第8話 問い
「両親です」
「……本当に?」
信じられないと言った様子で、ロバートが尋ねる。
「ええ、そうですよ」
ティナに「リブーム」を教えてくれたのは「血の繋がった親」ではなく、「育ての親」である。
しかし、彼にはそこまで言う必要はないと思い、言わなかった。また、ティナにとっての両親は「育ての親」以外にいない。
「『先生』に習ったわけじゃないのか?」
ロバートに問われ、彼女は「なるほど」と思った。
自分は、都市地主の子息に指導することになった身である。
それだけではない。ロバートの父親は息子に「リブーム」の指導をしてもらうため、半ば強引にティナを連れ出してきたという経緯もある。
これらのことを踏まえると、ティナに「『リブーム』の師がいるのではないか」と考えるのも分かる気がした。
「おりません。師を雇えるような裕福なところの子ではございませんでしたから」
ティナの子ども時代は、去年の収穫で今年を一生懸命に生きるような生活である。
「リブーム」などという、これっぽっちもお腹が満たされないようなことを教える者に、お金を払う余裕などありはしない。
「ドレスを着ているじゃないか」
ロバートはティナの着ているドレスを指さして言った。
お金がないなら、ドレスなど着られないと思ったのだろう。ティナは苦笑する。
「これは、ロバートさまのお父上が誂えてくださったものです」
するとロバートは、悪戯っ子のような笑みを浮かべた。
「俺の家庭教師を引き受けたのは、高貴な暮らしに目がくらんだからか?」
ティナの足を引っ張る材料ができたと思って喜んでいるようだ。
(まだ、私を「辞めさせる」のは諦めてないのかもしれないわね……)
ため息をつきたい気分だったが、そんなことをしたら槍玉に挙げてくるとも限らない。そのため、ティナは冷静に淡々と言い返した。
「先ほども申し上げましたが、私は最初はここに来るつもりはありませんでした。ですが、ご当主さまの強い要望でこちらに参ったのです。そのため、私がここにいることは、お父上のご意向であることはお忘れなきよう」
「……」
彼は一瞬怯んだような表情を見せる。どうやら「お父上のご意向」というのが利いたらしい。——と思ったが、すぐに繕って言い返してきた。
「だったら、何故ドレスなんか貰っているんだ? 父上があんたを『愛人にしたい』とでも頼んだのか?」
「……」
ティナは思わず眉をひくりと動かしてしまう。
小馬鹿にされた態度をされても多少は平気であるが、さすがにこの言葉にはカチンと来た。
(よくもまあ、次から次へと人を非難したり馬鹿にしたりする言葉ばかりでてくること)
「どうしたの? 本当にそうなのか?」
ティナが何も言わないので、ロバートは面白そうな顔をして、彼女を試すような言葉を言ってみる。それも、腹の立つような調子で。
「いいえ、違います」
(全く、どこでこんな悪い言葉を知ったのかしら? スイングラー家の中での会話?……まあ、色んな人が出入りしているでしょうから、ないとは言えないわね。あとは――)
「だったら、どうして間が空いたんだよ」
「聞きなれない言葉に驚いただけです」
冷静にと思いつつも、つい、無理矢理感情を抑えたような言い方になってしまう。ロバートは調子づいて、さらにティナを責めた。
「大人が聞きなれないなんてことあるのかな? 『愛人』って言っただけだろう」
「本当です」
「本当に? 図星だったんじゃないの?」
「違います」
「そうかなぁ?」
「……」
ティナはそのときふと、ロバートが「言っていることが本心からなのか」という問いを繰り返していることに気が付いた。
相手を苛立たせるには確かに有効である。
だが、本当かどうかを何度も確認されたら、逆に「ロバートは相手のことを信じていない」ということを示しているだけになる。
(そうだわ。彼は私を信用していない。初対面なのだから当たり前だけれど、でも、何かが違う……)
ティナが今まで接してきた子どもたちの中で、ひねくれた子はいた。
しかし、ほとんどが何かしらの合図を出していた。
大人を信用しないような子は、最初から「信じない」という態度を示してくれていたし、大人を騙そうとしている子は、「信じていない」という合図は送らない。逆に「信じているように見せかける」のである。
だが、ロバートはそのどちらでもなさそうである。
(……スイングラー家に来る前に色々あったのかもしれないわね)
少数民族たちが、セルディア王国で苦労していることはティナも知っている。
彼らを食い物にしている貴族の存在も、利用してきた者たちのことも、この目で見て来た。
(そういえば、あの子もそうだった……)
そのときティナは、「リブーム」を教えたことのある一人の子どものことを思い出していた。




