第65話 勝負の駒「デマントイド」
(コンラートさまはきっと、どの駒でもいいから前に進めたいと思っている。それも私の陣に入るような前進……)
中でも◇はあと一マス前に進ませることができれば、敵陣——ティナ側に入る。そうすると、◇は裏返り◈となって、前後左右一マスずつしか進めなかったのが、何マスでも進めるようになるのだ。
しかし、「三の三」にあるコンラートの◇を一マス前に進めることはできない。
「一の四」にあるティナの★の隣には、コンラートの✬があり、さらに「四の四」にはティナの◆がある。つまり「三の四」に◇を置くというのは、ティナの駒に✬と◇を挟まれることになってしまうので、置けないのだ。
(もしコンラートさまがじっくりと構える覚悟があるのなら、「五の二」にある◯を一旦「四の三」に移動させて、「五の一」にある☆を地道に動かすのが賢明ってところかしらね……)
リブームの戦い方は様々あるが、「敵陣に入ると性質が変わる駒をいかに動かすか」を考えるのは基本的な戦略である。
特に☆は、最大二マス動くことができるとしても、自分の陣地にいる限り前後の動きしかできない。そのため、敵に進む先を止められてしまったら、☆は前後に動く以外にやりようがないのだ。
☆を敵陣に入れることで左右の動きを可能にするのは、☆が持っている力を解放するということでもある。動ける範囲が広くなれば、その分力になってくれる。
ただし、敵陣に入るというのは危険な手でもある。当然、駒が取られる可能性も高くなるからだ。
そのため、多くのリブームの指南書では「☆は最初のうちに動かしておくことが良い」とされている。実際、ティナも初心者に対してならそのように教える。☆を序盤で動かせば、敵に取られる危険性が低いからだ。
だが、あくまでもそれは「初心者」であって、上級者ともなればそうとも言えない。
というのも、何度も試合を繰り返していくうちに、その人の「型」というのが生まれてくる。最初にどのように駒を動かして、どういう形になったらどう駒を動かしてくるのか――。
ある意味で、その人の癖でもあるので仕方のない部分ではあるのだが、戦い慣れてくると「型」を読まれて負けてしまうこともある。
そのため本当に強い者は、同じような戦い方をしない。
さらに「こういう場合は、こういう対応をしたほうがいい」という「定石」も使わないことすらある。
そういう戦い方をされると、まるで雲の如く。相手の尻尾を掴むことができない。
だからこそ勝つことのできない相手となる。
(やはり☆を動かしに行くかしら……)
だが、予想は違った。
コンラートは腕組みを外すと、「五の二」に置いてあった◯を手に取って、「五の五」に移動させたのである。
「これでティナさんの◆を取れました」
コンラートは得意そうな顔を彼女に向けて言った。
見ると、ティナの◆をコンラートの◇と◯が挟み、左斜めに一列になっていたのである。
ティナはきょとんした状態で「そうですね」と答えた。
コンラートは彼女の驚いたような顔も含めてほくほくとした気分になっていたようだった。そして、ティナの◆を取って盤の外に置く。
もしかすると「『盤上の王』から駒を取れた」ということが嬉しかったのかもしれない。
ティナは彼の素直な感情表現に心和ませると、「六の三」に置いてあった✪を一マス後退させ「六の四」に置いた。
「『ガーネット』です」
微笑んでリブームの勝者が放つ言葉を言う。
しかし、コンラートはすぐに飲み込めなかったようで、たっぷりと間を空けてから「……え?」と呟いた。
「私の勝ちです、コンラートさま」
「勝ち? そんなどうして……まだ十手目で駒もこんなにあるのに……あっ!」
コンラートが気づいた顔をしたので、ティナはふふふっと笑いながら代わりに説明した。
「リブームは◯か△を取られたら負けですよ」
盤上では、ティナの▲と✪が、コンラートの「五の五」に置いてあった◯を挟んで、右斜め一列になっていた。
「あぁ……! そうでした……!」
コンラートはがっくりと肩を落とす。
「もしかして、忘れていたんですか?」
あまりの落胆の仕方にティナはちょっと笑いつつ尋ねると、コンラートは顔を手で覆い、本当に悔しそうに言った。
「昨日、ティナさんと対戦したときは僕の◯と△は取られても試合終了にならないようにしてもらっていたので、そのつもりで今日も動かしていました……。手加減なしでって自分で言ったのに……!」
「そうでしたか」
しんみりとした声で言いつつ、ティナは内心苦笑する。
(……もしかして「やり直し」って言われるかしらね)
コンラートが本気ではなかったというならば、その可能性もある。
あまり試合をやり直すというのはしたくないが、言われれば致し方あるまい。そう思っていると、彼がため息をつきつつ苦笑して言った。
「……いや、でも、そんなのは言い訳ですね。すみません、ティナさん」




