第74話 子爵に選ばれた人
「え……?」
戸惑うロバートをよそに、ティナは「お座りください」と言ってベッドを示した。今日はベッドメイクをしてもらってから使っていないので、きれいなままだ。
彼は何度かティナとベッドを交互に見たあと、おずおずとベッドの縁に座る。それを見てから、拳一個分ほど開けてティナも隣に座った。
「私が農村の夫婦に育てられたことは、以前話しましたね。覚えていますか?」
ティナはロバートを見て尋ねる。
「うん」
うなずいたのを確認すると、彼女は部屋のほうに顔を向けて語り始めた。
「私が子どものころに住んでいたところは、クレイルンという町でした。ロルディから南にある、ササ・ララスという町を越えたところにあります。クレイルンでは、定期的にリブームの大会が幾つかありました。中には農民も参加できて、賞金が出るものもあったのです」
「賞金?」
「はい」
「沢山もらえたの?」
「いえ、賞金の額は、貴族や商人の方々からすれば大した額ではありません。ですが、子どもだった私にとっては自由にできる唯一のお金でした。それで養父母が欲しがっていたものを買ってあげたくて、必死に強くなったのです」
「じゃあ、先生はその大会で勝つために強くなったってこと……?」
「そうです。いつしか、私に勝てる人がいなくなるほどに。そのうち私のリブームの強さが噂で広まって、ある子爵の耳に入ったようでした」
「子爵?」
聞き返したロバートの声を横で聞きながら、ティナは太ももの上でぎゅっと両手を握った。
「ええ……。私は、子爵にリブームの腕を買われて、『うちで働かないか?』と言われたのです」
「……すごい」
ロバートは感心した声を上げる。本当だったら嬉しいことかもしれない。
だが、ティナは胸が苦しくなるのを感じた。ここから自分の過去にある闇を語らねばならない。
ふう、と小さく息をつくと、続きを語った。
「本当は養父母とは離れたくありませんでした。ですが、私を子爵に渡すのと引き換えに大金を提示してきたのです。そのときは不作が二年ほど続いていて、農民としては大変でしたから喉から手が出るような話でした。ですから、私はその話を受け入れたのです」
「養父さんと養母さんは、何も思わなかったの?」
「……」
その問いに、養父母が最後の別れのときに涙ぐんでいるのを彼女は思い出した。
二人とも目元の皺に涙を染み込ませて、精一杯堪えていた。明るく送り出したらいいのか、悲しんで送り出したらよいのか、きっと養父母も悩んだに違いない。
「……先生?」
「すみません、ちょっとそのときのことを思い出していたんです」
「……」
「二人は悲しんでいました。『そんなことをしなくてもいい』とも言われました。ですが、私は二人に恩返しをしたかったのです。あの二人に引き取ってもらえなかったら、私は子どものときに必要だった愛情を得ることはできませんでしたから……。ですから傍にいたかったけれど、私がいてもできることは少ないと判断し、お金で取り引きしてもらったのです。それ以来、養父母には会っておりません」
「何故……?」
悲しい声だった。同情するようなものも含まれていたようにも思える。そのため、次の言葉を言い出すのに少しだけ時間がかかった。
「それは私の仕事が……、血塗られたものだったからです」
ロバートが息を呑んだのを感じる。
しかし、ティナは彼のほうを見なかった。
「どういうこと?」
「子爵は表向き問題のない貴族でした。不作の時期が重なっても、農民に対する税の徴収率を変えることはありませんでしたが、逆に豊作だったとしても増やすようなことはなかったのです。良くも悪くも、天候次第。そのため特に子爵が管轄する土地に大きな問題はありませんでした。ですが、子爵にはある中毒があったのです。それに関わるものの一つに、闇取引……通称『オウルス・クロウ』という世界での取り引きに参加する、というものがありました」
「『闇取引』?」
怪訝な声で尋ねたロバートに対し、ティナは淡々と語っていく。
「ええ。それは新月の晩に開催される、公では認められていない非公認の催しです。そこでは色々なものが取り引きされます。ただし、正当なものではありません。盗まれた絵画や、不正に取引された宝石。そして、人——」
「人……?」
「ロバートさまはご存じか分かりませんが、セルディア王国では人身売買は犯罪となっています。もし見つかれば重い刑を科されます」
「でも、そういうやり取りをしているってこと……?」
ティナはこくりとうなずいた。
「そうです。秘密裏に開催されているので、警官に尻尾を捕まれることがほとんどないというのが特徴なのです。ですから、公の場で取引をしたら捕まるようなことでも『闇取引』でならば、身の安全が保障された上でやり取りができたのです。ゆえに、多くのお客さまがいらっしゃいました。そして私が仕えていた主人も客の一人で、そこで取引される『人』を所望したのです」
「……ただで働かせるため?」
ロバートが遠慮がちに尋ねたのに対し、ティナは少し考えてから聞き返した。
「奴隷……ということですか?」
「……うん」
「それもあります。あとは……」
「あとは?」
ティナはできるだけ感情の籠らない声で「女性を弄ぶためです」と言った。
「……」
ロバートの返事がない。
しかし、彼女は構わずに続けた。
「子爵はそのための『人』を欲していました。ですが、ただの『人』ではなく、美しい人を求めました。そして『闇取引』で取り引きされるのは、ほとんどが少数民族の出身、とくにセレイアヌの人たちだったのです」




