第61話 別邸
翌朝。
ティナは、コンラートからもらった「招待状」の件があったため、宿泊施設が提供してくれる朝食を済ませたあと、身支度をして、いつでも出られる準備だけはしておいた。
迎えにくる時間は書かれていなかったが、遅い時間ではないような気がしたのである。すると準備万端整い少しばかり待っていると、呼び鈴が鳴った。案の定迎えがやって来たのである。
ティナの部屋に来たのは、コンラート付きのフットマンであるカインだった。
彼は物静かで、無駄話をするような感じではない。そのためティナは彼に黙って付いて行った。
これからコンラートと腹の探り合いのような話をしなければならないのだとすると、道中で無駄に気を遣わずに済んだのはティナとしては有難いことである。
馬車は、セルディア王国の首都であるロルディを西へ向かっていく。
スイングラー家の別邸がどこにどれくらいあるのかは知らないが、首都に二つや三つあっても驚かない。それほどまでに、都市地主のスイングラー家は栄えている。
暫くの間は、薄雲が広がった水色の空を背景に、葉が赤くなった街路樹のある馬車道を進んで行ったが、いくつかの商店街を通り過ぎたあと、立派な邸宅が並ぶ一帯に入っていった。
ティナが、馬車内の窓に掛かったレースのカーテン越しに周囲の景色を見ていると、ふっと馬車が止まる。目的地に着いたのだ。
カインの手を借りながら馬車を下りると、目の前には本邸の造りの要素を引き継ぎながらも、少し派手さのある石造りの邸宅がそこにはあった。
「エジンさま、こちらです」
「……はい」
カインが先導し、門から玄関までにある小さな庭の中を歩いて行く。といっても、庭の真ん中に作られた石畳が敷かれているので、草花を踏むことはない。
(本邸と似てはいるけど、こちらはこぢんまりとしているわね……)
庭のほうにさりげなく目を向けてみると、整えられた小柄なイチイの木々や白や黄色といった薔薇の花が華やかに咲いている一方で、秋の時期にも咲く草花の一種、蒲公英が広い範囲で黄色の花を咲かせており、枯葉や枯草の多くなってきた地面を彩っている。
普通、草花は貴族の屋敷や都市地主などでは嫌がられるため、庭師が引っこ抜いてしまうことが多いのだが、ここではそうではないらしい。
燦々《さんさん》と降り注ぐ日の光りをいっぱい浴びて、まるで光り輝いているかのようだ。傍にはひらひらと蝶々《ちょうちょ》が数匹飛んでいる。近くで見たら、花に止まっている蝶々も見つかるかもしれないな、などとティナは思った。
「コンラートさま、エジンさまをお連れいたしました」
別邸の中に入ると、カインは迷いなく進み、客間と思われる部屋の前に立ってそう言った。
すると、部屋の中から「どうぞ」という若い男の声が聞こえる。ティナを呼び出した張本人であろう。
中に入ると、やはりそこにはスイングラー家の跡取り息子であるコンラートが待っていた。
「ああ、よかった。来てくださいましたね」
ティナを見るなり、コンラートはソファから立ち上がりほっとした表情を浮かべる。
「……あのような『招待状』をいただいたら、来ないわけにはいかないかと……」
嫌味の混じった返答をすると、彼は本当に申し訳なさそうに言った。
「それはそうですよね……。急に思い立ったことでしたから……、こんなふうにお呼び立てしてすみません。どうしてもティナさんと二人だけでお話をしたかったものですから。……ああ、『二人だけ』といっても、ルーシャンもいますし、近くにはメイドたちも控えておりますから、純粋な『二人だけ』ではありませんけれど」
まさか謝られると思っていなかったので、ティナは少々面食う。
呼び出された理由がまだ分からないので、「はい、そうですか」とは言えないが、相手が反省しているのに追い打ちをかけるつもりもなかったため、話題を逸らした。
「あの、ここは……?」
「スイングラー家の別邸の一つです。すでに管理の権限が私になっているので、父の手も及びませんので、心置きなくお話することができそうです」
コンラートのさり気ない告白に、ティナは目を瞬かせた。
確かに昨日の招待状にも「父とロバートには言わないでください」とは書いてあったが、それは一時的なもので、あとで何かしら父親であるヴィヴェルシュに報告するのだと思っていたのである。
しかし、別邸の権限がコンラートにあるということは、ここではヴィヴェルシュよりもコンラートの命令のほうが上位ということだ。
そこまでして、彼はティナと何を話そうというのだろう。
「……」
ティナが押し黙っていると、コンラートがぽつりと言った。
「ティナさん。僕はあなたに、いくつかお尋ねしたいことがあるんです」




