第7話 宝石の名が付いた駒
「……ルールは、まあ、知ってはいるけど、聞いてやる。久しぶりだし、『先生』っていうのに習ったことがないからな」
「そうですか。最近はおやりになってはいないのですか?」
「久しぶり」と言ったので聞いてみると、何故かロバートが「何が?」と聞き返した。
ティナは少し疑問に思ったが、できるだけ自分の気持ちが表に出ないように気を付けながら「『リブーム』です」と答える。
すると、彼は何かに気づいたようにハッとしたような表情をした。だが、それをすぐに誤魔化す。
「……腹の探り合いは始まっているんだろう? いちいち聞くなよ」
ティナはロバートの態度を見て、「『リブーム』がどういうものかは知っているが、やったことはないのではないか」と思った。
しかしそれならば、どうしてヴィヴェルシュは「リブームの相手がいないために息子がつまらなくしている」などと言ったのかと、別の疑問が出てくる。
ロバートがこの屋敷に引き取られるときに嘘をついたのか。
あるいはヴィヴェルシュが勝手にそう思い込んでいるだけなのか。
それとも、ティナに警戒心を解いてもらうために、ヴィヴェルシュがわざと嘘をついたのか。
(でも、もし私のことを考えていたのだとしたら考えが浅はかよね……。普通、ある程度「リブーム」ができる人は、対戦するだけで相手の力量が分かる。私がロバートさまと対峙したら、すぐに見破られることは分かっていたはず。だってヴィヴェルシュさまも、スイングラー当主の後継ぎとして「リブーム」の指導を受けていると思うから……)
少なくとも、ロバートか、ヴィヴェルシュが事実とは違うことを言っている。
それが意図的に言っているかどうかの判断は現時点でできないが、少しずつ探りを入れて知っておいたほうがいいとティナは思った。
「そうでございますね。良い心がけだと思います」
彼女はとりあえず、ロバートが言ったことを気にせずに、話を続ける。
「では、初歩的なところから説明いたします。ロバートさまもご存じのこともあるかとは思いますが、説明させてください」
「……分かった」
彼女はにこりと笑うと、早速「リブーム」のことについて話し始めた。
「『リブーム』は縦が六マス、横が六マス、計三十六マスに区切られている盤上で戦います。駒は白と黒の二つの色がありますね」
ティナは木箱の中に入った駒を、ロバートに見せる。中には、白と黒の駒がきれいに仕舞われていた。
「ああ」
「色の違いで、自分と相手の駒を区別します。さらに、白は先攻、黒は後攻と決まっています。ロバートさま、白と黒、どちらがいいですか?」
「選ぶのか?」
「はい。実際に、駒を触りながらやったほうが分かりやすいと思いますよ」
「……じゃあ、白」
「分かりました」
ティナは、箱から予備以外の白の駒を全てロバートに渡す。
「駒を見てください。駒には色々な形がありますね」
彼女が黒い駒を手に取りながら話したので、ロバートも白い駒を触りながら「うん、ある」とうなずいた。
「■、◆、●、▲、★の五つ種類がありまして、これにはそれぞれ宝石の名前がついています」
「宝石の、名前?」
「そうです。■は『パイロープ』、◆は『アンドラダイト』、●は『デマントイド』、▲は『グロッシュラー』、★は『ウパロ』といいます。これは白も同じ形のものが、同じ名前で呼ばれています。これが『リブーム』の別名が『宝石遊び』と称される所以です」
「パイロープ、アンドラダイト、デマ……えっと……」
「デマントイドです。一度では覚え切れないと思うので、分からなくなったらその都度聞いてください」
すると、ロバートはむっとして言い返した。
「俺はそんな馬鹿じゃない」
ティナは目を瞬かせたあと、正直に言った。
「ロバートさまのことを馬鹿だとは思っておりません」
しかし、ロバートは、ふん、と鼻で笑う。
「どうだか」
「本当でございます。一度で覚えられる人はそういません」
何故、駒の名前を覚えられるかどうかということが気になるのか、ティナは内心「よく分からない」と思いながら言った。
「あんたは? どれくらいで覚えたんだ?」
「私も習い始めたときは、何度も聞きましたよ」
「具体的な期間を聞いているんだ。ちゃんと質問に答えろよ、『先生』」
親切にされたかと思うと、いちいち突っかかるようなことを言い始める。
簡単に相手のことや性格などが分かるとは最初から思ってはいないが、これまで教えてきた子どもの中でも特に掴みづらいのは確かだ。
(ここで下手に反論すると、「もうやらない」って言いかねない感じよね……)
ティナは「リブーム」の駒を動かすが如く、相手の出方を見定めるために、従順なふりをしてロバートの質問に答えた。
「答えたくても答えられないのでございます」
「何でだ」
「気づいたら覚えていたという感じなので、覚えていないのです。私が『リブーム』を始めたのは、十歳かそこらです。毎日相手をしてもらっているうちに、自然と覚えましたから、はっきりとした時期は分からないのです」
ロバートはティナの顔をじっと見たあと、「ふぅん」と呟く。納得したのか、そうでないのかよく分からない。
だが、黙って彼が次に何を言うのかを待っていると、「……誰に習ったんだ?」と尋ねてきた。




