第77話 期待しない日々
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「——それでは今日の講義は終わりです。では、また来週」
セルディア王国の歴史を教える家庭教師の男が、微笑を浮かべ、ロバートに丁寧にお辞儀をして部屋を出て行く。
ロバートは笑顔を返しながら、「……ありがとうございました」とお礼を言って、傍に付いている二人のメイドと共に彼を見送った。
家庭教師がいなくなると、部屋に残ったほうのメイドのメイが、手慣れた様子で部屋の窓を開ける。
その間にロバートは、隣の自室へ移動した。
部屋の中央にあるテーブルとセットの椅子にどかっと座ると、背もたれに体重を預けた。「スイングラー家の養子」としての顔を作っている間は何とかなるが、その役割が終わると体に重しが付けられたかのように疲労困憊となる。
(……今日も疲れた)
ティナ以外の家庭教師と付き合うのは、ロバートにとって酷く苦痛なものだった。
彼の空色の瞳が珍しいのか、ほとんどの教師教師が授業をしている最中に見入っているのである。
さらに、見目も関係しているのか、変に触ろうとしてくる輩もいる。手くらいならまだしも、太ももに手を置いたり、首に手を回そうとしたりしてくるのだ。それは女も男も関係ない。
ゆえに、ロバートはティナ以外には自室での授業は許さず、全員隣の部屋で対応することにした。また、必ずメイドを二人見張りとして置くようにもした。こうすることで、おかしなことする教師が格段に減った。それでも難しい場合は、メイド長が見張りに付いたり、最悪辞めさせたりして対応することもあった。
とにかく、ティナのときにはあり得ないような事態が多々あって、ロバートは心身ともにすり減るような毎日を過ごしている。その上、一番の息抜きであるティナの授業が、極端に減ってロバートは頭を抱えていた。
春の夜、ティナの泊まる部屋で二人で話をした日以来、彼女の授業は確実に減ってきている。
最初の一週間は三日間あったが、次の週には二日間、三週間目には一日になった。父がティナに「授業をしなくていい」と指示を出したのだ。詳しいことは分からないが、ロバートのしたことが父の勘に触ったために、彼女との授業を極端に減らしていると思われる。
あの日からふた月経った今では、ティナの授業が二週間に一度あればいいほうで、そのうち父が家庭教師の満了を迎える前に、「来なくていい」とティナに言ってしまいそうな気がした。彼女は雇い主に対して忠実なので、決して口答えはしないだろう。
(こんなことになるなら、先生に会いに行かなければよかった……。そうしたら、最初に言っていた通り、一年間定期的に先生の授業を受けられたかもしれない……)
小さくため息をついたときだった。 扉がノックされる音が聞こえる。
「ロバートさま、お茶をお持ちいたしました」
メイドのアレイの声である。
家庭教師が帰るころを見計らって、お茶を用意してくれたのだ。
「入れ」
「失礼いたします」
アレイは、ロバートの前にあるテーブルにてきぱきと茶器を用意する。
しかし、お茶はカップに注がない。彼が「入れるな」と命じているので、彼女の準備はここまでなのだ。
「他に必要なものはございますか?」
準備を終えたアレイは、ロバートに尋ねた。
「ない」
「分かりました。必要なことがありましたら、お申し付けくださいませ」
アレイはそう言うと、頭を軽く下げて部屋を出て行った。
「……」
これが家庭教師が帰ったあとのいつもの流れである。ティナが来ていたころは、メイドたちとの会話ももう少しあった。いや、ティナが話をしたり、彼女たちの話を聞いたりしていたのだ。
ロバートはそれを脇で聞いているだけでよかった。他愛もない話だが、だからこそ心地よい。
「……先生」
ロバートは部屋の窓のほうに顔を向けた。空には白い雲が大きく育ってきている。夏が近づいているのだ。
もうすぐ、ロバートの十六歳の誕生日が来る。
だが、もしかするとティナには祝ってもらえないかもしれない。そう思うと、胸が痛んだ。
「……っ」
ロバートの空色の瞳から、熱い涙が一つ、また二つ零れた。
こうやって「期待しない」日々を過ごしていくしかない。そうでもしなければ、胸が苦しくなる。
期待しなければ、ティナの家庭教師の仕事が満了になるまでに解雇されたとしても、心の傷が浅くて済むのだから。
ロバートはぐすっと鼻をすすると、椅子から立ち上がって勉強をするための机に近づいた。机の上には、ティナがあまり来なくなってから置いてあるものがある。それは最初に彼がティナの前で壊したリブームの盤と駒だった。




