第52話 宝石商 タルナート・ウェーベリスト
「タルナート君は商人の町でも結構有名なんだよ。最近では、あのトレントの町にある商工会にも顔が利くくらいだ」
父がタルナートについて、説明を付け加える。
それに対し、コンラートは興味深そうに反応した。
「トレント商工会のことですね。僕も聞いたことがあります。あそこは、トレントの町にいる職人はもちろん、各地にいる腕の良い職人の商品を扱っているとか。そのトレント商工会と取り引きがあるんですね。見せていただく宝石がどういうものかさらに楽しみになってきました」
タルナートは恐縮しつつも、コンラートに対してお礼を述べる。
「ありがとうございます。そう言っていただき光栄でございます」
父と兄が和やかにタルナートと話をしているのを傍で聞きながら、ロバートは目を点にしていた。
(トレントの町? トレント商工会……? 何だ、それ……)
「トレント」というのは、父が「町」と言っていたくらいなので、町の名前であることは分かるが、それがセルディア王国のどの辺りにあるのかがロバートには見当が付かなかった。
一応ではあるが頭の中には、セルディア王国の全体の地図は思い浮かぶ。自室の本棚の中にセルディア王国の地図の本があり、一度父に見せてもらったことがあるからだ。
この国は、大陸の中で北東に位置するところにある。北側が海に面し、西側にサハナ王国、南側にはイーフィールド王国、東側にはナリア公国が隣接している。
そういう大まかなことは教えてもらったが、セルディア王国の中のどの辺にロルディがあり、どんな町があるのかは聞いていない。
ロバートが知っているのは、彼と同じ血を引くセレイアヌという少数民族がいるのは、セルディア王国の南端、つまり、イーフィールド王国との国境付近のどこかにあるということくらいである。
「……」
ロバートはちらりと後ろを振り向き、ティナを見る。
(この人は、セルディア王国のことを知っているんだろうか?)
ティナはリブームには詳しいが、それ以外については知識があるのかよく分からない。
ロバートは何となく、ティナを自分の母の面影と重ねていた。母は息子と二人で生き抜くための生活の知恵は色々持っていたが、外の世界の知識のことはあまり知らなかった。
そういうところが、どこかティナに似ている気がする。
彼女もリブームの勝負の世界に入り込む事情があって、リブームには詳しい。けれども、それ以外のことはもしかしたら知らないのではないかと思っていたのだ。
ゆえに、この国の町の名前が分かっていなければ、ロバートと同じように父と兄の会話に困るのではないかと彼は思ったのである。
だが、ティナの顔を見てみても、「話が分からない」といった表情は出ていない。
(分からなくても、困らないってことか? それとも分からなくても「分かっているように見せている」のか?)
ロバートがティナのことをじっと見ていると、視線に気づいた彼女がふっとロバートを見た。すると、小さい声で「どうかされましたか?」と尋ねてくる。
「……」
少し迷ったが、彼は父や兄たちに聞こえないように小声で、ティナに今の話が分かったのかを聞いてみた。
「先生は、父上たちの話が分かりましたか?」
普段使わない丁寧な話し方なので、彼女は一瞬面食らった顔をしたが、すぐにその驚きを引っ込めて「はい。ある程度は」と短く答える。
「トレント商工会というのは、ご存じですか?」
「はい」
返事がすぐに返ってくる。
ロバートは半分試すつもりで、ティナに質問した。
「それって……どういうものなのですか?」
ティナはちょっと考えてから答える。
「トレント商工会は、トレントの町の商人と工業の者たちが作っている組合組織です。あそこは特に、商人の数が多いのですよ。最初は商人だけの組合にするつもりだったようですが、トレントにいる職人……工業者とも言うのですが、彼らのことも考えなければならないということになって、商人と工業の者が組合に加わっているんです。商人と職人、この二つが交流をしながらトレントの町の発展を陰から支えています」
思いがけずきちんとした返答だったので、ロバートは目を瞬かせ、率直に「……詳しいんですね」と言った。
するとティナは苦笑する。
「そうでもございません。トレントは特に商人の町で有名ですし、首都であるロルディからもそれほど離れておりませんから、小耳に挟みやすいということだけですよ。……トレント商工会がどうかなさったのですか?」
「……いいえ、何でもありません」
ロバートはふいっと、顔を背けると父たちの様子をぼんやりと眺めた。
(そういえば別邸にいたころ、俺の家庭教師としてきた人の中に、地理だったか、歴史を教える人がいたな……)
地図を持ってきて広げてくれた人がいたが、ロバートは適当なことを言って追っ払ったのだ。そして彼自身、この国のことを学ぶ必要などないと考えていたが、ティナも父たちの話がちゃんと分かるというのは釈然としなかった。
「——それでは早速お見せいたします。よいですよね?」
ティナと話をしている間に、一通り自分のことを話し終えたと思われるタルナートは、父に宝石を見せてもよいかを確認する。父は大きくうなずいた。
「ああ、頼んだよ。——ほら、ロバートもティナももっと近くにいらっしゃい。素晴らしい品物を用意してくれているよ」
父に手招きされ、ロバートは「はい」と短く答えると、テーブルのすぐ傍まで寄る。
タルナートは、ソファの上に置かれた大きな鞄から黒い布が張られた木枠を何枚か取り出しテーブルの上に載せると、その上にきれいに研磨された緑色の宝石を載せた。
「最初にお見せする商品はこちら。スマラグティという名の宝石です」




