第62話 コンラートの本気
ティナは、じっとコンラートを見つめる。
「『招待状』にも書いてありましたね。……ですが、先にお断りしておきたく思います。質問は受け付けますが、全てに答えられるとは言えません。仕事のことでなら特に」
コンラートは、きょとんとした。
「何故? ロバートの家庭教師をしているだけなのですから、別に隠すようなことはないと思うのですが」
「いえ、お父上との契約がございますから、言えないこともございます」
「言えないこと?」
そう言ってから、コンラートは顎を撫でながら考える仕草をする。
「……困りました。僕はティナさんと腹を割って話したいのです」
「どんな話をなさるつもりですか?」
するとコンラートは黒い瞳をすっと細め、微笑を浮かべて言った。
「単刀直入にお尋ねします。ティナさんは、『闇取引』に出入りしていた方ですよね。そしてそこで『盤上の王』という異名を得た……。そのことについてお聞きしたいのです」
「闇取引」。
それは、セルディア王国で行われている違法な取り引き。
本来は「オウルス・クロウ」と言われるが、新月の夜にのみ開催されることから「闇取引」とも称される。
ここでは夜が世界を支配している間に、競売とゲームの勝負が行われるのだ。前者は当然金がものを言うが、後者は違う。
ゲームに勝った者だけが、「闇取引」の主催者側が用意した景品を手にすることができるのだ。
その景品は、競売に並ぶ商品とも勝るとも劣らないほどの品物ばかり。
手に入れるのが難しい名画に、最高峰の品質を誇る宝石や、意匠の凝った装飾品。珍しい獣の毛皮や象牙。そして、「人」。
特に「人」が景品にある場合は、セルディア王国の片隅で生きる、少数民族たちが多い。彼らはセルディア王国の者たちとは違い、髪の色と瞳の色が珍しく、顔立ちが整いつつもはっきりしているため不思議な魅力を放つ。ゆえに、この国の者たちに大層美しいと思われる。
「闇取引」に参加する者たちは、ゲームで手に入れる景品を目当てにしてくる者も多い。何故なら、競売で勝つことのできるほどの財力がなくとも、「闇取引」の参加費を払い、ゲームにさえ勝つことができれば景品を手に入れることができるからだ。
そしてティナは、リブームが強かったことからその能力を買われ、フォルクレア子爵に仕えることになったのである。
彼に仕えている間は、必死だった。
負けたら生きていられる保証がなかったからである。
ティナはそれを思い出して、冷たい声で言った。
「欲しくて得た異名ではありません。必死で生きていたら付けられただけでございます」
「もしお話したくないことをお聞きすることになるのでしたら、僕もスイングラー家の諸々《もろもろ》の裏事情についてお教えいたしましょう」
裏事情を聞くということは、「秘密を共有する」ことである。彼女は余計なことを耳に入れたくないと思ったので、コンラートの腹積もりを引き出してみることにした。
「……『話したくもないですし、聞きたくないです』と申したらどうなりますか?」
「『闇取引』の関係者に、あなたの情報を流します。二度と戻りたくない場所ですよね。ですから、姿をくらませたのでしょうから」
「……」
「それにしても、父上はどうやってあなたを見つけたのでしょうね。何か連絡手段でもあったのでしょうか?……まあ、それは父に聞けば分かることですね」
(彼は本気だ)
ここで断ったら、きっと言った通りのことを実行するに違いない。
とはいえ、今の今まで「盤上の王」であるティナのことを見つけ出した者は、ほとんどいない。
譬えヴィヴェルシュが今回ロバートのためにティナを探し当てたとしても、次に彼女が雲隠れしたとしたら同じように見つけ出せるとは限らない。
少なくとも、同じようなやり方では見つかりはしないだろう。同じ失敗をするつもりはない。
(話だけは聞いてあげますか……)
「コンラートさまと私が話をすることに……、どんな意味があるのでしょうか?」
するとコンラートは真剣な表情を浮かべて言った。
「……一つ言っておきたいことがあります。僕がティナさんとお話をしたいのは、自分のためでも、父のためでもありません。また、スイングラー家の今後の利益のためでもありません。できることなら、あなたを脅すこともしたくない。僕がティナさんと話をしたいのは、ロバートのためです。全ては、僕の弟のために聞いておきたいのです」
少し意外だったので目を瞬かせた。
「ロバートさまの……?」
昨日貰った「招待状」には「ロバートにも話さないで」と書いていたので、話される内容の可能性として「弟にとっては不利になるけれども、コンラートにとっては特になる話をティナをするつもりでいるのかもしれない」というのもあるのではないかと思っていたのである。
しかも、コンラートとロバートのやり取りは昨日見たばかりで、兄と弟がお互いどう思っているのか分からなかった。もしかするとコンラートは、「良い兄」を演じているだけかもしれないとも思っていたのである。
「そうです。とにかく座ってください。話はそれからです」
そう言った真面目な顔は、年相応の青年の顔だった。
彼の言葉に偽りはなさそうだと思ったため、ティナは促されるままに部屋の窓際にあるソファとテーブルのあるところへと移動した。




