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宝石の駒  作者: 彩霞
第五章

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第80話 手紙

(もしかして、先生からの手紙……?)


 別邸にいるときに父から手紙をもらうことはあったが、他人からは初めてである。


 ロバートは胸の内から熱いものが込み上げてくるのを感じた。

 ティナは、生徒である彼から見ると手紙を書くような人ではない。考えていることはいつもリブームのことで、そのことであれば楽しく語るが、別のことについては熱を入れて話すことはないのだ。そのため、日頃のことを相手に伝えるような手紙は書かないと思っていたし、自分に書いてくれることないと思っていた。


(白い封筒は、素朴な意匠が好きな先生らしい選択だな……。封蝋が黄緑色っていうのはどうしてなんだろう? この判子も……何か意味があるんだろうか……)


 都市地主や貴族などは、家の紋章や個人が特定できる判子が使われるのだが、一般市民の場合はそれがない。ゆえに、大量生産されている雑貨屋などで買った判子を用いて封蝋をするらしい――と聞いたことはあったが、見るのももらうのも初めてのことである。


(それと、こっちの包みは何だろう? こぶしぐらいの大きさだけど……) 


 ロバートが微動だにせず封筒と白い紙に包まれたものをまじまじと見ているので、受け付けの女性がまるで幼子を見るかのような笑みを浮かべ、周りに聞こえないようにこっそりと言った。


「よっぽど急いでいらしていたのでしょうね。時間があったなら、きっとお屋敷の方に渡しているでしょうから」


 その声にハッとして、ロバートは顔を上げる。

 先ほどロバートが「スイングラー」と名乗ったので、ティナがスイングラー家の子の先生であったことが分かったようだった。


「あの、手紙を預かっていてくださって、ありがとうございます」


 お礼を言うと、女性は優しく笑った。


「いいえ、どういたしまして。それではお気をつけてお帰りくださいませ」


 ロバートは手紙と紙に包まれたものをそっとジャケットのポケットに入れると、ゆっくりとした足取りで屋敷に戻ったのだった。


     *


 ロバートが屋敷に戻るとメイドたちは心配そうにしていたが、彼はコートと帽子を預けたついでに「飛び出して行ってごめん」と謝ると、「大丈夫だから……。ただ、少しだけ一人にしてほしい」と言って一人部屋に戻った。


 窓側を向いてベッドの縁に座ると、ロバートはポケットに入れたときと同様に丁寧に封筒と包みを取り出す。


(何が書いてあるんだろう?)

 

 少し想像してみるが、ティナのことであるリブームのことと、ほんの少し何か書いてあるだけではないかと思った。彼女が長い文章を書くのは似合わない。

 ただ、その「ほんの少し書いてあるもの」が全く想像つかないので、読んでみたい気持ちに駆られる。


 一方で、封筒を開いたらあっという間に読んでしまって、今以上にドキドキすることはないのではないかという思いもあった。


(開けたいような、開けたくないような……。でも、明日のことを考えたら開けておいたほうが良さそうな気もする……)


 複雑な心境だが、明日ティナが来る予定だった時間が空いてしまったため、恐らく家庭教師が代わりに来るだろう。そうなると授業の間に手紙を開けていなかったらそわそわして勉強どころではないように思った。


(……ええい、開けてやる!)


 自分が授業に集中できない様子がまざまざと浮かんだので、ロバートは意を決して封を切った。


 中には三枚の紙が入っている。

 しかし、一番外側にあるものには何も書いていなさそうだった。ということは、ティナの文字が書いてあるのは二枚だけ。何が書いてあるのか――。

 ロバートは深呼吸をすると、ぺらっと一枚目を開いた。




 ——親愛なるロバートさまへ


 これをお読みになっているころには、私はすでにロルディをっていることでしょう。

 当主さまより、「一年の任期を前倒しで終了させてほしい」というお願いが来ましたのでお受けいたしました。私は元々都会に住むような身分ではございませんので、正直申しますと安心いたしました。これで、晴れて自由の身となり嬉しく思います。ちなみに、報酬も一年分をきちんといただきました。働いていないにもかかわらずです。本当にありがたいことだと思っております。


 ……と、このように書きますと、ロバートさまは少しがっかりなさるかもしれませんね。寂しさや未練はないのか、と問われそうな気がいたします。ですが、私の本心はこの程度のものです。


 本来、私とロバートさまは会うことはなかったと思っています。

 スイングラー家のご子息と、ただの主婦でございます。会いようはございません。

 ロバートさまが他の家庭教師たちと折り合いが付かない中、偶然……なのか、もしくは何らかの情報網を使って見つけ出したのか不明ですが、ヴィヴェルシュさまが私を見つけ、家庭教師になってほしいとお願いされなければ受けなかった話でございます。


 ですから、最初から何の期待もしておりませんでした。ゆえに、寂しさや未練もないのです。

 出会うことがなかったであろうあなたに出会い、リブームを教えることができた期間があった――。

 それだけで十分に私にとって嬉しく、そして幸せな時間だったのです。


 ロバートさま。

 あなたさまはきっと、これから色んな方と出会うことになるでしょう。

 その出会いを大切になさいませ。その代わり、私のことは忘れると良いと思います。私が教えたリブームのことを糧にして、人との繋がりを作る。それが私の望むことでございます。

 大丈夫。私はもうあなたの家庭教師ではありませんが、教えたことが繋げてくれます。いつでも、あなたがリブームを楽しんでいることをこれからも祈ります。


 最後になりますが、勉強は順調というお話もお聞きしまして嬉しく思います。

 これからもお体に気を付けて、色んなことを学びください。


               あなたの最初の家庭教師 ティナ・エジンより


 追伸:白い紙に包まれたものは、開けましたでしょうか?

    これは、以前ロバートさまと出掛けた際に購入していたものです。


    色が気に入るかはあなた次第。是非、使ってみてくださいませ。

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