第63話 再挑戦
「……リブーム」
ティナは、向き合うソファの間にあるローテーブルを見て言った。その上には、木でできたリブームの盤と駒の入った箱が用意されていたのだ。
コンラートは彼女の反応を見て、歯切れ悪く理由を言った。
「えっと……、それは昨日手加減していただいたので、今日は対等に対戦してみたくて……」
それに対し、ティナは目を点にする。
「……は?」
確かにティナは、昨日コンラートに頼まれてリブームをやった。それも「手加減してほしい」と言ったのは彼のほうである。実際、ハンデを付けても足りないくらいだったため、対等な戦いになるようにティナが上手く調整したほどだ。それにもかかわらず「対等に戦いたい」とは、何の冗談を言っているのかと正直謎だった。
(この人は、一体何がしたいのかしら……)
「あの……、難しいでしょうか?」
おずおず尋ねる彼に、ティナは「……コンラートさま」と名を呼んだ。
「はい」
「もしや、こちらが本命ですか?」
ティナはテーブルに置いてあるリブームを示して言った。自分が呼び出されたのは、ロバートの話をするというを口実にしながら、リブームの再挑戦をするためだったのではないかと思ったのである。
「あ、いやいや、そんなことは……。お話もちゃんとしますよ。まあ、でも、『盤上の王』の名を知っている人は、一度はちゃんと対戦してみたいと思うものかと……」
「でしたら、昨日ハンデを付けずに戦ったらよろしかったのでは?」
「そうは言いますが、あっけなく負けるかもしれないじゃないですか。弟が見ていましたし、言い出せなくて……」
しどろもどろに言い訳をするコンラートをまじまじと見つつ、ティナはぎゅっと眉を寄せた。
「それはつまり……いい格好をしたかったと?」
問い詰めるように尋ねると、コンラートは恥ずかしそうにしながらも薄情した。
「あの、その……というより、こてんこてんにやられたのを弟に見られたくなかっただけです……」
(ああ……なるほど。自分の実力はある程度分かってはいるけど、「盤上の王」という名のついた私がどの程度の強さかを自分でも試してみたかったと。でも、昨日はロバートさまがいたため、手酷くやられるさまを見られたくなかったため、ハンデを付けてやってみた――ということね。全く面倒くさい……。そんなことをしなくても、ちゃんとした戦いになるように考慮したわよ……)
普通、リブームは楽しく対戦するものである。
ゆえに対戦する二人の間に「強さ」の差があるときは、「ハンデを付けてちゃんとした試合にする」というのが、強者が取るべき態度なのだ。
強いからといって、弱い者に手加減せずに戦うというのは本来はしてはいけない。
(どうしようかしらね)
恐らく、コンラートと対等に戦ったらあっという間にティナが勝つであろうことは想像に難くない。
しかし、彼は茶化すつもりではなく、本当に試してみたいと思っているようであった。ティナがどう返答をするのか不安で、緊張しているのが窺える。
(……まあ、偶にはいいか)
ティナは小さく息をつくと、コンラートを見て言った。
「分かりました。いいですよ。お話もしながら、手加減なしでお相手いたしましょう」
彼はぱっと表情を明るくする。
「ありがとうございます……!」と目を輝かせながら言ったあと、ティナを立たせたままにしていたことにようやく気付いたようで、「あ、すみません、ずっと立たせてしまって。どうぞ、お座りください」と申し訳なさそうに言った。
「失礼いたします」
ティナはコンラートが座ったのを確認してから、向かい側のソファに座り、改めてリブームの盤と駒の箱を見た。どちらも装飾などが全くない素朴な意匠である。
別邸とはいえ、スイングラー家の屋敷の一つであるためリブームの道具一式も大理石や宝石のものを使うのかと思っていたが、ここは違うらしい。
特に盤は仮漆なども塗っていない白木の状態のものだが、きれいに削られており、見た限りでは滑らかな質感だ。
質素ではあるが、熟練の職人が磨き上げたのがよく分かる。
「先攻と後攻、どちらがよろしいですか?」
ティナは尋ねた。自分はどちらでもよかったので、コンラートに決めてもらおうと思ったからだ。
「先攻でいいですか?」
遠慮がちに言うコンラートに、ティナはふっと笑ってうなずいた。
「いいですよ。では、コンラートさまが白い駒ですね」
「はい。黒い駒は、ティナさんの側にある箱に入っています。どうぞ、お使いください」
「ありがとうございます」
ティナは自分の右手側に置いてあった木箱を開ける。するとその中には、艶が出るまで磨かれた、黒みのある紅紫色をした駒が入っていた。
(これ、シタンの木を使った駒だわ……)
シタンの木は、黒の木目と木肌の色が美しく、堅い材質であることから高級家具などを作る際にも利用される木材だ。そのため、リブームの材料にも使われることがあるのだが、貴族や都市地主の多くは、大理石や宝石で作られたものばかりが多いので、以前勤めた侯爵家以来見たことがなかった。
(古物商でも見なかったから、何だか嬉しい……)
ティナは、コンラートとの対戦が少しだけ楽しいものになると、内心うきうきしながら、盤の上に駒を並べていった。




