13-8 笑いの発作に溺れながら
臭いのキツイ洗剤をぶちまけて、食堂だった教室の床をデッキブラシで擦る、擦り続ける。
茶褐色の染みがこびりついてなかなか取れなかった。何というシツコサかと辟易してくる。
掃除中デコピンは絶対に近寄って来ないので、終わるまで学内を巡回していろと言いつけてあった。真面目に仕事しているかどうかは甚だ怪しいが、指示は出したので後はヤツの責任だった。
何処に行っても同じ事の繰り返しだった。
アレが現われて自分たちが呼ばれ、ソレを狩って後始末をする。数えることすらウンザリな延々と連なり続けるルーチンワークだ。しかも常に少年少女たちの死骸が洩れなくワンセットと来ている。
いや、逆だな。屍者が居るからこそあたしが訪れるのだ。
そして死んだ者は二度と返って来ない。それもまた当然至極な、繰り返される現実だった。
センセイ、あたしなんかに気付かなきゃ良かったんだ。
あたしはタダの残像なんだ。記憶にも残らないモノに違和感持ったって、何の得にもなりゃしない。
ましてやそんなあやふやなモノに、自分の寿命を支払うなんて莫迦げている。
さて、あの時あたしはどうすりゃ良かったのか。
木崎センセイには事後処理のコトなど考えず、あの相談室でクスリを打った方が良かったのだろうか。
そうすれば、少なくともあたしに違和感を感じ無くなったろうし、校長への相談も無かったろうし夜の学校に居残ろうとも考えなかったろう。
短期間に二度の投薬を受け、記憶や人格に幾ばくかの不具合が出たとしても、死んで今まで生きてきた全てを抹消されるよりは余程に良かったのではないのか。
不本意な生と不条理な死、どちらがマシかは天秤にかけるまでもあるまい。
惑う、惑う。気持ちは惑う。然れど選ぶ道は一つ、か。
悔恨や「たられば」は常に日々の道筋に張り付いていて、避けるコトなんて出来やしない。分かれ道で何れかを選べば他は切り捨てるのみ。歩める行き先は選んだ道だけなのだ。
正解を選びたいと考えるのは全人類共通の願いであろうが、それが図に当たるのは果たして全ての何割くらいなのだろう。
デッキブラシの手を止めて窓から夜空を見上げれば、白くてデカい月窓が得意満面の体で見下ろしている。
十六夜は確か、惑う月であったろうか。満ちた昨日より僅かに欠け、或いは未練を残し、このまま日々痩せて行くべきか踏み留まるべきか。
あいや叶うならば、満ち満ちたる十五夜へ後退ることを願う白い円盤なのである。
確かに、同じ過去を繰り返すだけなら足踏みや後戻りでも大差はなかろう。
だがしかし、悲しいかなこの身は前向きに転がることしか出来ぬ身である。背中に背負ったモノが重すぎて、立ち止まるどころか底の見えぬ下り坂をこけつまろびつ駆け下りる事しか許されていないのだ。
滑稽よね。
何度同じ失敗を繰り返せばいいの?
滑稽で愚かだね。
愚かだから滑稽なのよ。
みんなを笑わせようとしてるのさ。
苦心惨憺、日々知恵を絞っているのよ。
哀しんだり苦しんだり。
苦しんだり哀しんだり。
屍体が生きてるモノのマネをして、皆を笑わそうしてるのさ。
ホント滑稽。
道化だよね。
嗚呼、煩いよキマサら。
アレだけ頑丈な鍵と鎖でがんじがらめにしたというのに、またしても蓋が開いてるじゃないか。そんなにあたしに煙たがれたいのか。失せる事すら忘れ果てた、かまってチャンどもが。
過去から喚くことしか出来ない歪んだ陽炎。遠い遠い場所からやって来た、霞んで消えそうな残像どもめ。
嗚呼良いとも、そんなにはしゃぎたいなら相手になってやる。どうせあたししか居ないんだ。閑古鳥の鳴く場末の劇場、独占している観客席のど真ん中から、あんたらの道化っぷりに投げ銭放ってやるよ。
一千八百人からの一大興業だ。見なきゃ生涯の叫き損だろうさ。
おやおや新参者の顔も見える。センセイ、そんな端っこに居ないでど真ん中に出て来て喚いてみりゃあいい。なに、文句を言うのはあたしくらいしか居ないんだ。思う存分騒げば良い、逝った記念だ、文字通りの大出血サービスの噴水大爆発。歓迎してやるよ。
あたしは皆の無念を丹念に拾い上げるゴミ拾いだからね。
サービス精神旺盛な、お掃除要員だからね。
急におかしみが込み上げてきて、窓越しの月に向って笑った。
げたげたケラケラと、思う存分の大声で笑った。
笑えば笑う分だけおかしみは増した。
まさに唐突な発作だった。止まりゃしない。
いっその事このまま気狂ってしまえばいい。全てを忘れて笑いの渦に呑み込まれてしまえばいい。そうすりゃ肩の重荷なんて羽根生えて飛んでいくに違いないのだ。
そうなれば、坂を駆け下りるのも楽になり、勢いだって何倍も早くなろうというもの。お気楽なデッドエンドへ向けてまっしぐらだろうにさ。
死者への手向けが大声の哄笑ってのはどうだろう。でもたまには悪くないんじゃないか。月は夜の女王だけど、狂気を誘う根源でもあるらしいし。
あたしの中の劇団は、果たしてあと何人増えるだろう。二千人はもう目の前だな。このペースなら年期明けに焼かれて失せるまで、七、八千人はいきそうだ。
血と狂気に塗れた屍体の人形劇。背中に背負うのは数多の幽霊ってか。
ははは、こんな似合いのカルテット、そうそう無いぞ。
底が抜けたように笑いながら踊った。窓から差す白い光が自分の影絵を汚れた床に張り付かせていた。
愉快愉快。腹がよじれる。
此の世の中は滑稽な事だらけ。
踊る踊る、踊り続ける。
此の世の中は楽しい事だらけ。
屍体も生者もみな一緒。死も生も別に見えて同じ意味。だから哀しむのは無意味なんだ。死を悼むのは生きて居る事を悼むことなんだ。だから悼んだ分は喜ばなきゃならんのだ。
屍体も生者もみんな踊れ。
笑って踊れ。踊って笑え。死んじまったコトも苦しんだコトも全部笑え。
「笑えば苦しみなんて全部はじけちまうんだよ!悔恨や責め立てる声なんて消えて失せるんだ。笑い狂い続けてさえ居れば、世界の苦悶なんて全部悦びに変わっちまうんだ!」
そして、自分の声にそうかと気付くんだ。
コレこそがあたしの願望なんだろうなって思うンだ。
シニカルで斜に構えた物言いしながら、その実、死者を引きずりながら屍者を演じる自分自身を嘲り、笑って居る。
それをただただ望んで居る。
望んで演じて同じ場所をグルグル回りながら、己の滑稽さを嗜んでいるのだ。
あたしは際限の無い笑いの発作に溺れながら、心底そう思った。




