第67話 息子から見た父
ティナはすうっと目を細め、コンラートを見つめる。彼の言っていることがどこまで本当かを見極めるためだった。
(スイングラー家が「闇取引」の主催者側と繋がりがあったとはね……。盲点だったわ)
彼女は内心ため息をつく。
本当は仕事を依頼されたときに、警戒しなくてはならなかったのにそれを怠ってしまった。
「盤上の王」を捜し出すというのはよっぽどだとは思ったが、ロバートの話を聞いたら警戒心が緩んでしまって、つい話を聞いてしまったのである。そして、最終的には断れないほどの大金を積まれてしまった。
その上、ロバートの状況に関しては、嘘偽りのない状態であろう。そのため、ティナは彼にリブームを教えるのは、本当に純粋な意味だと疑いもしなかった。
(多分、コンラートさまは、ヴィヴェルシュさま側ではない。そうでなかったら、「弟を『闇取引』のリブームで戦うために鍛えているのではないか」とは問わないはず。もし、ヴィヴェルシュさまがその計画を考えているのだとしたら、私に言わないほうが得策だもの。言ったら、何が何でも私は教えないし、追われても逃げる。あの闇の世界から足を洗い、長らく姿を消していたくらいだもの、私が逃げるのが上手いことは重々承知しているはず。だとしたら、ロバートさまの「できない子」を利用して、私を掌で踊らせていたほうがいいはず……。全く、下手なことは言えないわね)
「ロバートが可哀そうな子」とか「できない子」という構図は同情を持ちやすい。
実際、ティナの行動はロバートの一挙一動によって変わっていた。そうでなければ、昨日彼と最後まで一緒にはいなかっただろう。
そうなると、コンラートのほうもティナに「ロバートに対する」感情を持たせて、何か別なことを契約させようという魂胆も無きにしもあらずである。
コンラートと会ったのは昨日が初めてである。
彼がどういう思考をしているのかを探るために、一つ質問をした。
「それはお父上に、後を継ぐと同時に『闇取引』への出入りも含まれていると言われたということですか?」
「それだけではありません。商品や景品となる『人』の調達も含まれています」
「……」
「でも、僕がそれをできないのなら、弟にさせるというのです。酷いでしょう?」
コンラートは引きつった笑みを浮かべたあと、それを引っ込める。笑っていられるほどの余裕がなかったのかもしれない。
彼は項垂れ、独白のように過去を語り始めた。
「僕が十三歳くらいのころでしょうか。父から『お前には腹違いの弟がいる』と告げられました。そして、セレイアヌの土地に変装をさせられて赴くことにり、僕はそこで初めて弟を見ました。愕然としました。幼気なロバートは、襤褸を着ていて、大人にいじめられていたのです。それが自分の弟だと思うと切なくて……。ですから、スイングラー家の庇護下に入れてあげてほしいと思っていました。そうしたら、きっと裕福な生活ができると思ったんです。でも、一緒に生活するのは難しいかもしれないと思いました。世間でセレイアヌがどう見られているのか子ども心に分かっていたので、無理に一緒に生活するとかえってロバートを苦しめることになるのではないかということも想像したからです。それに……」
「それに?」
ティナがそっと続きを促すと、コンラートは少し間をおいてから続きを話した。
「……自分自身、彼を大事にできるかも分からなかった。差別はしたくない気持ちはありますが、僕は周りからどう見られるかを気にします。ですから、その周囲の目に勝てる自信がありませんでした……」
「ではロバートさまが、別邸で生活されていたのはコンラートさまのことがあって……?」
「理由は一つではありませんが、進言したのは確かです。『一緒に暮らすことはすぐにはできない』と……。とはいえ、それが効いたのかは分かりません。元々、父も人目を気にしていましたから、僕が言わなくとも最初から別邸に入れられていた可能性は大きいです。セレイアヌとの間に子どもが生まれたなんて言いたくなかったでしょうから……」
それに対し、ティナは小首を傾げる。
「ですが、最近はロバートさまを外に連れ出しているみたいですよ? お父上のご友人に紹介をしているのだとか……」
ロバート自身が、「父の友人のところに連れまわされている」と言っていたので、間違いないだろう。
隠しているのであれば、紹介などしないのではないか。
そう思っていると、コンラートは力なく首を横に振った。
「父の考えていることは僕にもよく分かりません。ただ、何らかの利益があってしていることなのは確かでしょう。ロバートのことは、取り引きの際に上手く使えると思っているのかも……」
「上手く使えるとは?」
「あの美貌ですから、大人になったらすごくきれいになると思います。取り引き先で彼がいたら、色々上手く行くこともあるかと……」
「まさか、そんな……」
すると、コンラートは怒りを抑えたような張り詰めた声で言った。
「ティナさんは、父の本性をご存じないからそう思うのです。僕は十五歳のときに、我が家が人身売買に加担していることを知りました。同時に、弟の母親の故郷を食い物にしているということも、分かってしまったんです。学校の法律の授業では『そんなことをしてはいけない』と教えられているのに……」
「コンラートさま……」
「ですから僕は、スイングラー家の後を継ぐのが嫌になったのです。やりたくないと父にも言いました。そうしたら、父が言ったんです。『お前が継がないというのなら、あとは全てロバートにさせる』と。そんなこと……、できるわけがないでしょう……⁉」
最後は苛立ちをぶつけるような言い方だった。
コンラートにとっては、同胞だろうがなんだろうが、「人」そのものを売り買いすることなど、許せないことであるため、父の言われた通りにしたくない気持ちが伝わってくる。
だが、もし弟がこの仕事をしなければならないのなら、まだ「自分のほうがまし」だと思っているのではないだろうか。
譬え自分の手が汚れたとしても、それで弟の穏やかな生活が守られるのなら、それでいい――と。
「……」
そしてコンラートは言った。
「父は……あの人は、優しそうな笑みを浮かべて、いかにも子どもたちのためになるようなことをしているように見せながら、あの面の下で別のことを考えているのです。ですから、ティナさんのことも、今後の計画ありきで呼んだのではないかと思って、お尋ねしたのです」




