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宝石の駒  作者: 彩霞
第五章

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第69話 春を迎える

   *


 コンラートはティナとの密会のあと、五日ほどロルディに滞在したのちに再び地方へ出て行った。


 一時的にスイングラー家に戻ってきた詳しい事情は聞かなかった。もちろん、指輪の新調は理由の一つだろうが、それだけではあるまい。

 しかし聞いたところで、ティナには何の意味もない。


 ただ、コンラートはロルディにいる間、やらなければならないことをこなしつつロバートと過ごす時間を取っていた。ロバートはあまり乗り気ではなかったが、兄に関心を持ってもらえるのは満更まんざらでもなかったようで、五日間という短い間の中で、ほんの少しだけ兄に心を開いているようにティナには見えた。


 コンラートが帰ってからの日々は、穏やかそのものだった。

 家庭教師の初日が酷い出だしだったとは思えないくらいに、リブームの指導は順調に進んだのである。


 試合をするたびに駒の位置を声に出してティナに確認してもらっていたロバートだが、次第に間違えずに言えるようになったので、毎回声に出すことはなくなった。

 また駒の色を交換し、ロバートが黒の駒、ティナが白の駒をもって試合をするようにもなった。


 駒の色が変われば、見方も変わる。

 駒の位置を示すときは、盤を俯瞰ふかんした場合に、白の駒を持った者が上、黒の駒を持った者が下になる。そのため、白の駒を持ったときと、黒の駒を持ったときの見え方が反対になるのだ。


 実際の試合では駒の位置をいちいち数字で示さなくてもいいので、必ずしも覚えていなくてもよいが、残されているリブームの記録——盤記ばんきを読む場合は身につけていたほうがいい。


盤記ばんきを読む」というのは、記録から戦い方を学べるということである。


 しかし盤記ばんきは、数字で振られた番地によって駒の位置が示されているため、上達したかったら自然とどこの位置がどの番地なのかを想像できなければいけない。


 そのため、確認のためにティナは抜き打ちで、ロバートに駒の位置を聞いたが、だんだんとまごつくことなく答えられるようになったため、駒の見方が身に付いたようだった。


 さらに、先攻と後攻でも戦い方が変わる。


 セルディア王国にいる数学者の理論によれば、リブームはじっくり時間をかけた場合は後攻のほうが有利だが、時間制限があるときは先攻のほうがわずかに有利らしい。本当かどうか不明とする意見もあるが、時間制限がある状態でリブームの試合を多くしてきた者たちの経験則からしても、どちらかというと先攻のほうが勝率がいいという感覚がある。


 そういうこともあって、ティナは最初のうち、ロバートに白を持たせていた。

 だが、彼女が手加減しても五回に一度勝つのがやっとな彼にとっては「黒のほうが有利なのではないか」と思っている節があり、先攻と後攻を交代することにしたのである。


 しかし、やはりティナには中々勝てない。

 それを体感してからというもの、ロバートは先攻と後攻に対してこだわりを持たなくなったため、交互に先攻と後攻を入れ替えて練習試合をするようになり、試合経験が増えてくると、駒の動かし方を間違えるということもほとんどなくなっていた。


     *


 ティナがロバートの家庭教師をし始めてから半年が経った。


 秋から、冬となり、そして春となった。

 首都ロルディは地方ほどの積雪量がないため、日が長くなり暖かくなってくるとあっという間に雪が消える。雪の合間から顔を出した土に日差しが差し込むと、眠っていた草花たちが目を覚まし、白やピンク、黄色といった花々を咲かせていた。


(日差しが暖かい……)


 ティナはいつも通り馬車に揺られながら、春の日差しを堪能たんのうする。半年もすると、さすがにこの生活にも慣れてきた。


「到着いたしました」


 馭者ぎょしゃがスイングラー家に着いたことを知らせてくれる。


「ありがとうございます」


 お礼を言って外を見ると、今日はクイーズリーが立って待っていた。彼はいつもスイングラー家の当主であるヴィヴェルシュと行動を共にしているので、出張があるといないときもあるのだが、屋敷にいるときは変わらずこのように出迎えてくれる。


「おはようございます、エジンさま」


「おはようございます」


 クイーズリーは手を差し出し、ティナが馬車から下りる手伝いをした。


「ありがとうございます」


「どういたしまして。——あの、エジンさま」


 クイーズリーは遠慮がちにティナを呼んだ。


「はい、何でしょうか」


「本日は、当主さまがお呼びです。ロバートさまの部屋に行く前に、先に客室へ向かっていただけませんか?」


 ヴィヴェルシュに呼び出されるのは、久しぶりである。

 これまでもヴィヴェルシュと話すことはあったが、それは月に一度の決められた日だけのことだ。それも話す内容は、指導の進捗状況の報告と小切手による報酬の支払いと決まっていて、大体はロバートの指導が終わったあとにリビングの一角で少し話して終わりである。

 しかも、今月分のこの件は先週済んだばかりだ。


(何を話すのかしら……)


 ティナは少し身構えた。事前の予告なく会うのは、ロバートが暴れた次の日に謝ったとき以来である。

 彼女の頭の中で、ふと、コンラートと密会をしたことを思い出した。彼は「大丈夫」と言っていたし、これまでヴィヴェルシュがコンラートとのことでティナに話をしてきたことはない。


 しかし、どこかから二人が会っていたことが知られてしまうこともないとは言えないため、仮にこの件について問われたら何と答えようかを考えながら、彼女はうなずいた。


「……分かりました」


 そして、クイーズリーに案内されるがままに、彼女はスイングラー家の当主が待つ部屋へ向かった。

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