第54話 聞きたい話
ロバートがティナのほうを見ると、彼女は困ったような表情を浮かべていた。
「いえ、詳しいというほどの知識はございませんよ」
謙遜しているのか、話の輪に混ざりたくないのか。もしくはその両方かもしれないが、あまり話したくはなさそうである。
ただ、ロバートは気になったことがあった。
(この人は、確かに「宝石については詳しくない」のかもしれない……。でもそれって、「詳しくはないけれど少しは宝石のことを知っている」ってことだよね……? さっき行ってきた古物商の「ハリル」でも、「カーバンクル」……「赤い宝石」っていう意味の古い言葉を知っていた。「カーバンクル」っていう宝石の話が中心だったわけではないけど、面白かった……)
ティナが自分以外の人のせいで困っているのを見るのは嫌なはずなのだが、その一方でロバートは胸が高鳴るのを感じた。
自分は目の前にいる宝石商から聞く話も、兄が「きれいだろう?」という宝石にも、父が蒐集している宝石にも興味が持てない。
しかし、ティナが話してくれるのなら、宝石のことも面白く聞けるのではないかと思ったのだ。
「ご謙遜なさらずに。リブームを教えているなら、駒の名前に関する宝石のことなら分かるのではないでしょうか?」
「買いかぶりすぎですよ。『分かる』と言っても、一般人から見たら毛の生えた程度に知っているくらいです」
コンラートの問いに、彼女はさらりと受け流す。
この場の雰囲気が悪くならないように気を付けつつも、これ以上踏み込まれないような言い方をしていた。
しかし、逆に言うと今の会話で確証を得たことになる。彼女は「一般人より」はリブームに関する宝石のことを知っているということだ。
「……先生、知っているのなら教えてください」
気付くとロバートは、コンラートとティナの会話に真剣な表情で口を挟んでいた。
「え?」
ティナが驚く。だが、彼女だけではなかった。ソファの後ろで立っていた父も少し目を丸くしていたのである。息子がこんなふうに会話に混ざることなどこれまでなかったからだろう。
一方で、コンラートは微笑していた。まるで、弟が口を挟むことを分かっていたかのようである。
兄の態度は面白くなかったが、今は彼女から話を聞く方が先決だ。ロバートはさらに言葉を重ねる。
「先生が宝石のことを話すのを、聞いてみたいのです」
「そうはおっしゃいますが、専門家の方がいらっしゃる前で私の下手な知識を披露するのは失礼かと……」
ティナはタルナートのほうを一瞥し、一歩引いて話題から離れようとする。
彼女の言い分は尤もだ。目の前に宝石の専門家がいるのに、ティナに宝石の知識を語らせるというのはタルナートに対して失礼ではある。
(やっぱり難しいかな……)
そう思っていると、意外な援護があった。
「私もお聞きしたいです」
挙手して言ったのは、他でもないタルナートである。見ると彼は目を輝かせいていた。
「ええ? タルナートさんまで何をおっしゃるんですか……」
ロバートも驚いたが、ティナも目を見張り戸惑っていた。まさか彼がこの話に混ざるとは思っても見なかったのだろう。
するとタルナートは、少し恥ずかしそうにしながら理由を述べた。
「リブームは、貴族も庶民も楽しめる盤上ゲームとされていますよね。ですから私も商売柄、リブームの駒と宝石の名前の関係性ことを尋ねられることがあるんです。ただ毎回お話をするたびに、どういうふうに上手く説明したらいいかなと未だに迷うんです」
「それなら、同じ宝石商の方にお聞きしたほうが良いのでは?」
「同業者は、商売敵なので手の内を見せてくれないんですよ」
「……」
「ですから、今後の参考のためにお聞かせいただけたら嬉しいなと。もしお聞き出来たのであれば、その分、ティナさんが宝石を購入されるのでしたら、値引きいたしますから」
ティナは納得していない様子ではあったが、ここまで皆が「話を聞きたい」となると断れないと思ったのだろう。ため息交じりに「……分かりました」と答えた。
腹を決めた彼女は、逃げる方法を考えるのをやめ、代わりにタルナートに一つ注文を付ける。
「ですが、宝石の知識で誤ったことを申しておりましたら、都度タルナートさんが修正してくださいませ。何分、昔に齧った知識ですから、今の宝石の常識が変わっている可能性もありますし、また間違っていないとも限りません。よいですか?」
タルナートは大きくうなずく。
「はい、構いません」
話しがまとまったところで、父が言った。
「折角だから私も聞こう。ティナも今、椅子を持って来させるからそこに座りなさい」
父がメイドに一人掛けのソファを二つ持って来させると、ティナと父がテーブルを挟んで対面するように座る。
そして、ティナは話し始めた。
「リブームには、パイロープ、アンドラダイト、デマントイド、グロッシュラー、ウパロという宝石の名前が付いた駒があります。実はこれは全て、ガーネットに属するものなのです」




