第79話 ティナ・エジンの生徒
ロバートは目を見開き、聞き返していた。
「……三日前……ですか?」
「はい」
女性の返答は迷いがなく、加えて笑顔を向けてうなずいた。少しでも迷ってくれたなら多少は希望があったのに、それすらもない。
ロバートは絶望的になった。三日前に出て行ってしまったのでは、足取りを追うこともできない。受け付けの女性の顔を見ることができず、俯く。
(想像以上に早く部屋を出ていた……。三日前なんて……、そんな屋敷で誰もそんな素振りを見せなかったのに……)
メイドのメイやアレイたちが、ティナに関してロバートに隠しごとができるとは思えない。もし知っていたら、顔に出たり、態度に出たりしていたはずである。
(……言わなかったんだよな。父上も、クイーズリーも……)
メイドたちがロバートの肩を持つことを考慮して、ぎりぎりまで隠していたのだ。だからクイーズリーは、父と出掛ける直前に彼女たちに言ったのである。
「どうかされましたか?」
帽子をかぶったまま俯いて黙っているので、女性が心配そうな声で尋ねた。
(くよくよしても仕方ない。できることを考えよう)
ロバートはぱっと顔を上げると、申し訳なさそうに「……あの、その部屋って入ることってできますか?」と聞いた。少しでも会話を続けて、ティナがどこへ行ったのかを聞き出そうと思ったのである。
「それは、宿泊されるということでしょうか?」
女性はここにきて初めて訝しげな表情を浮かべた。
どうやら部屋を入って確認するというのは、変なことらしい。
(まずい、適当に誤魔化さなくちゃ!)
「あ、えっと……、『302』を借りていた人は僕の先生なんです。それで先日遊びに行ったときにちょっと忘れ物をしたかもしれなくて、捜したかったんですけど……」
我ながら上手い嘘だと思った。女性も騙されたようで表情を和らげる。
「ああ、そうでしたか。何をお忘れになっているでしょうか? お分かりになれば、忘れ物としてお預かりしているものをお見せすることができます」
「……部屋を捜しに行ってはダメなんですか?」
ロバートは普段は絶対に使わない上目遣いで女性を見つめる。空色の瞳で見つめられればさすがに心が揺らぐのではないかと思ったのだが、上手くは行かなかった。
彼女は頬を引きつらせつつも、何とか堪えて笑顔を貼り付けたままロバートに謝ったのである。
「申し訳ありません。すでに『302』のお部屋には別の方がお泊りになっていて、お捜しになることはできません」
「別の人……」
「はい。それに次の方にお貸しする際にお部屋をきれいにするので、もし何か落とし物がありましたら忘れ物としてお預かりすることになっているのです。ですから、お客さまがお部屋を捜すお手間はございません」
「そう、ですか……」
(一緒に部屋に行って物を捜している間に、世間話を交えてティナの行き先をそれとなく聞くことができたら追いかけることもできたかもしれないのに……)
別の方法を考えねばと思っていると、受け付けの女性の同僚なのか、別の女性が声を掛けていた。そちらは対応してくれている女性とは違って、少し体格がよく、熟達したような落ち着きがある。
仕事のやり取りのようで声を潜めているが、「ねぇ、もしかしてあれ預かっていなかった?」というのと、「ああ……、そういえばありましたね」という受け答えが聞こえ、体格のよい女性のほうが、受け付けの人に白い紙と同じく白い紙に包まれた丸いものを渡していた。
「すみません、先ほど聞いたように思ったのですが、あなたはエジンさまの生徒さんですか?」
彼女はロバートにそう尋ねた。ロバートはこくりとうなずく。
「え……? あ、はい」
「お名前をお聞きしても?」
「ロバート・スイングラーですけど……」
「スイングラー」という名を出してよいのか迷ったが、ティナの生徒は「スイングラー家のロバートという名前の姓と一人」である。他人の「ロバート」と間違われたくなかったので、勇気を出して答えた。
「そうでございましたか」
「……?」
「『302』に宿泊されていたティナ・エジンさまが、もしロバートさまが自分のことでお尋ねになることがあったら、渡してほしいと言われていたものがあるのです。何でも、お屋敷にお戻りになる暇がないとかで、お別れを言うことができないからと言っていました」
そう言うと受け付けの女性は、ロバートに白い封筒と白い紙に包まれた「何か」を渡した。
「何か」のほうは見た目では何だかよく分からなかったが、封筒の表には黒いインクで「親愛なるロバートさまへ」とティナの字で書いてあり、裏を見ると爽やかな黄緑色の蝋が垂らされ、円のマークの中に葉っぱの模様が施された封蝋で閉じられていた。
ロバートは、空色の瞳をまん丸になるくらいに大きく見開いた。




