13-2 未来は気まぐれ
生徒たちがごった返す昼休みの廊下だった。
「邑﨑」と呼ばれて振り返って見れば、壮年の男性教師が立って居た。岩の様な仏頂面でとても機嫌が良さそうには見えない。
ちょっと見覚えが無かった。体臭も初めて嗅ぐソレで初対面なのは間違いなかった。だが、あたしを見知ってはいるようだ。
「なにか?」と軽く返事をすれば「相談室まで来い」などとおっしゃる。
はて、この学校ではまだ特に粗相をした記憶は無いのだけど。まぁ取敢えず着いて行くことにした。軽くあしらうにしても「お誘い」の理由を聞く位の寛容はある。
あるいは、時間を持て余していたと言う方が順当か。
実質的な就業時間は陽が落ちてから後の話で、日中は風通しの良い場所での仮眠か授業中のうたた寝に終始する。それがこのまがい物のJKに課せられた、「正しい時間の使い方」であるが故に。
「どの様な御用なのでしょう」
「わたしの名前は知っているか」
相談室の椅子に座りしな、質問に質問で返された。
「いえ、残念ながら」
「木崎という。三年生の社会歴史を担当している。きみはつい先日転入して来たばかりの生徒で、しかも一年生。確かに知らなくて当然か」
事務的な口調ながら、どこか拍子抜けしたような物言いだった。
「わたしの顔に見覚えは?」
「いえ、残念ながら」
「一一年前、隣の市にある第二高等学校で起きた事件を知っているか」
「いえ、残念ながら」
「同じ返事を三べん繰り返すか」
「知りませんので。それよりも、あたしの質問に答えていただいておりません」
「察して欲しかったな」
「何をです」
「……とてもよく似た生徒を知っている。わたしはその時、今言った高校で教鞭を取っていてソコで見知った」
「いきなり何の話です」
「まぁ、聞け」
木崎という名の教師は抑揚を押さえたまま、滑らかに語り始めた。
彼女も転入生だった。ひどいくせっ毛と特徴的な眼差しをした生徒だった。
来たばかりだというのに授業中は常に上の空か居眠りばかり。そのくせ定期試験はソツなくこなす。全教科狙い澄ましたかのような中庸の中。しかも空白の回答欄を故意に作り、それ以外の欄は取りこぼすこと無く全て正解だ。
「高得点を取らないよう故意に点数を調整している、そんな風に見えた。どうやら成績で目立ちたくないらしい」
授業もよくサボった。そのクセ、彼女に目を付けた教師の小言を難なくいなし、逆に理屈でねじ伏せる有様。頭が切れるのは間違いない。
そして口先も随分と達者だった。歯に衣着せぬ物言い、端的で隙がなく澱みない。まるで自分と同年代か、それ以上の人物を相手しているかのようだ。
「……」
「素行も顔も髪型も、実に印象的だったよ」
「……なるほど」
「それに瓜二つの人物が目の前に居る。容姿どころか転入試験の内容、この素っ気ない話しっぷりから立ち振る舞いまで、全てひっくるめてだ。気にしない方が逆に難しい」
「一〇年以上前の話なのですよね?」
「そうだ」
「あたしは何歳に見えますか」
「一五、六歳くらいかな」
「だったら、間違いなく他人の空似でしょう。その頃のあたしは良くて小学校の初等生、ヘタすれば学校にすら行っていない年齢です」
「そうだな」
「親戚か姉妹にそっくりな者が居たのかと、そうお聞きになりたい?」
「常識的に考えればそんなところだ」
「相談室に呼び出してまでする話ですか?」
「言う通りだ。少々分を超えているな。教師としても社会人としても」
「なぜそんな興味を?」
「先ほどの話で出た高校で、大きな事件があった。一〇人近い生徒が行方不明になった事件だ。警察による大規模な捜査が行われ、幾人かは事件に紛れた家出だったり、勘違いだったなどと報道されたが、それでも数人は未だに不明のままだ」
「それは本当に大きな事件ですね。しかも当時、先生がその学校に勤めていらっしゃったとなれば、なるほど気にもなりますね。ですが何故、その女生徒の話と一緒に語るのです」
「件の女子生徒は、事件の直前に転入して事件が終わった途端に転校していった。まるで予定された仕事に呼び出されそれを終えたので去った、そんな風にも見える」
「そして瓜二つの人物がいま目の前に居る。また同じ様な事件が起きるとお考えで?いささか強引に過ぎませんか。ご自身の違和感同士をただつなぎ合わせたダケでしょう。軽率、あるいは妄想が過ぎると失笑されても反論できませんよ。
ひょっとして先生は都市伝説や陰謀論などのオカルト方面にご興味が?」
「ちょっと前までは全然まったく興味が無かったな。だが本日こうしてきみと話していて少し気が変わった。大した落ち着きっぷりだよ。こんな荒唐無稽なヨタ話を淡々と受け答えて、懇切丁寧に切り崩しにかかる。
言っちゃあ何だが年齢不相応だな。君たちの年頃なら『ばかばかしい』と鼻で笑って、感情任せに小馬鹿にするダケだ。たとえ相手が教師であろうとな。
こういう問答は初めてじゃないんだろう」
「同好の士とよくやるやり取りです」
「きみはクラスでは孤立しているように見えたが」
「ご自身の受け持つクラスでもないのによく見ていらっしゃる」
「それとも同士はSNSの上ダケなのかな。昨今の生徒はネットの方が交友関係は広いらしい。液晶画面の上のテキストや画像だけで、ソレと言って良いのか微妙だが」
「時代の変遷というヤツでしょう」
「これからこの学校で何かが起きる、あるいは現在進行している最中かも。きみはソレを知っていたりするのだろうか」
「一介の女生徒が何を?日々学校生活を送るだけで精一杯ですね。それに未来は気まぐれです。何が起きるのかなんて誰にも分かりませんよ」
「……そうか?」
「そうですよ」
「……」
「他に何をお聞きになりたいのでしょう」
「いや……もう何も」
「そうですか?不信に思ったので問い正したかったのでは」
「一〇年ほど前にきみとよく似た生徒を見た。懐かしさに駆られて思わず声をかけてみた。姉妹や親戚ではないのだね?」
「ええ、全く以て赤の他人です」
「そうか、納得いったよ。いや、最初から分かっちゃいたんだ。つまらないコトにつき合せたな」
「気にしてません、そういうコトもあるでしょうから。ではあたしはコレで失礼してもよろしいですか?」
「ああ。昼休み中にすまなかったな」
がらりと相談室の引き戸を開けると、五限目開始前の予鈴が聞こえて来た。肩越しにくるりと振り返る。
「先生は教師よりも、私服警察官になった方がよろしかったのではありませんか」
「そうだな、そんな風に考えた時期もある。だが今は教師になって良かったと思っているよ」
「それは何よりです」
あたしは戸を閉めると廊下を足早に歩きながらスマホを取り出した。データボックスにアクセスの後、いつものアドレスを引き出して通話ボタンを押す。
「あたしです。一一年前のT市の案件、コード○○‐○○○○‐○○○○○号で処置漏れの人物を発見。他に洩れがないか、至急遡り調査を願います。判明した人物のデータはこの後に送ります。あたしの分の処置薬も追加で二セット発送して下さい。はい……はい、そうです。ではよろしく」
通話を切ると小さく舌打ちした。まったく、面倒な仕事が一口増えてしまった。
あの教師、また出張ってくるな。
どう見たって納得なんかしちゃいない。確証は無いが確信している。早々に処置したかった。
だが現状で彼一人だけリセットしては、駆除後の全体処置と被る事になる。流石に短期間で二度の投薬は危険だ。必要な記憶まで失せるどころか、人格に支障が出る可能性がある。
怪我でもして病院に入ってくれれば助かるんだが。そうすれば病院で処置して、学校のゴタゴタが片付くまでノータッチにする事が出来るのに。
いっそのこと足の一本でも折ってやろうかとも思った。だが、それは選択肢の一つとして取って置く。不自然な事故で周囲の耳目を集めるのもマズかろう。奥底でどんな渦を巻こうとも、水面は静かであればあるほど良い。
未来は気まぐれ。これから何が起きるのかなんて、誰にも分からないのだから。




