13-3 見上げる月は、相変わらず白くて
夜の静寂の中で耳を澄ませば、遠くの風鳴りと植え込みの木立がざわめく音が聞こえてくる。
何時もの夜、何時もの時間、いつもの作業。だが場を変え状況を変え、立ち位置を踏み変え続けていれば、それらは似て非なる全く別の「日常」を演出してくれるのだ。
それを紛らわしいと捉えるか、それともテンプレートで気兼ねないと捉えるか。その辺りの感じ方はまさに人それぞれ、百人百様であろう。
人の有り様もまたそういった風景と似たり寄ったり。似たような容姿に似たような服、似たようなモノ言いと似たような反応。それらが複雑に折り重なっている。
大勢の生徒をズラリと並べて見回せば、量販店で並べられる規格品を眺めて居る気分になる。モチロンそれはあたしの一方的な感想で、ご当人たちの耳に入れば眉根を潜めて反論されるコト間違い無しなのだが。
「でも案外、教師も似たような感想なのかもね」
毎年毎月毎日、生徒たちは入れ替わり立ち替わり変わっていく。成長期の真っ直中なのだから更にそうだ。そして間違い探しをするように、似たようなモノばかり見ているものだから、ちょっと毛色の変わったモノの印象は強く残っている。
故にあの教師が訝しむのはむしろ必然というべきか。
シクったね。もっと地味に立ち回るべきだった。
処置薬の効果に頼りすぎたのも失敗だった。この学校では既に手遅れかも知れないが、次の現場からは是正しよう。もっともソレと決心するのはコレが初めてでは無くって、変えたつもりでも一週間が過ぎれば、何故か元の立ち振る舞いに戻ってしまっているのだが。
せめてテストの回答欄だけでも空白を作るのは止めにするか。これからは適当な答えで埋めておけば、違和感を一つ消すことが出来る。
静かに息を吐き出す。
軽く目を閉じた。停滞した校舎の中の空気に蠢きはない。遠くで近くで、あるいは階下や階上でナニかが這いずるような気配は皆無。今宵の学内は極めて平静平穏であった。
昨夜看取った少女の面影が脳裏を過ぎる。あの後、学校のデータベースから霧林紀美子という名の三年生だと知った。やはりというか順当にナリ替りにすり替わられたようで、彼女のクラス彼女の席には、そっくりそのまま「彼女」が座っていた。
念の為にそれとなく彼女に近付き、臭いを嗅ぐと共に毛髪を採取、鑑定キットで確認してみた。体臭はヒトではないがヒト喰らいのソレではなく、キットの試験結果も陰性で人血反応すら皆無。間違いなくナリ替りだった。
ヒト喰らいもこれくらい簡単に見つかるとイイのに。
年を追うごとにと云うほど極端では無いが、一〇年前よりは間違いなく見つけ難くなっている。あたしら駆除者がせっせと狩りまくるせいで、中途半端な擬態のヤツは駆逐され、より高度に環境に馴染み完成された擬態のモノだけが居残っているせいだ。
ある意味、自分たち狩るモノが不完全なヤツらを淘汰し、擬態と潜伏に長けたモノだけを生き残らせて居るとも言える。
それに合わせて駆除者もまた、手八丁様々な手管を高度化させてソレを狩り出さねばならない訳で、更にソレで生き残ったモノが更に巧みになってゆくのだ。
コレではキリがない。まさにイタチごっこである。
そして、ヒト喰らいの潜伏が巧みになる都度に喰われる者は増え、空いた穴を埋めるべくナリ替りもまたその数が増えるという訳だ。
ヒトは、ナリ替りを完全に駆除する訳にはいかないから。
駆除したら空席が出来て、社会的に不安定になってしまうから。
行方不明者の数を無秩序に増やす訳にはいかないからだ。
ヒトはナリ替りを嫌ってはいるが、ヒト喰らいがある限り手放すことが出来ない駒の一つ。ヒトの社会を維持するため、不安を増長させる訳にはいかなかった。
歪んでは居るが互いに益を結ぶ存在、双利共生体とも言えよう。
とは云え、だ。全ての者が納得出来る訳でもあるまい。
やれやれと吐息をつく。コレでまた一人、消え失せたのに消えて居ない少年少女が増えた。自分が看取った彼ら彼女らは全部憶えて居る。二桁三桁どころか四桁だ。
正確に言えば一八〇二人、いや昨日一人増えたから一八〇三人か。流石に問答無用で切り飛ばした擬態全てはムリだが、少なくともこの手ですくい上げようとしたオリジナルは網羅していた。
我ながらよくもまぁ憶えられるモノだと呆れもする。コレもまた淵から舞い戻って者への祝福だろうか。いやいやむしろ呪いと言った方が正しかろう。陰々滅々とした思い出を正確緻密に憶えて居られるなど、どう考えても愉快なスキルなんかじゃあない。
だが忘れて捨て去るつもりはサラサラ無かった。彼ら彼女らを取りこぼすなんて在り得なかった。それは自分自身に課した義務、疎かにしてはならない大切な決まりごとだった。
写真や名前だけではタダの情報でしかなくて、彼ら彼女らと直に触れ合ったナマの記憶ではないからだ。
現場毎に忘れられて消え去るこの身だが、それは単に役目なだけだ。自分で選択した結果だ。しかし喰われて不本意な結末を迎えたあの子たちは違うだろう。自分で望んだ結果じゃあない。選んだ訳でもない。ただ餌として食い散らかされたダケだ。
そして秘匿名簿に「消失後、代替品による補填」と記録され、肉塊は産廃業者に処理されて終いだ。無かったことにされる。アレは表向き存在しないのだから当然。居ないモノが危害を加える筈は無く、その被害もまた在り得ない。
空いた穴はそのままヒト為らざるモノによって補填され、全て終いなのである。
ホンモノは物故して影も形も無いというのに。
喰われて失せた者は墓に入る自由すらないらしい。
人権だのヒトの尊厳だの文化的な生活を営む権利だの、そんなお題目をさえずる為政者どもには失笑しか湧いてこなかった。秩序維持の大義名分の前にはそのすべてが塵芥、「平穏平和」はそれを乱すモノを許さないのだ。
その現実の前で弱い者を救う社会、などと、どの口が言うのか。
この世界のアチコチに転がる屍体の山を見てからモノを言え。
肉塊になった少年少女たちが、何の無念も抱かないと思っているのか。屍体は喋らないから忖度無用とでも言いたいのか。代替品が在るからソレで良しだとでも?当人は滅しそのまま闇に葬られるというのに。
ならばせめて、せめて誰かが憶えておいてやらねば余りにも救いがなさ過ぎる。
だからこそあたしだけでもと、脳ミソの片隅に刻むのだ。
「でもまぁ、ソレもただの自己満足にしか過ぎないんだけどねぇ」
夜陰の中に苦笑まじりの独白がこぼれる。
憶えて居るとしてもただそれだけ。周囲に「これこれこういう者がこういう最後を遂げたのだ」などと、吹聴する訳にもいかない。出来る筈もない。隠すよりも公開する方が余程に害悪だからだ。知れば社会秩序が崩壊する。ヒトが生き残れなくなってしまう。
力も数も生命力もアレの方が上。表立った抵抗は逆に相手を刺激して、あっと言う間に駆逐されてしまう。過去に何度もその過ちは繰り返された。それを礎にして今の仕組みが出来上った。ヒトは群れを維持しているからこそ、生存出来るのである。
「分かっている、判っちゃあ居るのさ」
たとい記憶を元に、失せた少年少女たちの後に居座るナリ替りどもを全部始末したとしても、何かを是正できる訳じゃない。死んだものが蘇ってくる訳じゃないからだ。むしろ逆に行方不明者の数を増やして周囲を無駄に騒がせるダケ。ニセモノでも皆無よりは余程良い。
裏を返せばソコに居るのが本人で無くても、世の中は順当に回っていく。オリジナルでなくても世界は何も変わらない。つまりはそういうコトだ。
これを知れば大抵の者は叫ぶ。「コレの何処が平和な社会か、何処が幸せな生活か」と口角泡飛ばすのだ。
でもそれは単に上っ面を舐めたダケの物言いで、「コレが平穏ってヤツなんだよ」と切って捨てれば、鼻白んだ後にエキサイトして更に叫ぶハメになる。本当に幾人この反応を目の当たりにしたことか。
きっとあの教師も同じだろう。そして事後はあのクスリを打って強引に揉み消すのである。何度も繰り返してきたテンプレートな作業だ。事務的で情緒や配慮なんて微塵も無い定型業務。
だけど、全然スマートじゃない。
正直ウンザリなのだ。クスリだって完全に無害って訳じゃないんだぞ。ごく稀にフラッシュバックして混乱した挙げ句、発狂した者の話は聞いているんだ。
生涯一度くらいの投与なら問題は無いと説明されている。だが間違いなく危険は在った。にも関わらず、使い続けて居るのは効果が確実だからだ。
仮に不運が在ったとしても、状態はどうあれ生きて居られるのだから良いだろう。アレに喰われて闇に葬られるよりはマシではないかという、投げやりな配慮の為だ。
処置後にどうなろうとも、知られたからには放置出来ない。大事なのは秩序が乱されない、この一点に尽きるからだ。だからあたしは神経を尖らせるハメになる。
「どうしてヒトは、幔幕の裏側なんてものを覗いてみたくなるんだか」
わざわざご丁寧に隠してあるのに。
知らなければ何の気兼ねもなく生きて行けるのに。
首を突っ込んでもイイことなんて何も無いのに。
「ただ危険が待っているダケだというのにさ」
知らないからこそ興味本位で覗き込むのだろうけど、コチラはえらい迷惑だ。
そして気付いた途端、世間の常識ってヤツを振りかざして大騒ぎする。
大概にしてくれ。
「この地上の出来事は、人間の都合に合わせて転がって居る訳ではないのです」
ヒトだって動物なんだから、生き残るコトに全力を尽くすべきでしょう。人道だの理想だの、タテマエやヒトの作った秩序がこの世の全てのルールだなんて、そんなチャチな幻想にしがみつくべきじゃないんですよ。
「何故にお分かりになっていただけませんかねぇ」
世界ってモノは本当に素っ気なくって残酷で、ヒト一人の生き死になんて、てんで気にしちゃ居ないのだから。
吐き出した溜息が、廊下の空気に溶け消えてゆく。雲に隠れていた半月が姿を現し、無人の廊下を冷たく照らした。窓から差し込む蒼い光が自分の影を足元に貼り付けていた。歩けば着いて来るし止まればピタリと静止する。
当たり前だ、自分の影なのだから。
まるで影絵芝居みたいだな。
窓枠の四角い明かりの中で蠢くものだから、更にその感想が強かった。「操り人形の」と枕詞を付ければより一層深まる感じだ。
口元だけで小さく笑む。
屍人形の人形劇っていうのも洒落ているかもね。
或いは、屍者が生者を模倣するパントマイムか?昇天した者を慰めるべく生きた死体が、夜の学内で怪しい演舞を奉納すると。
人知れず消え失せた少年少女たちを引きずり続けるこの身である。無人の学校の中で演ずるのなら似合いの配役だろう。
或いはナリ替りどもも日々端役を担うため、この劇団の一役を仰せつかっているのかも知れない。
「はっ」
思わず失笑が洩れる。
窓から見上げる月は、相変わらず白くてデカかった。
真っ黒な校舎の中で徘徊する自分が、更にちっぽけに見えた。




