13-1 長丁場になるぞ
深夜の教室に佇む少女の影が在った。
彼女の名前は邑﨑キコカ。先日、この学校に転入してきたばかりの女生徒であり、「淵」から舞い戻った生ける屍であり、公安の害獣駆除者である。
その複雑な肩書きの御仁はいま静かに諦めの吐息をつき、短い黙祷を捧げている最中であった。
唐突に昔の記憶が蘇ることがある。
前兆なんてまるでなかった。それは本当に何の脈略も無くって、ふとした日常のスキマから湧いて出て来た。何度も何度も繰り返し繰り返し、もうそれこそ呆れるくらいに。
まったく何というしつこさ。店先で流れる販促用の動画じゃあるまいし。「やれやれ」と独り語つ。
「長く生きてると、つまらない思い出ばかりが溜まっていくよ」
先ほど瞬いたのは、とある少女の最後の瞬間だった。自分の顔を見つめていた目が少しばかり緩んで、そのままその奥の光がかき消えていった。炭火の奥に見えていた種火が小さくなって失せるにも似る。飽きる程に出会した消失の一時だ。
傍目には同じ状況、同じ結末、同じ風景の繰り返し。だがどの一瞬であろうと皆等しく同じじゃ無い。当然だ。生き物はすべて、それぞれがそれぞれに別の存在なのだから。
ヒトとてまた同様。数多に集い群がる同じ様な姿形であっても、どれもコレも似て非なる別個のイキモノ。同じモノは一つとて無い異種異別な命であるが故に。
何故いまあの子のコトを?
その答えは端から出て居る。この鼻持ちならない、腐敗臭満ち満ちる遺骸だらけの教室に踏み込んだからだ。その中に息の在る者を見つけたからだ。
山盛りになった血まみれの肉塊。その山の中に呻き声が聞こえたので急いで駆け寄り、助け起こそうとしたのだが無駄だった。既に命の火が消えた直後だったからだ。
たったいま全てが失せたばかりの肉体。未だ温もりこそ残りはするが、後はもう冷めてゆくのみであった。顔を覗き込んで見る。意思の無い虚ろな眼差しがただ見つめ返していた。
間に合わなかった?いや、あと五分発見が早かったとしても、このザマでは助かりはしない。腹に大穴が空き内臓がゴッソリ失せている。どう見ても死体以上にはなれなかった。
生きたまま食われたか。
想像を絶する苦悶であったろう。それは間違いない。そしてあたしはこの子の、この世における最後の一息を聞きつけた。それだけだった。
また重い溜息を一つ。
ひょっとして長い時を経て熟成された記憶ってヤツは、本人も気付かぬ内に自我を持つようになるんじゃなかろうか。そうでなければ、この耳元で嘲笑うクスクス声が聞こえてくる筈ないのである。
また間に合わなかったわね。
もう少し早ければ間に合ったかも知れないぞ。
昨日の内にこの食堂を見つけて居れば、この子は死体にならずにすんだのかも。
所詮、自分は駆除者。与えられて居る仕事はヤツらを狩ることだけ。
そうそう、命を助けるなんてご立派なお仕事は他の者に丸投げでイイさ。
そうそう、無駄な仕事はしない。
それが長生きをする秘訣。
屍体が長生きってナニそれ。マジうけるw
もう屍体だから責任がないのさ。
生きてはいないから生きている者に嫉妬しているのよ。
あれ?まだヒトだった頃に未練がある?
ある訳ないだろ。駆除者でも古参のひとりだぜ。
未練タラタラでこんなクサレ仕事出来る訳ないでしょう。
名にし負う屈指の使い手さまだからな。
淵からの来訪者、彼の御仁の手で直々に造り上げられた「つぎはぎ姫」様よ?
氷雪の鉄面皮さまだものね。
そうそう、所詮は感情の失せた屍人形だもんな。
「ちっ」
切って捨てる舌打ちをひとつ。
相も変わらず小煩い連中だ。
際限なくお喋りを続ける連中の戯れ言を強引にねじ伏せる。そのまま一番深い場所にある分厚い鉄で出来た箱の中にすべてを無理矢理押し込め、クソ重たい蓋をしてデカい鎖で厳重に縛り上げた。更にデカい錠で鍵をする。
もう二度と出てこれないように。
だと言うのに、どういうコトか。毎回々々同じ様に封印しているのに、何故かいつも知らぬ間に鍵が開いて、気が付けば耳元で囃し立てて居るのである。
全く以て腹立たしく、始末に負えん。
「デコピン、巡回は済んだ?」
振り返ると、開きっぱなしの教室の出入り口に、額に電源ボタンのような白斑の在る黒猫が立ち止まって居た。鼻の根に皺を寄せてジッとコチラを睨んでいる。踏み込んで来ないところを見ると、キツ過ぎる臭いにご不満らしい。
「仕方ないだろ、この季節だ。どうしたって腐敗は早い」
ココを見つけたのはこれでも最速だぞ、そもそも端から、あたしらを此処に呼ぶのが遅かったんだ、見ろ、この屍体の山を。優に一クラス分は在る。
「今しがた一人を看取った。本日が最新の食事日だ。長丁場になるぞ」
見落とし手抜かりの無いようにね、と付け加えても何も返事は無く、無愛想な相棒はただくるりと踵を返した。




