしまったらしい。
しかもソレは事件が収束する直前だったのだという。
全くなんというタイミングなのか。そのどさくさの何処かであたしと接触したようだが、生憎とんと記憶に無かった。恐らく生徒と教師という直の接触はなく、噂かあたしと他の教師とのやり取りを傍目から見知った程度だったのではなかろうか。
いずれにしても処理班の手落ちであることは間違いない。大した精緻さですコレで一人残らず処理完了良かったですねちょっと時間は掛かりましたが、とメールしたら「エスプリが足らん」と返事があった。
まぁいい。
監査官がもみ消しの作業中に教えてくれたが、彼はあたしへの違和感からT市の件を深掘りしていたらしく、警察に就職した元同級生から、現在も行方不明になっている生徒の名簿の入手までしていたのだとか。
そして行方不明者は皆、学校に登校し授業を受けたのは間違いないが全員学校外に出た形跡が無い、というところまで調べ上げたらしい。
大した御仁だ。一〇年以上前の情報を元によくもまぁ、と感心する。本当にもう警察の捜査員になった方が良かったのではないか?
と同時に、本日の校長室でのやり取りも思い出す。そのご立派なドアをノックしたのは、部屋の持ち主にどうしても一言云って置きたかったからだ。
「木崎先生は心配だったのですよ。件の事件の時はちょうどソコで教鞭をとっていらっしゃいました。今回もこの学内でナニか不穏なことが起きるのではないか、生徒が不条理や理不尽に襲われるのではないか、そうお考えになって、居残って生徒たちを見守っていたのです。
生徒たちを思ってのことだったのです」
言葉を絞り出す校長は、数日前より明らかにやつれていた。
「あたしは仕事に掛かるときに申し上げた筈です。陽が暮れるまでに、生徒や教職員の方々は皆下校しているように。夜の学校に誰も居残らないよう徹底して下さいと。木崎先生の姿を見つけた時、二重の意味で驚きましたよ。
コチラ側の事情を知らない者を巻き込んでどうするのです」
「……」
「済んだコトを言っても仕方がありません。ですが、二度とこのようなことが無いようにして下さい。あの先生の二の舞を演じるなど、もう在ってはならないのです」
「生徒が、心配だったんです。木崎先生のおっしゃっていた事は痛いほど判るんです」
「それで黙認した、と。それでその結果どうなりましたか」
「木崎先生の件は、わ、わたしの責任ですか。わたしが引責せねばならない事態ですか?わたしはただ生徒の安全を慮って……あ、いえ、そんな、そんなつもりは……はい……はい、充分承知して……でもわたしは、本当に、生徒たちのために……」
ウダウダと言い訳を重ねる学校の元締めに「もういいです」と話を打ち切れば、「大丈夫なんですよね」と追いすがる様に訊いてくるのである。
「む、邑﨑さん、これでもうこの学校は安全なんですよね?もう生徒や職員には被害が及ばないんですよね」
監査官の話では、この校長が伝手を使って、件の学校から当時の出席名簿や学内情報の子細を木崎教諭に渡した可能性があるという。
生徒たちに危害が及ぶかも知れないのに、手をこまねいて見ている訳にはいかない。自分たちだけで何か出来ることが在るのではないか、そう考えたとしてもおかしくは無かった。
木崎センセイに押されて負けて、首肯する様が目に浮かぶかのようだ。或いは不安に耐えきれず、自分の仲間が欲しかったのかも。
だが、だからと言って、コチラの事前通告を反故にして良いという理由にはなるまい。
「いま現在は安全と断言できます。ですがこれから先は判りません。経験則から言えば、二、三年は保つかと。ですがソレも絶対ではないのです。これもまた事前にご説明しましたよね?」
「む、無責任ですよ。あなた方は抗する術がある。ですが我々は何もない。猛獣の前で裸で寝転がって居ろとでもおっしゃるんですか」
無責任、ね。あなたはどうなのですかと切り返しても、口籠もるのは一瞬で、直ぐさま自分の都合を押し付けるダケだ。この手の連中は。
「自然界は喰うモノと喰われるモノとが居ます。群れが襲われても、一匹が喰われている隙に他の者は逃げて命を拾うことが出来ます。だったらそれで良しではありませんか。ヒトが例外と考える方がおかしいのですよ」
コレもまた嫌というほど繰り返して来た一場面。実に紋切り型なやり取りだった。
愚痴は論外と切って捨て、取敢えず言いたい事は云ったのでそのまま校長室を出た。
人非人、とドア向こうから引きつった声が聞こえた。が、聞き飽きた台詞だったので軽く流した。全く以て「エスプリが足らん」。
そのまま屋上を目指す。今日は天気が良かったので、給水塔の上は悪くない午睡の場所に思えたからだ。




